つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
110 / 315

第110話 どちらの傘を選びますか?

しおりを挟む
「あら。やはり雨が降ってきてしまいましたね」
「そうですね」

 私は教室の窓からどんよりと暗い空を見上げる。
 今朝も雲が重かったけれど、帰宅時まで待ってもらえず、とうとう降り出してしまった。下を見ると雨の中、豪快に校門まで走っている男子生徒が見えた。

 今朝、ジェラルドさんは雨なら校舎の出入り口まで迎えに来てくださると言っていたっけ。

「ロザンヌ様のお迎えは校舎まで来てくださるのですか?」
「ええ。そう聞いています。マリエル様は?」
「はい。わたくしも校舎の入り口で待っているようにと」
「そうですか。では向かいましょうか」

 一緒に教室を出て玄関口へと向かうと、マリエル嬢のお迎えも既に来ていたようだ。
 私の迎えは。

「お疲れ様です、ロザンヌ様」
「ありがとう」
「やはり雨になってしまいましたね」
「そうですね、ジェラルド様」

 案の定、ジェラルドさんとユリアだ。お二人、傘を閉じて玄関口で立っていた。
 校舎から校門までの距離なのだし、こんな雨の日のお出迎えは一人で良かったのですが……。
 と考えていると。

「それではロザンヌ様、お先に失礼いたします。ごきげんよう」

 マリエル嬢に声をかけられたので、私は我に返って挨拶を返す。

「あ、はい。ごきげんよう。また明日、マリエル様」
「はい、また明日」

 彼女は笑みで答えると一足先に校門へと向かったので、私はあらためてジェラルドさんとユリアに振り返る。

「お出迎え、ありがとうございます。雨の日にジェラルド様までわざわざここまで足をお運びいただいて恐縮しております」

 ユリアだけでも良かったのですがと暗に言ってみるけれど。

「雨の日は見通しも悪いですし、危ないですからお迎えに上がるのは当然のことです」

 こう言われてしまっては反論する余地もない。

「そ、そうなのですね。ありがとうございます」
「では参りましょうか」
「はい」

 私が頷くや、ジェラルドさんとユリアが傘を広げると、息ぴったりで同時に言った。

「どうぞ」
「どうぞ」

 ……ああ。いつかどこかで見たような場面。と言いますか、何ならもう一本持って来てくださいよ。傘ぐらい自分で差せます。

 と、文句を心の中で言ってみても今、どちらの手元にも余分は無い。
 仮に私が選べずに馬車の乗降のように両方にお世話になるとしたら、傘を重ねた中央に私が配置されるのだろうか。

 うーん。激しく目立つし、中央はかえって傘から落ちてくる雫で濡れそう。
 三人で息を合わせて歩く姿を、学生たちが好奇の目でちらちら見てくる光景が容易に思い浮かんでしまう。

 ジェラルドさんは殿下直々のご命令という使命感でいらっしゃるのだろうし、ユリアはこれは昔から私の仕事で誰にも譲らないという意地があるのだろう。

 その選択を私に任せるだなんて、お二人よ。酷過ぎやしませんか?
 恨めしげに彼らを見そうになったけれど、ふと気付いた。

 ……あ、そうか。どちらの傘を選ぶかは私の自由なんだった。

 私は気が楽になってユリアの傘へと入ると、彼女は勝ち誇ったように少し頬を緩ませたようだ。

「ねえ、ユリア。傘、わたくしが持ってもいい?」
「え? はい」

 一瞬だけ止まったが素直に手を離した直後、私はユリアをドンッとやや強くジェラルドさんの方へと押しやった。

「――っ!?」
「ユリアさん!」

 油断もあったのだろう、不意打ちされたユリアは軽くよろめき、ジェラルドさんに背中を受け止められる。

「……申し訳ありません」

 ユリアは謝罪しながら、ジェラルドさんから身を離す。
 またジェラルドさんに助けられたのと、私にやられた感とで少し悔しそうだ。
 もちろんこちらは、してやった感ですけどね!

「いえ。大丈夫ですか」
「はい」

 私はというと、二人のやり取りを高みの見物だ。
 その様子に気付いたユリアが私を無表情に見つめてきた。

「ロザンヌ様」
「ふっ。わたくしごときに後れを取るとは、ユリアもまだまだねぇ」

 私の行為をたしなめようとするユリアだったけれど、私は笑って軽く流す。

「ロザ――」
「あなたはジェラルド様の傘に入れていただいて。わたくしはこちらの傘をお借りしますね」

 私は傘をくるくると楽しそうに回転させてみせると、ジェラルドさんとユリアは互いに顔を見合わせた。

「では参りましょう」

 彼らに背を向けて歩き出そうとすると。

「ロザンヌ様、お待ちください」
「ロザンヌ様、お待ちください」

 二人はまた声を揃えて止めようとしたので、私は振り返った。

「次からはどちらか一人が来るか、わたくしの分の傘をお願いいたしますね。じゃないと、手を変え品を変えて、また同じような事をしちゃうかもしれませんよ」

 私は片目を伏せ、唇に指を当てて悪戯っぽく笑う。

「……かしこまりました」
「……承知いたしました」

 最後の言葉は重ならなかったけれど、彼らは一拍ずつ置いても同時に答えた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

処理中です...