つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第77話 距離を取らないでほしい

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 私に触れたことでネロから影響を受けた殿下だったけれど、意外と早く回復したようだ。ネロは殿下に取り憑かないから普通の影と違って一時的なもので、後遺症も全く無いらしい。

「悪い。もう大丈夫だ」

 木陰に座り込んだ殿下の横に私も少し離れて座っていた。何となく殿下とは顔を合わせづらく、前を向いて殿下からの視線を外している。

「……申し訳ありません」
「なぜ君が謝る? 私から君に触れたのに」
「そうなのですが」

 殿下を助けるのが私なら、殿下を傷つけるのもまた私だ。何だかやるせなくなる。
 気落ちして、すっかり口数が少なくなっている私を見て殿下は小さく笑った。

「君が大人しいと物足りないな。君はもっと不敬で不遜で不躾で無礼だろう?」
「それらはほぼ同意語なのですが」

 突っ込みだけは入れさせていただく。

「そうだな。しかもこの国の第一王子であるこの私に対しての態度だぞ? だが、それが君でもある。だから――変に距離を取らないでほしい」
「え?」

 私は思わず殿下の顔を見ると、殿下はようやくこちらを見たなと笑った。

「ロザンヌ嬢、これからもいつもの君でよろしく頼む」

 それは社会的距離も、心の距離もということだろうか。
 殿下がお望みになるのならば。

「……はい」

 ゆっくりと頷く私に、殿下は微笑むと空気を切り替えるように手をぽんと打つ。

「では、そろそろ行くか」
「この後はどうされますか?」

 王宮掃除も中止になったことだし、もう執務室に戻るのだろうか。

「行きたい所はあるか? 私と一緒なら君一人では入れない場所も案内できるが」
「行きたい所ですか? いえ、特――あ。王宮の書庫室に行きたいです。まだ一度も訪れたことがありませんので」
「そうか。文献も調べていく必要があるしな。じゃあ、行こうか。また中に戻ることになるが」

 殿下が先に立ち上がり、こちらに手を伸ばそうとしたけれど、すぐに苦笑して手を収めた。
 私も笑顔を返して自力で立ち上がるとスカートの砂を払っていたが、ふと気が付く。

「あ。そうだわ。殿下、その前にさっきの噴水の影だけは祓っておきましょうか」

 辺りには誰もいないし、影も最初より薄くなったとおっしゃっていたから、時間をかけずに祓うことができるだろう。
 殿下は一瞬難しい顔をして考え込んだが、首を振った。

「……いや。そのままにしておこう」
「よろしいのですか? 今なら誰もおりませんが」
「ああ」

 殿下には何か考えがあるのだろう。

「分かりました。今後もそのままにしておけばよろしいのですね」
「そうしてくれ。――では、向かおう」


 一旦建物の外に出ていた私たちは庭を横切って書庫室へとやって来たが、同じく二階にある執務室からも直通で行ける場所である。

 書庫室は王族関係者のみが入ることができる場所と、宮廷勤めする官僚たちも使用できる資料室も兼ねた書庫室との二カ所あるらしい。
 前者はいわゆるフォンテーヌ王国の古い歴史書や呪いの文献が揃えられているとのこと。私たちが訪れたのはもちろんそちらの書庫室だ。

「これはこれはエルベルト殿下。ようこそいらっしゃいました」
「ああ。紹介したい人がいて連れてきた」

 書庫室に足を踏み入れると、出入り口すぐに設置されたブースから人が出てきた。
 六十代くらいの男性だろうか。優しそうな顔立ちと似合わず、意外にがっしりした体つきだ。重い書物の手入れで体力がつくのだろうか。

「ロザンヌ嬢、こちらは書庫番のデレク。ここの管理の全てを担ってくれている人物だ。デレク、こちらは行儀見習いのロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢で、今後もお世話になるだろうからよろしく頼む」

 殿下は私とデレクさんを交互に見ながら紹介をしてくださる。

「承知いたしました。ロザンヌ様、初めまして。デレク・オルソーと申します。どうぞお見知りおきの程よろしくお願いいたします」
「初めまして。ごきげんよう。ロザンヌ・ダングルベールと申します。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」

 優しい笑みで挨拶をしてくれるデレクさんに私は礼を取った。
 殿下は私たちが挨拶を終えたところを見計らってデレクさんに声をかける。

「今は大丈夫か?」
「ええ。大丈夫でございます。どうぞお通りください」

 奥の部屋へと繋がる出入り口は狭くなっており、目の前にある小さな扉を押して入るらしい。簡単な封鎖扉みたいなものだろうか。ばね付きの蝶番がついていて押すと表側からも裏側からも開き、自然に閉まる扉になっているとのことだ。

 殿下に続いてすぐに入ろうとすると、開けた扉が戻って来た拍子にぶつかるかもしれない。注意して入ろう。

「ありがとう。では先に失礼する」

 密かに気合いを入れていたけれど、殿下が先に入り、扉を押さえてくれた。

 ……あ。ありがとうございます。意外と紳士でしたね。
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