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第111話 騎士の鑑のジェラルド様と意表を突くユリア

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 校舎から校門まで、私の歩調に合わせて二人は付いて来た。

 何と面白い光景だろう。これは滅多に見られないと思う。ぜひ殿下にも見せてさしあげたい。
 ……と思ったところで、この後また顔合わせするのだと気付いたら、少しだけ憂鬱になった。でも憂鬱の中にも早く殿下にお会いしてお話ししたいという気持ちもあって、複雑だ。

 馬車への乗り込み時は、閉じた傘を受け取ったユリアがそのまま手を貸してくれた。
 もちろんその間、ジェラルドさんは傘を差してくれている。こうやって役割分担してくれれば、これからも助かるのだけれどね。

 そのまま見ていると、ユリアはまたジェラルドさんの手を借りて乗り込んできた。そして傘を自分の横に立て置く。

 ふむ。ユリアはこれからこの形式で行くのかな。たとえ、間合いを取る練習(?)だとしてもその行動はありがたい。ユリアに素っ気なく振られて手持ち無沙汰になるジェラルドさんを見るのは涙を禁じ得なかったので。

「ロザンヌ様、ハンカチをどうぞ」
「ああ、ありがとう。わたくしは大丈夫よ。ハンカチなら自分で持っているし、濡れていないから」

 ユリアは差し出してくれたけれど、私は断った。

「そうですか」

 見たところ、ユリアも濡れてはない様子だ。

「それでは参りましょう」

 乗り込んできたジェラルドさんは御者に合図を送ると、こちらに振り返った。

「今日は雨ですので、ゆっくり走らせますね。――あ、ユリアさん。よろしければ傘はこちらに置きましょうか?」

 側に置いておくと服が濡れると考えたのか、ジェラルドさんはユリアにそう言ってくださる。
 にべもなく断るかもしれないのに、手をユリアの方へ差し伸べたジェラルドさんの勇敢さを全国民に知らしめて、彼を誉め称えてほしいと切に思う。

 事の成り行きを静かに見守っているとユリアは傘を持たず、ただ手を重ねた。

 ――は、ふぁあああっ!?

 突飛すぎるユリアの行動に、私は思わず飛び上がって叫びかけた。
 理性を総動員してかろうじて自分を制したけれど、動悸の方は収まらない。

 な、何してるの!? え、何なの!?

 私はびっくりドン引きしてしまったし、当然、ジェラルドさんも驚かれていたけれど、すぐに何かに気付いたようだ。
 ユリアはそのまま手を引っ込めた。

「傘は大丈夫です。ハンカチをどうぞ。傘を持っていただいて、ありがとうございました」

 あ、な、なるほどね。ハンカチ、ハンカチね……。私からは見えなかったけれど、手に隠し持っていたのね。確かにジェラルドさんの右側が濡れている。ユリアが濡れないようにできるだけ傘を寄せてくれたのだろう。さすがは紳士なジェラルドさんだ。

 いやでも、まさかユリア自ら言い出すとはね。しかもジェラルドさんにお礼まで言って。人って日々、成長するのね。
 感動で、涙ほろりと来そうだ。

「よろしいのですか?」
「よろしくなければお貸しいたしません」

 ……うん。言い方ね。言い方をもっと勉強しようね、ユリア。
 ほろりと来そうだった雫が目の奥へとすぐに引っ込んだ。

「そうですか。では。ありがたくお借りいたします」

 笑顔で受け取るジェラルドさん。
 大人だー。ジェラルドさんは大人だー。さすが騎士の鑑です。
 私はひたすらジェラルドさんを心の中で賛美していた。


 王宮に到着し、まずはジェラルドさんが降り、続いてユリアが降りた。
 もう手をお借りする形を貫く気らしい。ジェラルドさんも笑顔で自然に手を取った。

 もしかしたら無表情のユリアの心の中では、間合い間合いと唱えているかもしれないと想像すると、ちょっと可笑しい。
 ふやけたニヤケ顔のまま私も二人の手を取って降車したところ、前方に人の気配を感じた。

「お帰り」

 視線を向けた私と目が合った殿下は、ふっと笑った。

「で、殿下!? どうなさったのです」

 え!? 私の帰宅に合わせてここに来られるだなんて、また影でおつらいとか!?
 私は慌てて駆け寄って小声で尋ねる。

「お体の調子が? 今ここで影祓いいたしますか」
「いや。そうではなくて……」

 歯切れの悪い言い方に私は首を傾げた。

「昨日の君の様子が気になったから。今朝は会わなかったし、もう戻って来る頃だと思ったから来てみただけだ」
「そ、そうでしたか。申し訳ございませんでした。……殿下? どうかなさったのですか?」

 笑顔なのにどこか陰りがある殿下の様子に思わず尋ねてしまう。

「君は二人の手を取ることができるんだな」

 答える気がなさそうなくらい殿下は小さな声で呟く。
 その声が自嘲しているような、羨ましそうな声にも聞こえた。

 殿下を差し置いて、二人の手をお借りしていることが気に障ったのだろうか。それとも……。

「申し訳ございません。乗降の補助はどちらか一人でいいですと前に申したのですが」
「ああ、いや。そういう意味じゃない」
「……では、どういう意味ですか?」

 尋ねてみたけれど殿下は何でもないと、何でもなくない表情で微笑むばかりだった。
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