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第120話 私らしく生きる
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はあ。
私は馬車の窓から外をぼんやり眺めつつ、何度目かのため息をついた。
「ロザンヌ様」
ジェラルドさんとユリアが相談してユリアが聞き出すことになったようだ。何やら二人、こそこそとしているようだったので。
「どうかなさいましたか。今朝はうるさいほどお話をされていたのに」
「ん……」
今、うるさいとか、さり気なく貶した?
しかし突っ込むこともなく、答えることもなくうつむいて考えこんでしまう。
「学校で何かあったのですか。何ならロザンヌ様を困らせる者を私が排除して参――」
「違う違う違う!」
ユリアの物騒な言葉に私は慌てて顔を上げた。
「あのね。友人がね、婚約が決まりそうなんだって」
「はい? お友達にご婚約を先に越されたから落ち込んでいるのですか」
白けた視線を送るのは止めなさいな、ユリア。
「違うわよ。お友達の婚約者になりそうな方ってね、お家を援助してくださるような財産持――資産家の方なんですって。やっぱりそういう結婚になるのだなとあらためて思ったの」
「貴族として生を受けた以上、ご自分の意にそわない結婚もあるでしょう」
「うん。分かっている。分かっているのだけれど、いざ身近に迫ってくるとね」
私はまたため息をついた。
「旦那様は、ロザンヌ様が嫌がるようなご結婚を無理に進めないと思いますが」
「ええ。それも分かっているわ。でもわたくしはダングルベール家の人間として何の役にも立っていないから」
せめてそういうところで役に立たないと。
「そうですね。では、せいぜいダングルベールのお家のために役に立ってください」
冷たい。冷たいぞユリア!
淡々としたユリアの言葉が胸をぐさぐさ刺してくる。
思い悩んでいるのだから、ちょっとくらい優しくしてくれたって。
文句を言おうと思っていたら、ユリアはさらに口を開く。
「お相手の資産と引き替えにご結婚されることとなると、相手の方もそれなりのお方となるでしょう」
「え? それなりのお方って?」
「例えば何人もの愛人を公然と抱えた好色家であったり」
何人もの愛人!?
今日もお渡りはないわ、と毎日窓から夜空を見上げながら憂鬱に嘆くことになるのだろうか。
「棺桶に片足をお入れになっているご高齢の方とか」
ワシの最期を看取ってくれてありがとうな、ロザンヌや……。
ベッドの中から、か細い手を伸ばしてお礼を言うご老人が目に浮かぶ。
「若い娘を好む不健康にふっくら肥えた、頭髪が寂しい方とか」
蛙のような面構えで、顔や額だけはぬらぬらてらてら脂ぎっていそうな、うぐっ――いや無理っ。
「他にも相手の泣き顔が好きな嗜虐趣――」
「ユ、ユリアさん、そこまでにしましょう。ロザンヌ様はもう再起不能でいらっしゃいますから」
項垂れきった私を見たらしいジェラルドさんが何とか止めてくれた。
ありがとうございます。
「利害を一致させた結婚というものは、何かしら我慢を強いられるものでしょう」
ユリアは悪びれることなく、まだ私の心を抉ってくる。
「そんな事ぐらい、分かっているもん……」
「そうですか。ではなぜ落ち込むことがあるのです」
「ユ、ユリアさん」
追撃してくるユリアにジェラルドさんは止めようとするも、ユリアは手を緩めない。
「分かっているのならば、それをただ受け入れるといいでしょう。ロザンヌ様らしくなく、何の文句も言わず、何の抵抗もせずに」
自分の立場が分かっているからこそ、無理にでもそれを受け入れようと思っているのに、そんな言い方をするだなんて。
「仕方がないじゃない。そういう場所の下に生まれたのだから」
「ええ、そうです。それがあなたの運命です。素直に受け入れなさい。せいぜい嘆きなさい。自分を憐れみ悲しめばいい。憤ればいい。自分は何と不幸なのだろうと泣き叫べばいいのです」
ユリアに立て続けに言われて、さすがにむかっときた。
「わ、わたくしだってそうなりたくてなるのではないのよ! 本当は後悔する生き方なんてしたくないと思っているわ!」
ジェラルドさんの前なのに、ユリアに挑発されて自分の感情を爆発させてしまう。
「ええ。それでもあなたは選ばれるのでしょう。家のために、家族のために」
「そうよ。わたくしは家のために、家族のために結婚するわ! でも犠牲になんてならない。犠牲になんてなってやらない! わたくしが自ら望んでそこに行くの。そしてそこでは今度こそ自分の為に生きてみせるわ!」
胸に手を当てて一気に感情を吐き出しきると肩で息を繰り返す。
ユリアはそれを黙って聞き届けると、ふっと笑みをこぼした。
「ええ。それでこそロザンヌ様です」
「……え?」
「仮にどんな方に嫁がれることになろうとも、私は常にロザンヌ様の側にいましょう。側にいてお支えしましょう。ですからロザンヌ様は、ロザンヌ様らしく心だけは自由に生きてください」
「――っ。うん……ユリア、ありがとう。ありがとう」
ユリアに抱きついた私を彼女は優しく受け止めてくれた。
私は馬車の窓から外をぼんやり眺めつつ、何度目かのため息をついた。
「ロザンヌ様」
ジェラルドさんとユリアが相談してユリアが聞き出すことになったようだ。何やら二人、こそこそとしているようだったので。
「どうかなさいましたか。今朝はうるさいほどお話をされていたのに」
「ん……」
今、うるさいとか、さり気なく貶した?
しかし突っ込むこともなく、答えることもなくうつむいて考えこんでしまう。
「学校で何かあったのですか。何ならロザンヌ様を困らせる者を私が排除して参――」
「違う違う違う!」
ユリアの物騒な言葉に私は慌てて顔を上げた。
「あのね。友人がね、婚約が決まりそうなんだって」
「はい? お友達にご婚約を先に越されたから落ち込んでいるのですか」
白けた視線を送るのは止めなさいな、ユリア。
「違うわよ。お友達の婚約者になりそうな方ってね、お家を援助してくださるような財産持――資産家の方なんですって。やっぱりそういう結婚になるのだなとあらためて思ったの」
「貴族として生を受けた以上、ご自分の意にそわない結婚もあるでしょう」
「うん。分かっている。分かっているのだけれど、いざ身近に迫ってくるとね」
私はまたため息をついた。
「旦那様は、ロザンヌ様が嫌がるようなご結婚を無理に進めないと思いますが」
「ええ。それも分かっているわ。でもわたくしはダングルベール家の人間として何の役にも立っていないから」
せめてそういうところで役に立たないと。
「そうですね。では、せいぜいダングルベールのお家のために役に立ってください」
冷たい。冷たいぞユリア!
淡々としたユリアの言葉が胸をぐさぐさ刺してくる。
思い悩んでいるのだから、ちょっとくらい優しくしてくれたって。
文句を言おうと思っていたら、ユリアはさらに口を開く。
「お相手の資産と引き替えにご結婚されることとなると、相手の方もそれなりのお方となるでしょう」
「え? それなりのお方って?」
「例えば何人もの愛人を公然と抱えた好色家であったり」
何人もの愛人!?
今日もお渡りはないわ、と毎日窓から夜空を見上げながら憂鬱に嘆くことになるのだろうか。
「棺桶に片足をお入れになっているご高齢の方とか」
ワシの最期を看取ってくれてありがとうな、ロザンヌや……。
ベッドの中から、か細い手を伸ばしてお礼を言うご老人が目に浮かぶ。
「若い娘を好む不健康にふっくら肥えた、頭髪が寂しい方とか」
蛙のような面構えで、顔や額だけはぬらぬらてらてら脂ぎっていそうな、うぐっ――いや無理っ。
「他にも相手の泣き顔が好きな嗜虐趣――」
「ユ、ユリアさん、そこまでにしましょう。ロザンヌ様はもう再起不能でいらっしゃいますから」
項垂れきった私を見たらしいジェラルドさんが何とか止めてくれた。
ありがとうございます。
「利害を一致させた結婚というものは、何かしら我慢を強いられるものでしょう」
ユリアは悪びれることなく、まだ私の心を抉ってくる。
「そんな事ぐらい、分かっているもん……」
「そうですか。ではなぜ落ち込むことがあるのです」
「ユ、ユリアさん」
追撃してくるユリアにジェラルドさんは止めようとするも、ユリアは手を緩めない。
「分かっているのならば、それをただ受け入れるといいでしょう。ロザンヌ様らしくなく、何の文句も言わず、何の抵抗もせずに」
自分の立場が分かっているからこそ、無理にでもそれを受け入れようと思っているのに、そんな言い方をするだなんて。
「仕方がないじゃない。そういう場所の下に生まれたのだから」
「ええ、そうです。それがあなたの運命です。素直に受け入れなさい。せいぜい嘆きなさい。自分を憐れみ悲しめばいい。憤ればいい。自分は何と不幸なのだろうと泣き叫べばいいのです」
ユリアに立て続けに言われて、さすがにむかっときた。
「わ、わたくしだってそうなりたくてなるのではないのよ! 本当は後悔する生き方なんてしたくないと思っているわ!」
ジェラルドさんの前なのに、ユリアに挑発されて自分の感情を爆発させてしまう。
「ええ。それでもあなたは選ばれるのでしょう。家のために、家族のために」
「そうよ。わたくしは家のために、家族のために結婚するわ! でも犠牲になんてならない。犠牲になんてなってやらない! わたくしが自ら望んでそこに行くの。そしてそこでは今度こそ自分の為に生きてみせるわ!」
胸に手を当てて一気に感情を吐き出しきると肩で息を繰り返す。
ユリアはそれを黙って聞き届けると、ふっと笑みをこぼした。
「ええ。それでこそロザンヌ様です」
「……え?」
「仮にどんな方に嫁がれることになろうとも、私は常にロザンヌ様の側にいましょう。側にいてお支えしましょう。ですからロザンヌ様は、ロザンヌ様らしく心だけは自由に生きてください」
「――っ。うん……ユリア、ありがとう。ありがとう」
ユリアに抱きついた私を彼女は優しく受け止めてくれた。
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