137 / 315
第137話 呼吸を合わせて
しおりを挟む
クロエさんは、パンパンと手を打った。
「いいわ。ひとまず及第点をあげましょう」
人には向き不向きというものがありまして。クロエさんが及第点を出してくださった頃にはもう私は満身創痍だ。
肩で息をする私の横で、ユリアは相変わらず涼しい顔をしているのが悔しい。しかもやはり飲み込みが早い。私が何ヶ月もかかってようやく覚えたものをユリアは軽々とやってみせるのだから。
いや。もう、いっそのこと、ユリアが私の代わりに出てくれないかしら。
「では、次は実際に男性と組んでやってみましょう」
休みはないのですか……。厳しい。
クロエさんは殿下らがいる方向に視線を送ったので私も釣られて見ると、ジェラルドさんは笑顔でお上手ですと小さく手を叩いてくださっているのに対して、殿下はソファーに座り、足を組んで悠然とお茶を飲んでいる。
私はとりあえず頭の中で、助走をつけて殿下をグーで一発ナグっておいた。
「じゃあ、ジェラルド。よろしく」
殿下はジェラルドさんに言葉をかけるが、自らは当然動こうとはしない。ところが、クロエさんはそんな殿下の態度を見咎めた。
「何をおっしゃっているのです。殿下もするのですよ」
「……は? 私が?」
クロエさんは腕を組んで少し顎を上げると、目を丸くしている殿下を睨め付けた。
「当たり前ではありませんか。――ああ、なるほど。ご自分は優雅に高みの見物をするつもりでいらしたから、ジェラルド様をお連れになったのですね」
「いや、その」
殿下の言い分を遮るようにクロエさんはさらに続ける。
「そんな真似はわたくしが許しませんよ。さあ。殿下はロザンヌ様のお相手役をなさってください」
「いえ、それは」
「いや、それは」
私と殿下は同時に言葉を発した。
殿下とパートナーを組むわけにはいかない。私が殿下にひとたび触れると、崩れ落ちてしまうのだから。
「何ですか?」
クロエさんは私と殿下の顔を交互に見てくるけれど、説明できない私たちはうっと言葉に詰まる。
「いえ……」
「いや……」
「そうですか。では、良いですね。ジェラルド様はユリアさんのお相手をお願いいたしますね」
クロエさんはてきぱきと指示を送り、渋っている殿下に視線を戻す。
「殿下。よろしくお願いいたしますね」
にっこり無言の圧力をかけるクロエさんに、殿下も気圧されたらしく立ち上がってやむなく私の元にやってきたので、私はじとりと睨み付けた。
どうしてお断りしなかったのです。
君こそどうして。
殿下がお断りになると思っていたからです。
私だって君が断ると。
わたくしが断れるはずがないではありませんか。
殿下と二人、唇と視線で交戦していると。
「そこ。何をしているのですか。迅速にご準備を」
「は、はい!」
どういたしますか。
仕方がない。やるしかないだろう。
どうやってです。
触れないようにやるしかない。
クロエさんの目を誤魔化せるでしょうか。
やるしかない。
やるしかないを繰り返す殿下に私も諦めがついた。本当にやるしかないわけだから。
「はい。お二組、ご準備は良いですね。では始めます」
クロエさんは手を叩いて拍子を取り、私と殿下はやるぞと視線で頷きあった。
しかし始めてみると、やはり気合いだけで何とかなるものではない。
二人が離れて踊るパートは何とか形になってはいるけれど(多分)、接近する度に触れやしないかと動きが硬くなる。また、手を取り合って回るところなどは手を繋げない分、呼吸を合わせにくく、動きが微妙にずれたりとぎこちなさが半端ない。
当然、クロエさんの目がきらりと光る。
「はい、そこ! お二人、もっと呼吸を合わせて。特に殿下。あなたまで何てザマですか。殿下がリードしないでどうするのです」
クロエさんは両手を腰にやった。
「……すまない」
「……すみません」
「いいわ。お二人は一度足を止め、ジェラルド様とユリアさんをご覧になってください」
助かった。殿下に今にも手や体が触れんばかりで、ドキドキしっぱなしだったから。……もちろん色気の無い方のお話である。
私たちは同時にほっと息をつくと互いに距離を取り、彼らのダンスを見守ることにする。
「ではジェラルド様、ユリアさん。始めて」
クロエさんが手を打つと二人はダンスを再開する。
ジェラルドさんは鍛え上げられた均整の取れた体で姿勢も良く、とても美しく踊っている。
今時の騎士様はダンスにも精通していらっしゃるのだろうか。ジェラルドさんの違う一面を見せられた気分だ。
一方のユリアはというと、初めてだというのにさすが運動神経が良く、細かいステップなども習得して彼ときちんと呼吸を合わせて形になっている。
「ええ。お二人とてもいいですね。ですが」
クロエさんは小首を傾げた。
「なぜかしら。ダンスは完璧なのだけれど、少々ギスギスした物々しい雰囲気が漂っているわね」
すみません。きっとユリアの頭の中は間合いがどうとか、相手の懐にいかにして近づくかとか、足さばきはなどと戦闘モードになっているせいかと思われます……。
「いいわ。ひとまず及第点をあげましょう」
人には向き不向きというものがありまして。クロエさんが及第点を出してくださった頃にはもう私は満身創痍だ。
肩で息をする私の横で、ユリアは相変わらず涼しい顔をしているのが悔しい。しかもやはり飲み込みが早い。私が何ヶ月もかかってようやく覚えたものをユリアは軽々とやってみせるのだから。
いや。もう、いっそのこと、ユリアが私の代わりに出てくれないかしら。
「では、次は実際に男性と組んでやってみましょう」
休みはないのですか……。厳しい。
クロエさんは殿下らがいる方向に視線を送ったので私も釣られて見ると、ジェラルドさんは笑顔でお上手ですと小さく手を叩いてくださっているのに対して、殿下はソファーに座り、足を組んで悠然とお茶を飲んでいる。
私はとりあえず頭の中で、助走をつけて殿下をグーで一発ナグっておいた。
「じゃあ、ジェラルド。よろしく」
殿下はジェラルドさんに言葉をかけるが、自らは当然動こうとはしない。ところが、クロエさんはそんな殿下の態度を見咎めた。
「何をおっしゃっているのです。殿下もするのですよ」
「……は? 私が?」
クロエさんは腕を組んで少し顎を上げると、目を丸くしている殿下を睨め付けた。
「当たり前ではありませんか。――ああ、なるほど。ご自分は優雅に高みの見物をするつもりでいらしたから、ジェラルド様をお連れになったのですね」
「いや、その」
殿下の言い分を遮るようにクロエさんはさらに続ける。
「そんな真似はわたくしが許しませんよ。さあ。殿下はロザンヌ様のお相手役をなさってください」
「いえ、それは」
「いや、それは」
私と殿下は同時に言葉を発した。
殿下とパートナーを組むわけにはいかない。私が殿下にひとたび触れると、崩れ落ちてしまうのだから。
「何ですか?」
クロエさんは私と殿下の顔を交互に見てくるけれど、説明できない私たちはうっと言葉に詰まる。
「いえ……」
「いや……」
「そうですか。では、良いですね。ジェラルド様はユリアさんのお相手をお願いいたしますね」
クロエさんはてきぱきと指示を送り、渋っている殿下に視線を戻す。
「殿下。よろしくお願いいたしますね」
にっこり無言の圧力をかけるクロエさんに、殿下も気圧されたらしく立ち上がってやむなく私の元にやってきたので、私はじとりと睨み付けた。
どうしてお断りしなかったのです。
君こそどうして。
殿下がお断りになると思っていたからです。
私だって君が断ると。
わたくしが断れるはずがないではありませんか。
殿下と二人、唇と視線で交戦していると。
「そこ。何をしているのですか。迅速にご準備を」
「は、はい!」
どういたしますか。
仕方がない。やるしかないだろう。
どうやってです。
触れないようにやるしかない。
クロエさんの目を誤魔化せるでしょうか。
やるしかない。
やるしかないを繰り返す殿下に私も諦めがついた。本当にやるしかないわけだから。
「はい。お二組、ご準備は良いですね。では始めます」
クロエさんは手を叩いて拍子を取り、私と殿下はやるぞと視線で頷きあった。
しかし始めてみると、やはり気合いだけで何とかなるものではない。
二人が離れて踊るパートは何とか形になってはいるけれど(多分)、接近する度に触れやしないかと動きが硬くなる。また、手を取り合って回るところなどは手を繋げない分、呼吸を合わせにくく、動きが微妙にずれたりとぎこちなさが半端ない。
当然、クロエさんの目がきらりと光る。
「はい、そこ! お二人、もっと呼吸を合わせて。特に殿下。あなたまで何てザマですか。殿下がリードしないでどうするのです」
クロエさんは両手を腰にやった。
「……すまない」
「……すみません」
「いいわ。お二人は一度足を止め、ジェラルド様とユリアさんをご覧になってください」
助かった。殿下に今にも手や体が触れんばかりで、ドキドキしっぱなしだったから。……もちろん色気の無い方のお話である。
私たちは同時にほっと息をつくと互いに距離を取り、彼らのダンスを見守ることにする。
「ではジェラルド様、ユリアさん。始めて」
クロエさんが手を打つと二人はダンスを再開する。
ジェラルドさんは鍛え上げられた均整の取れた体で姿勢も良く、とても美しく踊っている。
今時の騎士様はダンスにも精通していらっしゃるのだろうか。ジェラルドさんの違う一面を見せられた気分だ。
一方のユリアはというと、初めてだというのにさすが運動神経が良く、細かいステップなども習得して彼ときちんと呼吸を合わせて形になっている。
「ええ。お二人とてもいいですね。ですが」
クロエさんは小首を傾げた。
「なぜかしら。ダンスは完璧なのだけれど、少々ギスギスした物々しい雰囲気が漂っているわね」
すみません。きっとユリアの頭の中は間合いがどうとか、相手の懐にいかにして近づくかとか、足さばきはなどと戦闘モードになっているせいかと思われます……。
35
あなたにおすすめの小説
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。
【完結】地味な私と公爵様
ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。
端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。
そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。
...正直私も信じていません。
ラエル様が、私を溺愛しているなんて。
きっと、きっと、夢に違いありません。
お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる