119 / 315
第119話 私は貴族の娘
しおりを挟む
「ロザンヌ様、今日はどこか上の空ですね。どうかなさったのですか」
席に近付いてきた友人のマリエル嬢にそう言われてはっと気付いた。
ユリアにクラウディア嬢が接触して来なかっただろうかと、ずっと気がかりで授業の内容が頭に入ってこなかった。
……いや。授業の内容が頭に入ってこないのは、いつものことであった。
「あ、いえ。少しずつ環境に慣れてきて気が緩んだところで、疲れがどっと来たのかもしれません」
実際、鈍感なりに今まで気を張っていたと思う。今年は社交界デビューの年であり、思いも寄らぬ場所、王宮での生活となったわけだから当然だ。
「そうなのですね。お体、大丈夫でしょうか」
「ええ。ありがとうございます。でも授業の時までぼうっとしてはいけませんね。今の時代、女性にも学が必要だとある方から言われました」
クラウディア様ね。口調は上から目線だが、確かにその言葉は間違っていないのかもしれない。
「特にわたくしなど特筆すべき長所などございませんから」
容姿は特別優れていない。頭が良いわけでもない。手先が器用でもない。家柄が良いわけでもない。縁故もない。
うわあぁぁぁ! 私は無能だぁぁぁ!
列挙してみて目をそらしていた真実に気づき、頭を抱えた。
「そ、そんなことありません!」
マリエル嬢は力を込める。
「ロザンヌ様は聡明でいらっしゃいますし」
人と渡り合う口の巧さのことをおっしゃっているなら、単に悪知恵が働くだけです。
「何事にも動じず、お強いですし」
蛇を平気で手づかみできたのは、自然の中で育ってきたから精神が逞しくなっただけです。
ユリアには力持ちだと言われますが、所詮男性の力には敵いません。以前、胸倉を掴まれたときは対処のしようがありませんでした。
「お優しいですし」
マリエル嬢をトラブルから遠ざけようとしていることでしょうか。だとしたら、人を巻き込むのが嫌なのと、巻き込まれた人まで助ける余力が自分にはないと分かっているからです。
「何よりもとてもお可愛らしいです!」
それは最も評価が分かれる言葉でして……。
慰められれば、慰められるほどにつらくなる。
「ほ、本当ですよ!?」
「お気遣いいただいて、ありがとうございます」
うつろな瞳で息も絶え絶え辛うじてお礼を述べた。
「で、ですから! ロザンヌ様はご自分のことをよく分かっていらっしゃらなくて!」
一生懸命擁護してくれようとするマリエル嬢は良い子すぎる。爵位としては同じだけれども、本気で可愛い子だし求婚もたくさんされているのだろう。
「マリエル様は、ご婚約者様はおられるのでしたっけ」
「え? ……ええ。まだ確定はしていないのですが、ほぼ決まりかけです」
「そうなのですか? どんな方でいらっしゃるのですか」
何気に問いかけると、マリエル嬢は少し悲しそうに笑った。
「うちは貴族とは言え、暮らしはそう豊かではありませんので、お家を援助してくださる方になりそうです」
「お相手は貴族の方なのですか」
「いえ。一般の貿易商の方です」
それって……政略結婚。
相手は金で爵位を買うということだろうか。一方で、貴族が爵位を金で売るとも言える。双方の家で互いの利害が一致して行われることだ。そこに娘の意志は入らない。
何もマリエル嬢に限ったことではない。貴族ならどこでも行われていることだ。結婚は当人たちのためにあるものではない。互いの家の利益のためにあるものだ。
「お年は少し離れて四十代半ばで、お優しそうな方でした。一度ご結婚なさったことがあるそうなのですが、早くに奥様を亡くされたそうで。お子様もいらっしゃらないとのことなので、ゆっくりとわたくしとの時間を進めていきたいとおっしゃっていただきました。わたくしが卒業しましたら、そちらに嫁ぐことになるでしょう」
「そうですか」
うちだっておそらくマリエル嬢の暮らしとはそう変わりないはずだ。
父は優しい人だから、私の結婚に家の利害を含めたくないと思っているかもしれない。けれど、お金がある所に嫁げば実家を助けることができる。私もまた家のために結婚をすることになるだろう。
それが貴族の娘として当たり前だと思っていたし、理解もしていた。きっと我慢もできると思っていた。だけど、どうしてこんなにもやもやした気持ちになるのだろう。
考えることが色々重なって、私は重いため息をついた。
席に近付いてきた友人のマリエル嬢にそう言われてはっと気付いた。
ユリアにクラウディア嬢が接触して来なかっただろうかと、ずっと気がかりで授業の内容が頭に入ってこなかった。
……いや。授業の内容が頭に入ってこないのは、いつものことであった。
「あ、いえ。少しずつ環境に慣れてきて気が緩んだところで、疲れがどっと来たのかもしれません」
実際、鈍感なりに今まで気を張っていたと思う。今年は社交界デビューの年であり、思いも寄らぬ場所、王宮での生活となったわけだから当然だ。
「そうなのですね。お体、大丈夫でしょうか」
「ええ。ありがとうございます。でも授業の時までぼうっとしてはいけませんね。今の時代、女性にも学が必要だとある方から言われました」
クラウディア様ね。口調は上から目線だが、確かにその言葉は間違っていないのかもしれない。
「特にわたくしなど特筆すべき長所などございませんから」
容姿は特別優れていない。頭が良いわけでもない。手先が器用でもない。家柄が良いわけでもない。縁故もない。
うわあぁぁぁ! 私は無能だぁぁぁ!
列挙してみて目をそらしていた真実に気づき、頭を抱えた。
「そ、そんなことありません!」
マリエル嬢は力を込める。
「ロザンヌ様は聡明でいらっしゃいますし」
人と渡り合う口の巧さのことをおっしゃっているなら、単に悪知恵が働くだけです。
「何事にも動じず、お強いですし」
蛇を平気で手づかみできたのは、自然の中で育ってきたから精神が逞しくなっただけです。
ユリアには力持ちだと言われますが、所詮男性の力には敵いません。以前、胸倉を掴まれたときは対処のしようがありませんでした。
「お優しいですし」
マリエル嬢をトラブルから遠ざけようとしていることでしょうか。だとしたら、人を巻き込むのが嫌なのと、巻き込まれた人まで助ける余力が自分にはないと分かっているからです。
「何よりもとてもお可愛らしいです!」
それは最も評価が分かれる言葉でして……。
慰められれば、慰められるほどにつらくなる。
「ほ、本当ですよ!?」
「お気遣いいただいて、ありがとうございます」
うつろな瞳で息も絶え絶え辛うじてお礼を述べた。
「で、ですから! ロザンヌ様はご自分のことをよく分かっていらっしゃらなくて!」
一生懸命擁護してくれようとするマリエル嬢は良い子すぎる。爵位としては同じだけれども、本気で可愛い子だし求婚もたくさんされているのだろう。
「マリエル様は、ご婚約者様はおられるのでしたっけ」
「え? ……ええ。まだ確定はしていないのですが、ほぼ決まりかけです」
「そうなのですか? どんな方でいらっしゃるのですか」
何気に問いかけると、マリエル嬢は少し悲しそうに笑った。
「うちは貴族とは言え、暮らしはそう豊かではありませんので、お家を援助してくださる方になりそうです」
「お相手は貴族の方なのですか」
「いえ。一般の貿易商の方です」
それって……政略結婚。
相手は金で爵位を買うということだろうか。一方で、貴族が爵位を金で売るとも言える。双方の家で互いの利害が一致して行われることだ。そこに娘の意志は入らない。
何もマリエル嬢に限ったことではない。貴族ならどこでも行われていることだ。結婚は当人たちのためにあるものではない。互いの家の利益のためにあるものだ。
「お年は少し離れて四十代半ばで、お優しそうな方でした。一度ご結婚なさったことがあるそうなのですが、早くに奥様を亡くされたそうで。お子様もいらっしゃらないとのことなので、ゆっくりとわたくしとの時間を進めていきたいとおっしゃっていただきました。わたくしが卒業しましたら、そちらに嫁ぐことになるでしょう」
「そうですか」
うちだっておそらくマリエル嬢の暮らしとはそう変わりないはずだ。
父は優しい人だから、私の結婚に家の利害を含めたくないと思っているかもしれない。けれど、お金がある所に嫁げば実家を助けることができる。私もまた家のために結婚をすることになるだろう。
それが貴族の娘として当たり前だと思っていたし、理解もしていた。きっと我慢もできると思っていた。だけど、どうしてこんなにもやもやした気持ちになるのだろう。
考えることが色々重なって、私は重いため息をついた。
35
あなたにおすすめの小説
悪役令息(冤罪)が婿に来た
花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー
結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!?
王女が婚約破棄した相手は公爵令息?
王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした?
あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。
その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。
彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。
そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。
彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。
その数日後王家から正式な手紙がくる。
ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」
イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。
「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」
心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ!
※ざまぁ要素はあると思います。
※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。
転生貧乏令嬢メイドは見なかった!
seo
恋愛
血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。
いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。
これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。
#逆ハー風なところあり
#他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
元王太子妃候補、現王宮の番犬(仮)
モンドール
恋愛
伯爵令嬢ルイーザは、幼い頃から王太子妃を目指し血の滲む努力をしてきた。勉学に励み、作法を学び、社交での人脈も作った。しかし、肝心の王太子の心は射止められず。
そんな中、何者かの手によって大型犬に姿を変えられてしまったルイーザは、暫く王宮で飼われる番犬の振りをすることになり──!?
「わん!」(なんでよ!)
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる