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第148話 ユリアの日常(三)
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花をもらって部屋に持ち帰った頃には、少し萎れてしまった感じがする。
どうしようかと思っていると、部屋が同室のコレットさんが声をかけてくれた。
「あら。可愛いお花ねー。でも少し萎れてるわ。水切りをしたらどうかしら」
「水切り」
そういえば以前、ダングルべール家の侍女長がそのような事を言っていた。
「ええ。水の中で茎を切って置いておけば、水をしっかり吸い上げてくれて夕方には戻るわよ。ところで一輪挿し用の花瓶はあるの?」
「……ありません」
先に花瓶のことを考えておくべきだった。
意外とそそっかしい所もあるのねと、コレットさんはくすりと笑う。
「だったら私の空いている花瓶で良ければ貸してあげるわ」
「この部屋に置くのではないのです。お花をお渡ししたい方がいまして」
「そう。いいわよ。他にもいくつかあるから貸してあげる。時々、王宮前に御用商人が来ることがあるから、今度来たら一緒に買いに行きましょう。異国からの珍しい物もあるけど、日用品も売っていたりするのよ。花瓶もきっと売っているわ」
「ありがとうございます」
コレットさんのご厚意に甘えることにした。
夕方、テーブルに設置するとロザンヌ様はすぐに気付き、顔を綻ばせてありがとう、嬉しいと言ってくれた。
明日も行くと言ったものの、やはり面倒だし止めようかと思っていたが、ロザンヌ様がお花で喜んでくれるならば貰いに行くことにしよう。
そう考えた私は温室に通うことになる。
次の日、温室に行ったら彼の名がユアン何とかだということを聞かされ、彼の他に庭師のお師匠様、ジル様もそこで働いていることを知った。
毎日別のお花を貰うのはいいとして、替えたお花の行方をどうすべきかと尋ねたら枯れるまで自分の部屋に飾れと言われたので、仕方なく私はもう一つ花瓶を借りて部屋に飾ることにした。
何日か通って話を聞く内に、彼もまた元路上生活者だということを知ることになる。
「俺はこんなナリだから親に売られ、貴族や金持ち連中の享楽相手とされていた。やっとのことで逃げ出した先の路上生活も決して楽ではなかったけど、暴力をふるわれている方が数倍マシに思えたな。そんな中、師匠に拾われたんだ。それでここを手伝うことになった。ジルさんは恩人であり、師匠であり、実の親よりも親みたいに思って感謝している」
淡々と語ってはいるが、彼も随分な人生を送っていたらしい。
「試合であんたを見た時、ここで働く人間とはどこか違う気がした。何となく同じ匂いを感じたんだよ」
それで私を呼び止めたらしい。類は友を呼ぶというものか。かと言って、もちろん傷の舐めあいは御免だ。何よりロザンヌ様に迷惑をかけるわけにはいかないので、自分の素性には口を閉ざしておく。
「俺は師匠に拾ってもらった恩義があるからここで働いているが、貴族の連中に話しかけられると吐き気がする」
花を所望する貴族令嬢にすげない態度を取ったというのは、彼の過去も関係しているようだ。ロザンヌ様が挨拶したいなどと言っていたが、とても会わせられない。遠慮してもらおう。
「あんたの主人も貴族なんだろう」
「はい」
「俺たちのような底辺の人間の境遇も知らないで、苦労一つせずにのうのうと呑気に生きている人間なんだろうな。虫酸が走る!」
最後の言葉は吐き捨てるように言う。
その物言いが私の感情を刺激し、反論の口を開かせる。
「貴族がお嫌いですか。結構でしょう。あなたの境遇に同情もしますし、人それぞれ考え方がありますから、あなたの考えを批判も否定もしません。でも傷つけるのも人なら、救ってくれるのもまた人。良い貴族がいれば、悪い貴族もいるでしょう。良い庶民がいれば、悪い庶民もいる。地位というくくりで全てを一緒くたにしてしまうことなどできません。まして私の主人のことを何も知りもせずに貶めるなど」
側に誰かが近付いてきた気配がしたが、私は最後まで言い切る。
「到底、看過できません」
「――っ。わる、かった。感情的になりすぎた」
彼は謝ってきたが、感情的になりすぎたのは私も同じだ。だけど私は謝罪するつもりはない。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「明日は。明日も来る?」
すがるような瞳がいつかどこかで見たような感じがする。それは昔の仲間の瞳だったか、あるいは……鏡に映った自分の瞳だったのか。
「今日はこれで失礼いたします」
私はそう答えるに留め、戻るために身を翻し、私たちに近付いていたジル様に軽く頭を下げると温室を出た。
どうしようかと思っていると、部屋が同室のコレットさんが声をかけてくれた。
「あら。可愛いお花ねー。でも少し萎れてるわ。水切りをしたらどうかしら」
「水切り」
そういえば以前、ダングルべール家の侍女長がそのような事を言っていた。
「ええ。水の中で茎を切って置いておけば、水をしっかり吸い上げてくれて夕方には戻るわよ。ところで一輪挿し用の花瓶はあるの?」
「……ありません」
先に花瓶のことを考えておくべきだった。
意外とそそっかしい所もあるのねと、コレットさんはくすりと笑う。
「だったら私の空いている花瓶で良ければ貸してあげるわ」
「この部屋に置くのではないのです。お花をお渡ししたい方がいまして」
「そう。いいわよ。他にもいくつかあるから貸してあげる。時々、王宮前に御用商人が来ることがあるから、今度来たら一緒に買いに行きましょう。異国からの珍しい物もあるけど、日用品も売っていたりするのよ。花瓶もきっと売っているわ」
「ありがとうございます」
コレットさんのご厚意に甘えることにした。
夕方、テーブルに設置するとロザンヌ様はすぐに気付き、顔を綻ばせてありがとう、嬉しいと言ってくれた。
明日も行くと言ったものの、やはり面倒だし止めようかと思っていたが、ロザンヌ様がお花で喜んでくれるならば貰いに行くことにしよう。
そう考えた私は温室に通うことになる。
次の日、温室に行ったら彼の名がユアン何とかだということを聞かされ、彼の他に庭師のお師匠様、ジル様もそこで働いていることを知った。
毎日別のお花を貰うのはいいとして、替えたお花の行方をどうすべきかと尋ねたら枯れるまで自分の部屋に飾れと言われたので、仕方なく私はもう一つ花瓶を借りて部屋に飾ることにした。
何日か通って話を聞く内に、彼もまた元路上生活者だということを知ることになる。
「俺はこんなナリだから親に売られ、貴族や金持ち連中の享楽相手とされていた。やっとのことで逃げ出した先の路上生活も決して楽ではなかったけど、暴力をふるわれている方が数倍マシに思えたな。そんな中、師匠に拾われたんだ。それでここを手伝うことになった。ジルさんは恩人であり、師匠であり、実の親よりも親みたいに思って感謝している」
淡々と語ってはいるが、彼も随分な人生を送っていたらしい。
「試合であんたを見た時、ここで働く人間とはどこか違う気がした。何となく同じ匂いを感じたんだよ」
それで私を呼び止めたらしい。類は友を呼ぶというものか。かと言って、もちろん傷の舐めあいは御免だ。何よりロザンヌ様に迷惑をかけるわけにはいかないので、自分の素性には口を閉ざしておく。
「俺は師匠に拾ってもらった恩義があるからここで働いているが、貴族の連中に話しかけられると吐き気がする」
花を所望する貴族令嬢にすげない態度を取ったというのは、彼の過去も関係しているようだ。ロザンヌ様が挨拶したいなどと言っていたが、とても会わせられない。遠慮してもらおう。
「あんたの主人も貴族なんだろう」
「はい」
「俺たちのような底辺の人間の境遇も知らないで、苦労一つせずにのうのうと呑気に生きている人間なんだろうな。虫酸が走る!」
最後の言葉は吐き捨てるように言う。
その物言いが私の感情を刺激し、反論の口を開かせる。
「貴族がお嫌いですか。結構でしょう。あなたの境遇に同情もしますし、人それぞれ考え方がありますから、あなたの考えを批判も否定もしません。でも傷つけるのも人なら、救ってくれるのもまた人。良い貴族がいれば、悪い貴族もいるでしょう。良い庶民がいれば、悪い庶民もいる。地位というくくりで全てを一緒くたにしてしまうことなどできません。まして私の主人のことを何も知りもせずに貶めるなど」
側に誰かが近付いてきた気配がしたが、私は最後まで言い切る。
「到底、看過できません」
「――っ。わる、かった。感情的になりすぎた」
彼は謝ってきたが、感情的になりすぎたのは私も同じだ。だけど私は謝罪するつもりはない。
「それでは私はこれで失礼いたします」
「明日は。明日も来る?」
すがるような瞳がいつかどこかで見たような感じがする。それは昔の仲間の瞳だったか、あるいは……鏡に映った自分の瞳だったのか。
「今日はこれで失礼いたします」
私はそう答えるに留め、戻るために身を翻し、私たちに近付いていたジル様に軽く頭を下げると温室を出た。
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