つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第110話 どちらの傘を選びますか?

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「あら。やはり雨が降ってきてしまいましたね」
「そうですね」

 私は教室の窓からどんよりと暗い空を見上げる。
 今朝も雲が重かったけれど、帰宅時まで待ってもらえず、とうとう降り出してしまった。下を見ると雨の中、豪快に校門まで走っている男子生徒が見えた。

 今朝、ジェラルドさんは雨なら校舎の出入り口まで迎えに来てくださると言っていたっけ。

「ロザンヌ様のお迎えは校舎まで来てくださるのですか?」
「ええ。そう聞いています。マリエル様は?」
「はい。わたくしも校舎の入り口で待っているようにと」
「そうですか。では向かいましょうか」

 一緒に教室を出て玄関口へと向かうと、マリエル嬢のお迎えも既に来ていたようだ。
 私の迎えは。

「お疲れ様です、ロザンヌ様」
「ありがとう」
「やはり雨になってしまいましたね」
「そうですね、ジェラルド様」

 案の定、ジェラルドさんとユリアだ。お二人、傘を閉じて玄関口で立っていた。
 校舎から校門までの距離なのだし、こんな雨の日のお出迎えは一人で良かったのですが……。
 と考えていると。

「それではロザンヌ様、お先に失礼いたします。ごきげんよう」

 マリエル嬢に声をかけられたので、私は我に返って挨拶を返す。

「あ、はい。ごきげんよう。また明日、マリエル様」
「はい、また明日」

 彼女は笑みで答えると一足先に校門へと向かったので、私はあらためてジェラルドさんとユリアに振り返る。

「お出迎え、ありがとうございます。雨の日にジェラルド様までわざわざここまで足をお運びいただいて恐縮しております」

 ユリアだけでも良かったのですがと暗に言ってみるけれど。

「雨の日は見通しも悪いですし、危ないですからお迎えに上がるのは当然のことです」

 こう言われてしまっては反論する余地もない。

「そ、そうなのですね。ありがとうございます」
「では参りましょうか」
「はい」

 私が頷くや、ジェラルドさんとユリアが傘を広げると、息ぴったりで同時に言った。

「どうぞ」
「どうぞ」

 ……ああ。いつかどこかで見たような場面。と言いますか、何ならもう一本持って来てくださいよ。傘ぐらい自分で差せます。

 と、文句を心の中で言ってみても今、どちらの手元にも余分は無い。
 仮に私が選べずに馬車の乗降のように両方にお世話になるとしたら、傘を重ねた中央に私が配置されるのだろうか。

 うーん。激しく目立つし、中央はかえって傘から落ちてくる雫で濡れそう。
 三人で息を合わせて歩く姿を、学生たちが好奇の目でちらちら見てくる光景が容易に思い浮かんでしまう。

 ジェラルドさんは殿下直々のご命令という使命感でいらっしゃるのだろうし、ユリアはこれは昔から私の仕事で誰にも譲らないという意地があるのだろう。

 その選択を私に任せるだなんて、お二人よ。酷過ぎやしませんか?
 恨めしげに彼らを見そうになったけれど、ふと気付いた。

 ……あ、そうか。どちらの傘を選ぶかは私の自由なんだった。

 私は気が楽になってユリアの傘へと入ると、彼女は勝ち誇ったように少し頬を緩ませたようだ。

「ねえ、ユリア。傘、わたくしが持ってもいい?」
「え? はい」

 一瞬だけ止まったが素直に手を離した直後、私はユリアをドンッとやや強くジェラルドさんの方へと押しやった。

「――っ!?」
「ユリアさん!」

 油断もあったのだろう、不意打ちされたユリアは軽くよろめき、ジェラルドさんに背中を受け止められる。

「……申し訳ありません」

 ユリアは謝罪しながら、ジェラルドさんから身を離す。
 またジェラルドさんに助けられたのと、私にやられた感とで少し悔しそうだ。
 もちろんこちらは、してやった感ですけどね!

「いえ。大丈夫ですか」
「はい」

 私はというと、二人のやり取りを高みの見物だ。
 その様子に気付いたユリアが私を無表情に見つめてきた。

「ロザンヌ様」
「ふっ。わたくしごときに後れを取るとは、ユリアもまだまだねぇ」

 私の行為をたしなめようとするユリアだったけれど、私は笑って軽く流す。

「ロザ――」
「あなたはジェラルド様の傘に入れていただいて。わたくしはこちらの傘をお借りしますね」

 私は傘をくるくると楽しそうに回転させてみせると、ジェラルドさんとユリアは互いに顔を見合わせた。

「では参りましょう」

 彼らに背を向けて歩き出そうとすると。

「ロザンヌ様、お待ちください」
「ロザンヌ様、お待ちください」

 二人はまた声を揃えて止めようとしたので、私は振り返った。

「次からはどちらか一人が来るか、わたくしの分の傘をお願いいたしますね。じゃないと、手を変え品を変えて、また同じような事をしちゃうかもしれませんよ」

 私は片目を伏せ、唇に指を当てて悪戯っぽく笑う。

「……かしこまりました」
「……承知いたしました」

 最後の言葉は重ならなかったけれど、彼らは一拍ずつ置いても同時に答えた。
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