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第115話 ユリアの名はユリア・ラドロ
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私に続いてユリアが殿下の部屋に入って来た途端、殿下は私たちから自然と距離を取って彼女を見た。
これは影が憑いている、ということ?
「君の名はユリア・ラドロだったな」
「はい」
殿下がユリアに話しかけると、彼女は小さく頷いた。
「少々変わった姓だが、ロザンヌ嬢に付けてもらったと聞いた」
「はい」
変わった姓とかさりげなくけなされた気がするけれど、気のせいでしょうか。……あら? そういえば、姓を持たぬユリアに、姓を付けたのは私だという話を殿下にしたことがあったかしら? ユリアがジェラルドさんにでも言ったのかな?
「そうか。名前は君に馴染んでいるようだな」
「と、申しますと?」
思考から戻って尋ねたのは私だ。
殿下は私に視線を移した。
「結論から言えば、彼女には影が憑いている」
「――っ!」
やっぱり憑いていたのね。ユリアは何ともなさげだったけれど、殿下の態度からそうではないかと思っていた。近付けば、殿下の身に影を引き寄せてしまうものね。
殿下は名前と体の一部、あるいは優秀な呪術師ならば触れた物さえあれば、相手に呪いをかけることができると言っていた。つまり、ユリア・ラドロという名で影を取り憑かせることに成功したのは、彼女自身がそれを自分の名前だと認めているからということなのだろう。
「体調に変化は?」
殿下はまたユリアに視線を移して尋ねる。
「いいえ。何も」
「気分の変化などは」
「いいえ。全く」
「そうか」
考え込む殿下に私もまた眉を寄せた。
「影が憑いたら、何かしらの変調をきたすのではないのですか」
あ、いえ待って。私をからかうなど、性格が少々陽気になったのは影のせいだったりして。
「そうだな。ただ、私の場合は例外だが、すぐに出ない場合もある。それに影にも相性というものがあるから、出ない場合も無いとは言い切れないな」
「ですが、相性が合うから影が取り憑くのではなかったのですか?」
確か以前そのような事を聞いた気が。
「より取り憑きやすいとでも言おうか。誰しもそうだが、心に隙があると相性が合わなくても入り込む余地はある。逆に言えば、相性が合えばより早く取り憑くことができるということだ。今回の場合、相性が合わない影をクラウディア嬢が強制的に取り憑かせたと考えられる。ただし、影も長く憑いたまま放置されると、少なからず人に影響を与えるのは間違いない」
クラウディア嬢はその態度がどこまで続くかしら、とユリアに言っていた。すぐに効果が出なくても、いずれ出ると踏んでいたのかもしれない。
「しかし……参ったな。クラウディア嬢がまさかそんな真似をするとは」
殿下は頭が痛そうに額を押さえた。
本当よ! 自分の思い通りにならないからって、簡単に人に影を取り憑かせるだなんて! 何と卑怯な人なのかしら。呪術師の風上にも置けないわ! 他の呪術師様は知らないけれど!
「今は私情で呪術を使うことを禁じてはいるのだが」
「その口調ですと、強制力はないのですね」
私の咎める瞳に殿下はため息をついた。
「陰で呪術の儀式を行われても我々には分からないから、彼らの良心に訴えるしかないのが現状だ。今回の事にしても、証拠がない以上、私が彼女に直接注意するわけにもいかないな」
それに王宮に従事する侍女や女中が大勢いる中、なぜ殿下がユリアのことに言及するのか不審に思われるかもしれない。
――ああ。本当に腹立たしい!
私は憤りに感情が流されそうになったけれど、それよりも先にユリアだ。彼女の影を祓わないと。
「殿下。とりあえず、もうユリアの影を祓ってもよろしいでしょうか」
何と言うか、少しでも早くユリアから影を祓ってしまいたい。人を力ずくで自分の支配下に置こうとするような人間の思い通りにさせてたまるものですか!
「ああ。もう確認できたか……怒っているな、ロザンヌ嬢」
「はい!」
私はやっぱり怒りを継続したまま返答し、ユリアに手を伸ばすと彼女の両手を包み込む。
「――チ、パンチパンチパンチ」
「あの。ロザンヌ様? 何をなさっているのですか」
私に触れると影祓いできるのは理解しているはずだけれど、私が何やら怪しげな呪文をぶつぶつと低く恨めしげに唱えていることに戸惑っているらしい。
「しっ。静かに」
何となくユリアの手前、影祓いしているフリをしてみたくてそう言ってみた。
影祓いの実感が無い私なりの儀式だ。
「今、ネロが高速猫パンチを繰り出している様子を思い浮かべているの」
「ネロ? 高速猫パンチ?」
目を伏せているから分からないけれど、疑問符が頭上で飛び交っていてもユリアの顔はいつも通りの真顔なんだろうなと思った。
これは影が憑いている、ということ?
「君の名はユリア・ラドロだったな」
「はい」
殿下がユリアに話しかけると、彼女は小さく頷いた。
「少々変わった姓だが、ロザンヌ嬢に付けてもらったと聞いた」
「はい」
変わった姓とかさりげなくけなされた気がするけれど、気のせいでしょうか。……あら? そういえば、姓を持たぬユリアに、姓を付けたのは私だという話を殿下にしたことがあったかしら? ユリアがジェラルドさんにでも言ったのかな?
「そうか。名前は君に馴染んでいるようだな」
「と、申しますと?」
思考から戻って尋ねたのは私だ。
殿下は私に視線を移した。
「結論から言えば、彼女には影が憑いている」
「――っ!」
やっぱり憑いていたのね。ユリアは何ともなさげだったけれど、殿下の態度からそうではないかと思っていた。近付けば、殿下の身に影を引き寄せてしまうものね。
殿下は名前と体の一部、あるいは優秀な呪術師ならば触れた物さえあれば、相手に呪いをかけることができると言っていた。つまり、ユリア・ラドロという名で影を取り憑かせることに成功したのは、彼女自身がそれを自分の名前だと認めているからということなのだろう。
「体調に変化は?」
殿下はまたユリアに視線を移して尋ねる。
「いいえ。何も」
「気分の変化などは」
「いいえ。全く」
「そうか」
考え込む殿下に私もまた眉を寄せた。
「影が憑いたら、何かしらの変調をきたすのではないのですか」
あ、いえ待って。私をからかうなど、性格が少々陽気になったのは影のせいだったりして。
「そうだな。ただ、私の場合は例外だが、すぐに出ない場合もある。それに影にも相性というものがあるから、出ない場合も無いとは言い切れないな」
「ですが、相性が合うから影が取り憑くのではなかったのですか?」
確か以前そのような事を聞いた気が。
「より取り憑きやすいとでも言おうか。誰しもそうだが、心に隙があると相性が合わなくても入り込む余地はある。逆に言えば、相性が合えばより早く取り憑くことができるということだ。今回の場合、相性が合わない影をクラウディア嬢が強制的に取り憑かせたと考えられる。ただし、影も長く憑いたまま放置されると、少なからず人に影響を与えるのは間違いない」
クラウディア嬢はその態度がどこまで続くかしら、とユリアに言っていた。すぐに効果が出なくても、いずれ出ると踏んでいたのかもしれない。
「しかし……参ったな。クラウディア嬢がまさかそんな真似をするとは」
殿下は頭が痛そうに額を押さえた。
本当よ! 自分の思い通りにならないからって、簡単に人に影を取り憑かせるだなんて! 何と卑怯な人なのかしら。呪術師の風上にも置けないわ! 他の呪術師様は知らないけれど!
「今は私情で呪術を使うことを禁じてはいるのだが」
「その口調ですと、強制力はないのですね」
私の咎める瞳に殿下はため息をついた。
「陰で呪術の儀式を行われても我々には分からないから、彼らの良心に訴えるしかないのが現状だ。今回の事にしても、証拠がない以上、私が彼女に直接注意するわけにもいかないな」
それに王宮に従事する侍女や女中が大勢いる中、なぜ殿下がユリアのことに言及するのか不審に思われるかもしれない。
――ああ。本当に腹立たしい!
私は憤りに感情が流されそうになったけれど、それよりも先にユリアだ。彼女の影を祓わないと。
「殿下。とりあえず、もうユリアの影を祓ってもよろしいでしょうか」
何と言うか、少しでも早くユリアから影を祓ってしまいたい。人を力ずくで自分の支配下に置こうとするような人間の思い通りにさせてたまるものですか!
「ああ。もう確認できたか……怒っているな、ロザンヌ嬢」
「はい!」
私はやっぱり怒りを継続したまま返答し、ユリアに手を伸ばすと彼女の両手を包み込む。
「――チ、パンチパンチパンチ」
「あの。ロザンヌ様? 何をなさっているのですか」
私に触れると影祓いできるのは理解しているはずだけれど、私が何やら怪しげな呪文をぶつぶつと低く恨めしげに唱えていることに戸惑っているらしい。
「しっ。静かに」
何となくユリアの手前、影祓いしているフリをしてみたくてそう言ってみた。
影祓いの実感が無い私なりの儀式だ。
「今、ネロが高速猫パンチを繰り出している様子を思い浮かべているの」
「ネロ? 高速猫パンチ?」
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