80 / 315
第80話 人の恨みは恐ろしい
しおりを挟む
王族の方々でも読めない歴史書とは……。
「え? あれ? ですが、殿下はこの国にも暗い歴史があるとおっしゃいましたよね。それは歴史書から学ばれたからではないのですか?」
「ああ。君が手に取ったこの書物の時代、ルイス王の次の世代のアベル王以降に作成された歴史書からな」
殿下は手の甲でぽんと表紙を軽く叩いた。
ルイス王がまだ王太子だった頃、商業が盛んになり、他国との交流も活発になり始めた。主に貴族間で使われていた文字は元々難解で使いづらい文字であったため、当時から商人が使っていた今の文字へと移行されることになったそうだ。それと共にその時代までに使われていた貴族文字がこの国から消滅していくこととなる。
言語の消滅というのも文化の消滅のようで、どこか物悲しいものがある。
「幸いルイス王までの歴史書も簡略的に作成されていて、それまでの歴史は分かっているが、原文で読みたいところではある。全く正確に作成されているのではなく、自分の都合の良いように歴史を修正している部分もあるだろうからな」
おやまあ。このお方はご先祖様を信用していないらしい。でも、ここの歴史書を門外不出にしている時点で、何かしら不審に思う殿下のお心は理解できる。
「この一角の書物はルイス王までの歴史書で、失われた言語で書かれているんだ」
殿下はそう言いながら本を元の場所に戻した。
つまりこの書庫室にある書物は、今の言語で書かれた物がほとんどということになるのか。
「遡るところ四百年前に途絶えた文字とは言え、少なくとも次の時代ならばまだ読める方も多かったのでしょう? 訳語をまとめたものなどは残されていないのですか?」
文字を変える方針にしたならば、なおさら残しておくべきだ。
「当時はあったのだろうが、紛失か盗難かで現在のところまで見付かっていない。二百数十年ほど前には未曾有の大災害が起こったとあるから、貴族たちの資産や資料も失われたのだろうな」
「そうなのですか。では、もはや現代の人間では誰も読むことはできないのですね。四百年前ですと、手掛かりなどあるはずもありませんもの」
となると、もうこれは歴史書ではなく、歴史的価値のある当時の書物としてしか意味を成さなくなる。
「……いや」
殿下は過去の記憶を呼び戻しているのか、少し視線を逸らした。
「聞くところによると、十数年ほど前だったか、この文字を研究する言語学者がいたそうだ」
「え? それでは」
期待を抱きかけた私を打ち砕くかのように殿下は首を振った。
「とは言え、残念ながら火事か何かで亡くなったらしい。その人が訳語を残していれば追えたかもしれないが、火事ともなるとそれも難しいだろうな」
その当時も調査したはずだろうから、難しいというより無かったのだろう。結局のところ、原本の翻訳は不可能ということなのね。
「歴史書を紐解くと、ルイス王太子の時代に呪いがかけられたと記載されているから、原本が読めるならと思ったが、今のところその方法はない」
「もしかしたらこの部屋みたいにどこかで隠し部屋が見つかって、資料がひょっこり出てくるかもしれませんよ」
「だといいが」
軽い気持ちで慰めてみると、殿下は苦笑いする。
「ところで殿下。アベル王様以降に作成された本ではどのような記載があるのですか?」
殿下は頷くと再び付いてくるようにと身振りをして元の部屋へと足を向けたので、私も慌てて追う。そして殿下は一つの書架の前で立ち止まった。
「ルイス王までの歴史書が保管されている棚だ」
先ほどの原本に対して数は多くはない。それだけ簡略化して書かれているのだろう。
殿下は一冊の本を取り出して腕の上で広げると、文字を指で追う。
「ここにこう記載されている」
ルイス王が王位に就く前の王太子だった頃、王位継承権を捨ててまで一緒になろうとした身分違いの恋人がいた。そこには若さ故の情熱があったのかもしれない。まだ王位継承は遠い話で、周りを説得できると考えていたのかもしれない。
ところが父である国王が突如、病床に伏す事態となり、政務がままならない状態だったため、国王は王位を退くことを決意する。
一方のルイスは、必要に迫られて王太子としての立場を自覚したのか、はたまた恋の熱が冷めたのか、彼は王位を継承することを選ぶ。
「王位に就かせる条件として、公爵家の娘と婚姻を結ぶことが必要だった。ルイス王太子は結局その恋人を捨てることにした」
「うわぁ……」
酷いとでも言うのだろうか。それとも仕方ないとでも言うのだろうか。何を思って恋人を捨てたのかは分からないけれど、王族の人間としてはその行動は間違っていなかったのかもしれない。
悲しいけれど、立場がある人間は自分の行動が制限されるものだ。
「しかし話はそれで終わらず、恨みを抱いた彼女は王太子を苦しめるために呪いをかけた。どうもその恋人は稀代の天才魔術師だったようだな。その結果、王太子は何日も酷い高熱にうなされ続けることになった。おそらく影を取り憑かせたのだろう」
「それが現在まで続く呪いですか」
「ああ。四百年を経ても未だ続く呪いだ」
恐ろしい話だなと殿下はため息をつく。
「ええ、ええ。分かります。女の怨みと食べ物の恨みは、いつの時代でも恐ろしいものですよね」
記憶力の悪い私でも十二年前の夏、とっておきのお菓子をシモン兄様に食べられたことを今でも恨みに思っているもの。毎年夏になると、グチグチと言ってやります。
「……女の怨みと食べ物の恨みを同列にするのは君ぐらいでは?」
殿下は顔を引きつらせて笑った。
「え? あれ? ですが、殿下はこの国にも暗い歴史があるとおっしゃいましたよね。それは歴史書から学ばれたからではないのですか?」
「ああ。君が手に取ったこの書物の時代、ルイス王の次の世代のアベル王以降に作成された歴史書からな」
殿下は手の甲でぽんと表紙を軽く叩いた。
ルイス王がまだ王太子だった頃、商業が盛んになり、他国との交流も活発になり始めた。主に貴族間で使われていた文字は元々難解で使いづらい文字であったため、当時から商人が使っていた今の文字へと移行されることになったそうだ。それと共にその時代までに使われていた貴族文字がこの国から消滅していくこととなる。
言語の消滅というのも文化の消滅のようで、どこか物悲しいものがある。
「幸いルイス王までの歴史書も簡略的に作成されていて、それまでの歴史は分かっているが、原文で読みたいところではある。全く正確に作成されているのではなく、自分の都合の良いように歴史を修正している部分もあるだろうからな」
おやまあ。このお方はご先祖様を信用していないらしい。でも、ここの歴史書を門外不出にしている時点で、何かしら不審に思う殿下のお心は理解できる。
「この一角の書物はルイス王までの歴史書で、失われた言語で書かれているんだ」
殿下はそう言いながら本を元の場所に戻した。
つまりこの書庫室にある書物は、今の言語で書かれた物がほとんどということになるのか。
「遡るところ四百年前に途絶えた文字とは言え、少なくとも次の時代ならばまだ読める方も多かったのでしょう? 訳語をまとめたものなどは残されていないのですか?」
文字を変える方針にしたならば、なおさら残しておくべきだ。
「当時はあったのだろうが、紛失か盗難かで現在のところまで見付かっていない。二百数十年ほど前には未曾有の大災害が起こったとあるから、貴族たちの資産や資料も失われたのだろうな」
「そうなのですか。では、もはや現代の人間では誰も読むことはできないのですね。四百年前ですと、手掛かりなどあるはずもありませんもの」
となると、もうこれは歴史書ではなく、歴史的価値のある当時の書物としてしか意味を成さなくなる。
「……いや」
殿下は過去の記憶を呼び戻しているのか、少し視線を逸らした。
「聞くところによると、十数年ほど前だったか、この文字を研究する言語学者がいたそうだ」
「え? それでは」
期待を抱きかけた私を打ち砕くかのように殿下は首を振った。
「とは言え、残念ながら火事か何かで亡くなったらしい。その人が訳語を残していれば追えたかもしれないが、火事ともなるとそれも難しいだろうな」
その当時も調査したはずだろうから、難しいというより無かったのだろう。結局のところ、原本の翻訳は不可能ということなのね。
「歴史書を紐解くと、ルイス王太子の時代に呪いがかけられたと記載されているから、原本が読めるならと思ったが、今のところその方法はない」
「もしかしたらこの部屋みたいにどこかで隠し部屋が見つかって、資料がひょっこり出てくるかもしれませんよ」
「だといいが」
軽い気持ちで慰めてみると、殿下は苦笑いする。
「ところで殿下。アベル王様以降に作成された本ではどのような記載があるのですか?」
殿下は頷くと再び付いてくるようにと身振りをして元の部屋へと足を向けたので、私も慌てて追う。そして殿下は一つの書架の前で立ち止まった。
「ルイス王までの歴史書が保管されている棚だ」
先ほどの原本に対して数は多くはない。それだけ簡略化して書かれているのだろう。
殿下は一冊の本を取り出して腕の上で広げると、文字を指で追う。
「ここにこう記載されている」
ルイス王が王位に就く前の王太子だった頃、王位継承権を捨ててまで一緒になろうとした身分違いの恋人がいた。そこには若さ故の情熱があったのかもしれない。まだ王位継承は遠い話で、周りを説得できると考えていたのかもしれない。
ところが父である国王が突如、病床に伏す事態となり、政務がままならない状態だったため、国王は王位を退くことを決意する。
一方のルイスは、必要に迫られて王太子としての立場を自覚したのか、はたまた恋の熱が冷めたのか、彼は王位を継承することを選ぶ。
「王位に就かせる条件として、公爵家の娘と婚姻を結ぶことが必要だった。ルイス王太子は結局その恋人を捨てることにした」
「うわぁ……」
酷いとでも言うのだろうか。それとも仕方ないとでも言うのだろうか。何を思って恋人を捨てたのかは分からないけれど、王族の人間としてはその行動は間違っていなかったのかもしれない。
悲しいけれど、立場がある人間は自分の行動が制限されるものだ。
「しかし話はそれで終わらず、恨みを抱いた彼女は王太子を苦しめるために呪いをかけた。どうもその恋人は稀代の天才魔術師だったようだな。その結果、王太子は何日も酷い高熱にうなされ続けることになった。おそらく影を取り憑かせたのだろう」
「それが現在まで続く呪いですか」
「ああ。四百年を経ても未だ続く呪いだ」
恐ろしい話だなと殿下はため息をつく。
「ええ、ええ。分かります。女の怨みと食べ物の恨みは、いつの時代でも恐ろしいものですよね」
記憶力の悪い私でも十二年前の夏、とっておきのお菓子をシモン兄様に食べられたことを今でも恨みに思っているもの。毎年夏になると、グチグチと言ってやります。
「……女の怨みと食べ物の恨みを同列にするのは君ぐらいでは?」
殿下は顔を引きつらせて笑った。
38
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる