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第161話 跪いて謝罪を
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「あなた! 一体どういうつもり」
クラウディア嬢の恫喝で、辺りが一瞬の内にしんと静まりかえった。
前方不注意だったのはクラウディア嬢も同じだ。けれど、そのような事を言えば余計に逆上するだろう。
マリエル嬢も分かっているのか、あるいは相手が上級貴族だと悟ったのか、慌ててグラスを近くのテーブルに置くと、顔を伏せて謝罪の言葉を述べる。
「も、申し訳ございません……」
「謝って済む問題ではないわ。このドレスはね、あなたみたいな人が容易く手にできる代物じゃないのよ。よくも汚してくれたわね」
クラウディア嬢はそう言うが、ジュースがかかったのはほんのわずかだろう。マリエル嬢のグラスの中身はほとんど減っていないし、ドレスの汚れも点々とあるだけでさほど目立つものではない。
もちろん、クラウディア嬢が身に付けるドレスはさぞかし高級品質のものであろう。染み抜き一つとっても、私たちの身分のような者にとっては、目が飛び出すほど多額の出費となるかもしれない。
それは分かる。分かるけれどしかし、クラウディア嬢は誇り高い侯爵家のご令嬢でありながら、他人を見下すときに使う言葉はなぜいつもお金のことなのか。
「この公衆の面前で恥をかかされたわ」
恥をかいている原因はあなた自身が事を大きくしていることに他ならない。周りの皆が引いていることになぜ気付かないのか。
「よくもベルモンテ侯爵の名を傷つけてくれたわね」
ベルモンテの名を知らされて、マリエル嬢は顔を青ざめた。
「た、大変失礼いたしました。か、必ず弁償いたします」
「あなたごときの身分の者に補償などしてもらっても屈辱的なだけよ。それよりも今ここで地面に膝をつき、わたくしを仰ぎ見て誠心誠意謝りなさい」
「――っ!」
私はマリエル嬢の青く硬直してしまった表情を見て、後先も考えず勢いだけで彼女の前に出てしまう。
「何なの、あなた。部外者は出てこないで」
クラウディア嬢は冷たい視線を私に寄越し、私は心を落ち着かせるために息を一つ吐く。
「わたくしは彼女の友人です。彼女とお話をしていて起こった出来事ですから、非はわたくしにもございます。ですので、わたくしからも謝罪申し上げます。大変申し訳ございませんでした」
深く謝罪の礼を取ってみせたけれど、クラウディア嬢はふんと鼻を鳴らした。
「顔を上げなさい」
言われるままに顔を上げると、クラウディア嬢は肩に手をやって長い髪を背に流す。
「いいこと? わたくしが望んでいるのは心からの謝罪よ。口先の謝罪なんて必要ないの。彼女のお友達だと言うのならば、熱く麗しい友情に免じてあなたが膝を折っての謝罪でも許してあげるわ」
「そ、そんな。ロザンヌ様、わたくしが、わたくしが致しますから。どうぞお下がりください」
マリエル嬢は私に縋り付くように手を伸ばす。
「わたくしはどちらでもいいの。さっさとして頂戴。時間の無駄よ」
上級貴族ながら、なぜこうまで下級貴族をさらに低くさせて自分を高く見せる必要があるのだろう。自らが高い身分の者だと自覚しているのならば、相手をわざわざ踏みつけて低くする必要などない。つまり、人から羨まれる程の家柄と美貌を持ちながらもクラウディア嬢のお心はいつも貧しいのだろう。
そう思うとなぜか哀れみの気持ちが生まれてきた。
「何を突っ立っているの。返事をしたらどうなの」
クラウディア嬢は忌々しそうに腕を組み、目をつり上げた。
「失礼いたしました。クラウディア様とは比べようもないわたくしごときの低い身分の者の無礼を、ただ膝をついて謝罪するだけでお許しいただけるのかと、クラウディア様の寛容なお心に感謝しておりました」
私の言葉に辺りがざわつく。
皆、口には出さないけれど、上級貴族がここまでするのかという非難めいた目がクラウディア嬢に向けられ、彼女も自分の立場を思い出したらしい。
しかし彼女も引っ込みが付かなくなっているようだ。
「ど、どうでもいいわ! 早く跪いて謝罪なさい!」
若干煽りながらも観衆を味方には付けたけれど、収拾にまでは至らない。さらに踏み込もうとしたその時、マリエル嬢が震えた手で私の腕をつかんだ。
「――っ」
これ以上、身勝手に正義感を振りかざしたところで、マリエル嬢をより追い込むだけだろう。……残念ながら、私ができることはここまでのようだ。
心の中でため息をつくと、承知いたしましたと頭を下げる。そして身を屈めたところで。
「お待ちください」
大きな声でもないのに通る凛とした女性の声が響き、こつこつと規則正しい足音を鳴らして女性が近付いてくる。
これは私への援軍と捉えて良いのか、はたまた私への追撃か。
ドキドキとその時を待つ。
「マリアンジェラ……エルヴィン公爵令嬢」
クラウディア嬢は私の横に並んだ彼女を見て呟いた。
クラウディア嬢の恫喝で、辺りが一瞬の内にしんと静まりかえった。
前方不注意だったのはクラウディア嬢も同じだ。けれど、そのような事を言えば余計に逆上するだろう。
マリエル嬢も分かっているのか、あるいは相手が上級貴族だと悟ったのか、慌ててグラスを近くのテーブルに置くと、顔を伏せて謝罪の言葉を述べる。
「も、申し訳ございません……」
「謝って済む問題ではないわ。このドレスはね、あなたみたいな人が容易く手にできる代物じゃないのよ。よくも汚してくれたわね」
クラウディア嬢はそう言うが、ジュースがかかったのはほんのわずかだろう。マリエル嬢のグラスの中身はほとんど減っていないし、ドレスの汚れも点々とあるだけでさほど目立つものではない。
もちろん、クラウディア嬢が身に付けるドレスはさぞかし高級品質のものであろう。染み抜き一つとっても、私たちの身分のような者にとっては、目が飛び出すほど多額の出費となるかもしれない。
それは分かる。分かるけれどしかし、クラウディア嬢は誇り高い侯爵家のご令嬢でありながら、他人を見下すときに使う言葉はなぜいつもお金のことなのか。
「この公衆の面前で恥をかかされたわ」
恥をかいている原因はあなた自身が事を大きくしていることに他ならない。周りの皆が引いていることになぜ気付かないのか。
「よくもベルモンテ侯爵の名を傷つけてくれたわね」
ベルモンテの名を知らされて、マリエル嬢は顔を青ざめた。
「た、大変失礼いたしました。か、必ず弁償いたします」
「あなたごときの身分の者に補償などしてもらっても屈辱的なだけよ。それよりも今ここで地面に膝をつき、わたくしを仰ぎ見て誠心誠意謝りなさい」
「――っ!」
私はマリエル嬢の青く硬直してしまった表情を見て、後先も考えず勢いだけで彼女の前に出てしまう。
「何なの、あなた。部外者は出てこないで」
クラウディア嬢は冷たい視線を私に寄越し、私は心を落ち着かせるために息を一つ吐く。
「わたくしは彼女の友人です。彼女とお話をしていて起こった出来事ですから、非はわたくしにもございます。ですので、わたくしからも謝罪申し上げます。大変申し訳ございませんでした」
深く謝罪の礼を取ってみせたけれど、クラウディア嬢はふんと鼻を鳴らした。
「顔を上げなさい」
言われるままに顔を上げると、クラウディア嬢は肩に手をやって長い髪を背に流す。
「いいこと? わたくしが望んでいるのは心からの謝罪よ。口先の謝罪なんて必要ないの。彼女のお友達だと言うのならば、熱く麗しい友情に免じてあなたが膝を折っての謝罪でも許してあげるわ」
「そ、そんな。ロザンヌ様、わたくしが、わたくしが致しますから。どうぞお下がりください」
マリエル嬢は私に縋り付くように手を伸ばす。
「わたくしはどちらでもいいの。さっさとして頂戴。時間の無駄よ」
上級貴族ながら、なぜこうまで下級貴族をさらに低くさせて自分を高く見せる必要があるのだろう。自らが高い身分の者だと自覚しているのならば、相手をわざわざ踏みつけて低くする必要などない。つまり、人から羨まれる程の家柄と美貌を持ちながらもクラウディア嬢のお心はいつも貧しいのだろう。
そう思うとなぜか哀れみの気持ちが生まれてきた。
「何を突っ立っているの。返事をしたらどうなの」
クラウディア嬢は忌々しそうに腕を組み、目をつり上げた。
「失礼いたしました。クラウディア様とは比べようもないわたくしごときの低い身分の者の無礼を、ただ膝をついて謝罪するだけでお許しいただけるのかと、クラウディア様の寛容なお心に感謝しておりました」
私の言葉に辺りがざわつく。
皆、口には出さないけれど、上級貴族がここまでするのかという非難めいた目がクラウディア嬢に向けられ、彼女も自分の立場を思い出したらしい。
しかし彼女も引っ込みが付かなくなっているようだ。
「ど、どうでもいいわ! 早く跪いて謝罪なさい!」
若干煽りながらも観衆を味方には付けたけれど、収拾にまでは至らない。さらに踏み込もうとしたその時、マリエル嬢が震えた手で私の腕をつかんだ。
「――っ」
これ以上、身勝手に正義感を振りかざしたところで、マリエル嬢をより追い込むだけだろう。……残念ながら、私ができることはここまでのようだ。
心の中でため息をつくと、承知いたしましたと頭を下げる。そして身を屈めたところで。
「お待ちください」
大きな声でもないのに通る凛とした女性の声が響き、こつこつと規則正しい足音を鳴らして女性が近付いてくる。
これは私への援軍と捉えて良いのか、はたまた私への追撃か。
ドキドキとその時を待つ。
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