つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第119話 私は貴族の娘

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「ロザンヌ様、今日はどこか上の空ですね。どうかなさったのですか」

 席に近付いてきた友人のマリエル嬢にそう言われてはっと気付いた。

 ユリアにクラウディア嬢が接触して来なかっただろうかと、ずっと気がかりで授業の内容が頭に入ってこなかった。
 ……いや。授業の内容が頭に入ってこないのは、いつものことであった。

「あ、いえ。少しずつ環境に慣れてきて気が緩んだところで、疲れがどっと来たのかもしれません」

 実際、鈍感なりに今まで気を張っていたと思う。今年は社交界デビューの年であり、思いも寄らぬ場所、王宮での生活となったわけだから当然だ。

「そうなのですね。お体、大丈夫でしょうか」
「ええ。ありがとうございます。でも授業の時までぼうっとしてはいけませんね。今の時代、女性にも学が必要だとある方から言われました」

 クラウディア様ね。口調は上から目線だが、確かにその言葉は間違っていないのかもしれない。

「特にわたくしなど特筆すべき長所などございませんから」

 容姿は特別優れていない。頭が良いわけでもない。手先が器用でもない。家柄が良いわけでもない。縁故もない。

 うわあぁぁぁ! 私は無能だぁぁぁ!
 列挙してみて目をそらしていた真実に気づき、頭を抱えた。

「そ、そんなことありません!」

 マリエル嬢は力を込める。

「ロザンヌ様は聡明でいらっしゃいますし」

 人と渡り合う口の巧さのことをおっしゃっているなら、単に悪知恵が働くだけです。

「何事にも動じず、お強いですし」

 蛇を平気で手づかみできたのは、自然の中で育ってきたから精神が逞しくなっただけです。
 ユリアには力持ちだと言われますが、所詮男性の力には敵いません。以前、胸倉を掴まれたときは対処のしようがありませんでした。

「お優しいですし」

 マリエル嬢をトラブルから遠ざけようとしていることでしょうか。だとしたら、人を巻き込むのが嫌なのと、巻き込まれた人まで助ける余力が自分にはないと分かっているからです。

「何よりもとてもお可愛らしいです!」

 それは最も評価が分かれる言葉でして……。
 慰められれば、慰められるほどにつらくなる。

「ほ、本当ですよ!?」
「お気遣いいただいて、ありがとうございます」

 うつろな瞳で息も絶え絶え辛うじてお礼を述べた。

「で、ですから! ロザンヌ様はご自分のことをよく分かっていらっしゃらなくて!」

 一生懸命擁護してくれようとするマリエル嬢は良い子すぎる。爵位としては同じだけれども、本気で可愛い子だし求婚もたくさんされているのだろう。

「マリエル様は、ご婚約者様はおられるのでしたっけ」
「え? ……ええ。まだ確定はしていないのですが、ほぼ決まりかけです」
「そうなのですか? どんな方でいらっしゃるのですか」

 何気に問いかけると、マリエル嬢は少し悲しそうに笑った。

「うちは貴族とは言え、暮らしはそう豊かではありませんので、お家を援助してくださる方になりそうです」
「お相手は貴族の方なのですか」
「いえ。一般の貿易商の方です」

 それって……政略結婚。
 相手は金で爵位を買うということだろうか。一方で、貴族が爵位を金で売るとも言える。双方の家で互いの利害が一致して行われることだ。そこに娘の意志は入らない。

 何もマリエル嬢に限ったことではない。貴族ならどこでも行われていることだ。結婚は当人たちのためにあるものではない。互いの家の利益のためにあるものだ。

「お年は少し離れて四十代半ばで、お優しそうな方でした。一度ご結婚なさったことがあるそうなのですが、早くに奥様を亡くされたそうで。お子様もいらっしゃらないとのことなので、ゆっくりとわたくしとの時間を進めていきたいとおっしゃっていただきました。わたくしが卒業しましたら、そちらに嫁ぐことになるでしょう」
「そうですか」

 うちだっておそらくマリエル嬢の暮らしとはそう変わりないはずだ。
 父は優しい人だから、私の結婚に家の利害を含めたくないと思っているかもしれない。けれど、お金がある所に嫁げば実家を助けることができる。私もまた家のために結婚をすることになるだろう。

 それが貴族の娘として当たり前だと思っていたし、理解もしていた。きっと我慢もできると思っていた。だけど、どうしてこんなにもやもやした気持ちになるのだろう。

 考えることが色々重なって、私は重いため息をついた。
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