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第162話 マリアンジェラ・エルヴィン公爵令嬢の取り計らい
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恐る恐る横に立つ女性を盗み見ると、その方は見たことがある人物だった。
以前、学校でカトリーヌ嬢ご一行様がぶつかった相手、散乱した教科書を拾うのを手伝った方だ。
そうか。リボンの色から上級生と分かってカトリーヌ嬢が逃げ去ったのだと思っていたけれど、彼女は相手が公爵令嬢だと分かったから逃げたのか。
今になってあの時の事情を知る。
「マリアンジェラ様。あなたには全く関係のないお話でしょう。ここに出てこないでいただけるかしら」
クラウディア嬢は公爵令嬢の登場に最初こそ怯んだけれど、すぐにきつく目をつり上げた。
美人のつり目は迫力があってなかなか怖い。
「おっしゃる通りかもしれません。しかしここは王宮です。王族の方々がわたくしたち貴族を労ってくださるために開かれ、皆が今日という晩餐会を楽しみにご訪問いらっしゃった場なのです。険悪な雰囲気はふさわしくないでしょう。どうぞお気を鎮め、この場をお収めください」
「あなた、わたくしが何をされたのかご存知なの?」
穏やかに諭すマリアンジェラ様に対して、クラウディア嬢はふてぶてしく腕を組むと首を傾けた。
「ええ。こちらの彼女とぶつかった拍子にジュースがかかってしまったのでしょう。ですが見たところ、さほど目立ってはいらっしゃらないではありませんか。あなた様のご身分ほどであるのならば、ごくごく些細な事のはずです。このような大きな問題になさることではありません」
「あなたはわたくしのように、大事なドレスを汚された立場にないからそのような事を言えるのよ」
「……そうですか。分かりました」
マリアンジェラ様は辺りを見回し、ジュースが入ったグラスを手に取ったかと思うと、グラスを傾けて自分の左肩へとそれをかけた。
「――っ!?」
思いも寄らないマリアンジェラ様の行動に辺りは騒然とする。
クラウディア嬢は目を見開き、私自身も驚きで言葉を失ってしまった。一方で、マリアンジェラ様は落ち着いた様子でグラスをテーブルに置いた。
「これでクラウディア様と同じ立場となりました。わたくしのドレスに免じて、この場をお収めいただけないでしょうか」
「――くっ」
クラウディア嬢は悔しそうに喉から声を出す。
「……分かったわ。いいでしょう。この場は引きましょう。それにいつまでもこの場でぐずぐずしていたら、ドレスの染みが抜けなくなってしまうもの。ではね」
そう言って身を翻そうとした時。
「お待ちください、クラウディア様。どうぞこれを。お返しいただかなくて結構ですので」
マリアンジェラ様がハンカチを差し出すと、クラウディア嬢は半分奪い取るような形で受け取ってそのまま去って行った。
途端に今まで張り詰めていたこの場の空気が緩み、誰ともなく、ほっと息を漏らす。そして傍観者と化していた人々は気を取り直すかのようにそれぞれの行動に戻った。
マリアンジェラ様はもう一枚持っていたらしいハンカチを取り出すと、濡れたドレスを拭き始める。
「マ、マリアンジェラ様! ほ、本当にありがとうございました」
「いいえ」
私はまずはお礼を述べると、失礼いたしますと自分のハンカチでマリアンジェラ様をお手伝いする。茫然としていたマリエル嬢も慌てて私に倣ってハンカチを手に取った。
「ありがとうございます。ハンカチを汚してしまってごめんなさい」
「い、いえ! そんなハンカチぐらい! こちらこそ助けていただき、本当にありがとうございます。こんな素敵なドレスを犠牲にまでしていただいて」
マリアンジェラ様のドレスは淡い淡い水色のドレスだ。果実のオレンジ色で一部が染まっている状態にある。
「い、色は落ちるでしょうか」
おろおろとしながらマリエル嬢は問いかける。
「そうね。もし落ちなければ、右の肩にも同じようにジュースをかけて柄にするから大丈夫よ」
マリアンジェラ様は冗談っぽく、ふふっと笑った。
……え。ここ、笑っていい所でしょうか。
とても笑える状況にない私たちは、ぎこちない笑みを返した。
ジュースの濡れを一通り拭くと、私とマリエル嬢は手を止めてあらためてマリアンジェラ様に向き合い、深々と礼を取る。
「本当に本当にご迷惑をおかけいたしました。ありがとうございました」
「助けてくださって、誠にありがとうございました」
「いいえ。どういたしまして。こちらこそ拭いていただいてありがとう。お二人とも顔を上げて」
マリアンジェラ様が優しくそうおっしゃったので、私たちはゆっくりと顔を上げた。
以前、学校でカトリーヌ嬢ご一行様がぶつかった相手、散乱した教科書を拾うのを手伝った方だ。
そうか。リボンの色から上級生と分かってカトリーヌ嬢が逃げ去ったのだと思っていたけれど、彼女は相手が公爵令嬢だと分かったから逃げたのか。
今になってあの時の事情を知る。
「マリアンジェラ様。あなたには全く関係のないお話でしょう。ここに出てこないでいただけるかしら」
クラウディア嬢は公爵令嬢の登場に最初こそ怯んだけれど、すぐにきつく目をつり上げた。
美人のつり目は迫力があってなかなか怖い。
「おっしゃる通りかもしれません。しかしここは王宮です。王族の方々がわたくしたち貴族を労ってくださるために開かれ、皆が今日という晩餐会を楽しみにご訪問いらっしゃった場なのです。険悪な雰囲気はふさわしくないでしょう。どうぞお気を鎮め、この場をお収めください」
「あなた、わたくしが何をされたのかご存知なの?」
穏やかに諭すマリアンジェラ様に対して、クラウディア嬢はふてぶてしく腕を組むと首を傾けた。
「ええ。こちらの彼女とぶつかった拍子にジュースがかかってしまったのでしょう。ですが見たところ、さほど目立ってはいらっしゃらないではありませんか。あなた様のご身分ほどであるのならば、ごくごく些細な事のはずです。このような大きな問題になさることではありません」
「あなたはわたくしのように、大事なドレスを汚された立場にないからそのような事を言えるのよ」
「……そうですか。分かりました」
マリアンジェラ様は辺りを見回し、ジュースが入ったグラスを手に取ったかと思うと、グラスを傾けて自分の左肩へとそれをかけた。
「――っ!?」
思いも寄らないマリアンジェラ様の行動に辺りは騒然とする。
クラウディア嬢は目を見開き、私自身も驚きで言葉を失ってしまった。一方で、マリアンジェラ様は落ち着いた様子でグラスをテーブルに置いた。
「これでクラウディア様と同じ立場となりました。わたくしのドレスに免じて、この場をお収めいただけないでしょうか」
「――くっ」
クラウディア嬢は悔しそうに喉から声を出す。
「……分かったわ。いいでしょう。この場は引きましょう。それにいつまでもこの場でぐずぐずしていたら、ドレスの染みが抜けなくなってしまうもの。ではね」
そう言って身を翻そうとした時。
「お待ちください、クラウディア様。どうぞこれを。お返しいただかなくて結構ですので」
マリアンジェラ様がハンカチを差し出すと、クラウディア嬢は半分奪い取るような形で受け取ってそのまま去って行った。
途端に今まで張り詰めていたこの場の空気が緩み、誰ともなく、ほっと息を漏らす。そして傍観者と化していた人々は気を取り直すかのようにそれぞれの行動に戻った。
マリアンジェラ様はもう一枚持っていたらしいハンカチを取り出すと、濡れたドレスを拭き始める。
「マ、マリアンジェラ様! ほ、本当にありがとうございました」
「いいえ」
私はまずはお礼を述べると、失礼いたしますと自分のハンカチでマリアンジェラ様をお手伝いする。茫然としていたマリエル嬢も慌てて私に倣ってハンカチを手に取った。
「ありがとうございます。ハンカチを汚してしまってごめんなさい」
「い、いえ! そんなハンカチぐらい! こちらこそ助けていただき、本当にありがとうございます。こんな素敵なドレスを犠牲にまでしていただいて」
マリアンジェラ様のドレスは淡い淡い水色のドレスだ。果実のオレンジ色で一部が染まっている状態にある。
「い、色は落ちるでしょうか」
おろおろとしながらマリエル嬢は問いかける。
「そうね。もし落ちなければ、右の肩にも同じようにジュースをかけて柄にするから大丈夫よ」
マリアンジェラ様は冗談っぽく、ふふっと笑った。
……え。ここ、笑っていい所でしょうか。
とても笑える状況にない私たちは、ぎこちない笑みを返した。
ジュースの濡れを一通り拭くと、私とマリエル嬢は手を止めてあらためてマリアンジェラ様に向き合い、深々と礼を取る。
「本当に本当にご迷惑をおかけいたしました。ありがとうございました」
「助けてくださって、誠にありがとうございました」
「いいえ。どういたしまして。こちらこそ拭いていただいてありがとう。お二人とも顔を上げて」
マリアンジェラ様が優しくそうおっしゃったので、私たちはゆっくりと顔を上げた。
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