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第147話 ユリアの日常(二)
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温室に足を踏み入れると換気でもされているのだろうか、考えていたほど室内はむっとするような暑さを感じなかった。
人の気配がないので、失礼しますと呟いて奥へと進んでみる。
観賞用の温室ではないようで、休憩しながら花を楽しむための席一つ無く、辺りは植物だらけだ。
植物に興味のない私はここで育てられている花々の名前を知らないし、自分の人生に必要はないだろうと思うから別に知りたいとも思わない。ただ、職に誇りを持って丁寧に愛情を持って育てられているのだろうなとは思うほどに綺麗なお花を咲かせていた。
すると背後に人の気配がしたので私は振り返る。
相手は声をかける前に振り返った私に少し警戒したようだ。しかしすぐに眉をひそめた。
「あんた何? 何か用」
外から戻って来たここの管理者であろう人物が、不審そうに声をかけてきた。
男性は猫っ毛の茶色い髪に、透明感のある顔立ちをした二十代くらいのまだ若い青年だ。ジェラルド様と違って愛想は全くない。
ただ、不法侵入したのはこちらだから非礼を詫びることにする。
「ご不在の中、入室して失礼いたしました。ユリア・ラドロと申します。少しお願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい。こちらのお花を分けていただけないかと」
彼はそんな事も知らないのかと鼻で笑う。
「ここは王族の部屋を飾る花を育てている。あんたに譲れる花は無い」
「そうでしたか。そうとは知らずに失礼いたしました。では」
踵を返して帰ろうとした時。
「あんた、ユリア・ラドロと言ったか?」
「はい」
「ああ。そう言えば、そんな目をしていたな」
彼は何が可笑しいのか、ふっと小馬鹿にしたように笑う。
綺麗な容姿の割には柄が悪い青年のようだ。人のことは言えないが。
「何か」
「あんた、試合で騎士と対戦していたヤツだろ?」
「はい」
「女性が騎士と対等に渡り合っていると聞いて、見に行ったことがあるんだ」
こんな所にまで知れ渡っているらしい。
「そんなあんたでも花を愛でるんだなと思ってさ」
どういう意味だろうか。とは言え、敢えて聞きたいとも思わない。
「私が必要としているのではありません。主人の部屋に飾りたいのです」
「主人の部屋? あんたの主人は貴族なのか?」
「はい。今はこちらの王宮で過ごされています」
「ああ。行儀見習いとかで、確かに貴族令嬢がうろうろしているよな」
彼の口調から察するに、あまり良い印象を抱いていないようだ。彼がどう考えていようとも、私には関係のないことである。それより、もう話を切り上げていいだろうか。花を譲ってもらえないのなら、ここに長居は無用だ。
「では私はこれで」
「ああ。待て」
彼は私を呼び止めると横を通り過ぎて奥に何かを取りに行き、またこちらへと戻って来た。
見ると手にはピンク色の花を一輪持っている。
「これを持っていけば」
そう言って彼は差し出してくるので、私はその花に目をやる。
特に萎れても、枯れてもいないし、嫌がらせといった類いでもなさそうだ。
「ですが、こちらのお花は王族の方のお部屋に飾るお花でしょう」
「ここ、色が薄い部分があるだろう」
彼は花びらを指さす。
気にならない程度のほんの小さな箇所だが、色が薄い部分がある。
「色や形が完璧じゃないやつはどうせ王族の部屋には飾られない」
「ではどうするのですか」
「廃棄処分だよ。ここにある花はこの王宮から出してはならないことになっているから」
王宮内で育てられた花だとして町で売れば、付加価値で高値で売られることになるだろうが、王室の品位が下がってしまうし、間違いなく産地偽装の花も現れるはずだ。それらを懸念してのことかもしれない。
彼は自分が持つ花に視線に落とすと嘲笑する。
「この花、まるで王宮に集る貴族の令嬢たちみたいじゃないか? 王族に選ばれるのはほんの一握りで、後はただ手折られて醜く萎れ枯れ果てて、捨てられる運命にある令嬢そっく――」
気付いたら私は彼の手から花を奪い取っていた。
「私の主人はたとえ手折られたとしても生ある限り、精一杯気高く美しく咲き誇ります。この花もあなたの手では、醜く枯れ果てさせるぐらいしかできないのならば私が頂いていきます」
彼は絶句して目を見張る。
そんな彼を放置して今度こそ私は身を翻して歩き出した。
すると。
「ここには毎日!」
私の背中に言葉をかけてきたので仕方なく足を止めて振り返る。
「ここには毎日廃棄処分の花が出る。だからと言って廃棄処分の物を全て渡すわけにはいかないけど、一本ぐらいなら分けることができる。俺に醜く枯れ果てさせたくないのなら毎日取りに来い。あんたの主人も毎日違う花に変わる方が喜ぶだろ」
面倒だな。素直にそう思った。
正直、ここにある花に少しだけの憐憫を寄せたものの、救ってやる義理はない。それに大量廃棄の中、ほんの一輪救ったところで何になる。
そこまで考えて、ふと旦那様の言葉を思い出した。
私たちみたいな路上生活者が溢れ返っていても何も行動できなかった。だけどロザンヌ様を見てようやく動けたと。
大勢の中のたった一人を救ったところで何にもならないわけではない。一人でも多くの人が救われる方がいいのだと。
「また……明日来ます」
私はそれだけ残すと温室を後にした。
人の気配がないので、失礼しますと呟いて奥へと進んでみる。
観賞用の温室ではないようで、休憩しながら花を楽しむための席一つ無く、辺りは植物だらけだ。
植物に興味のない私はここで育てられている花々の名前を知らないし、自分の人生に必要はないだろうと思うから別に知りたいとも思わない。ただ、職に誇りを持って丁寧に愛情を持って育てられているのだろうなとは思うほどに綺麗なお花を咲かせていた。
すると背後に人の気配がしたので私は振り返る。
相手は声をかける前に振り返った私に少し警戒したようだ。しかしすぐに眉をひそめた。
「あんた何? 何か用」
外から戻って来たここの管理者であろう人物が、不審そうに声をかけてきた。
男性は猫っ毛の茶色い髪に、透明感のある顔立ちをした二十代くらいのまだ若い青年だ。ジェラルド様と違って愛想は全くない。
ただ、不法侵入したのはこちらだから非礼を詫びることにする。
「ご不在の中、入室して失礼いたしました。ユリア・ラドロと申します。少しお願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい。こちらのお花を分けていただけないかと」
彼はそんな事も知らないのかと鼻で笑う。
「ここは王族の部屋を飾る花を育てている。あんたに譲れる花は無い」
「そうでしたか。そうとは知らずに失礼いたしました。では」
踵を返して帰ろうとした時。
「あんた、ユリア・ラドロと言ったか?」
「はい」
「ああ。そう言えば、そんな目をしていたな」
彼は何が可笑しいのか、ふっと小馬鹿にしたように笑う。
綺麗な容姿の割には柄が悪い青年のようだ。人のことは言えないが。
「何か」
「あんた、試合で騎士と対戦していたヤツだろ?」
「はい」
「女性が騎士と対等に渡り合っていると聞いて、見に行ったことがあるんだ」
こんな所にまで知れ渡っているらしい。
「そんなあんたでも花を愛でるんだなと思ってさ」
どういう意味だろうか。とは言え、敢えて聞きたいとも思わない。
「私が必要としているのではありません。主人の部屋に飾りたいのです」
「主人の部屋? あんたの主人は貴族なのか?」
「はい。今はこちらの王宮で過ごされています」
「ああ。行儀見習いとかで、確かに貴族令嬢がうろうろしているよな」
彼の口調から察するに、あまり良い印象を抱いていないようだ。彼がどう考えていようとも、私には関係のないことである。それより、もう話を切り上げていいだろうか。花を譲ってもらえないのなら、ここに長居は無用だ。
「では私はこれで」
「ああ。待て」
彼は私を呼び止めると横を通り過ぎて奥に何かを取りに行き、またこちらへと戻って来た。
見ると手にはピンク色の花を一輪持っている。
「これを持っていけば」
そう言って彼は差し出してくるので、私はその花に目をやる。
特に萎れても、枯れてもいないし、嫌がらせといった類いでもなさそうだ。
「ですが、こちらのお花は王族の方のお部屋に飾るお花でしょう」
「ここ、色が薄い部分があるだろう」
彼は花びらを指さす。
気にならない程度のほんの小さな箇所だが、色が薄い部分がある。
「色や形が完璧じゃないやつはどうせ王族の部屋には飾られない」
「ではどうするのですか」
「廃棄処分だよ。ここにある花はこの王宮から出してはならないことになっているから」
王宮内で育てられた花だとして町で売れば、付加価値で高値で売られることになるだろうが、王室の品位が下がってしまうし、間違いなく産地偽装の花も現れるはずだ。それらを懸念してのことかもしれない。
彼は自分が持つ花に視線に落とすと嘲笑する。
「この花、まるで王宮に集る貴族の令嬢たちみたいじゃないか? 王族に選ばれるのはほんの一握りで、後はただ手折られて醜く萎れ枯れ果てて、捨てられる運命にある令嬢そっく――」
気付いたら私は彼の手から花を奪い取っていた。
「私の主人はたとえ手折られたとしても生ある限り、精一杯気高く美しく咲き誇ります。この花もあなたの手では、醜く枯れ果てさせるぐらいしかできないのならば私が頂いていきます」
彼は絶句して目を見張る。
そんな彼を放置して今度こそ私は身を翻して歩き出した。
すると。
「ここには毎日!」
私の背中に言葉をかけてきたので仕方なく足を止めて振り返る。
「ここには毎日廃棄処分の花が出る。だからと言って廃棄処分の物を全て渡すわけにはいかないけど、一本ぐらいなら分けることができる。俺に醜く枯れ果てさせたくないのなら毎日取りに来い。あんたの主人も毎日違う花に変わる方が喜ぶだろ」
面倒だな。素直にそう思った。
正直、ここにある花に少しだけの憐憫を寄せたものの、救ってやる義理はない。それに大量廃棄の中、ほんの一輪救ったところで何になる。
そこまで考えて、ふと旦那様の言葉を思い出した。
私たちみたいな路上生活者が溢れ返っていても何も行動できなかった。だけどロザンヌ様を見てようやく動けたと。
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