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第172話 夢は眠っている時に見るもの
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マリエル嬢とお昼休憩に庭に出てみると、庭のベンチに座ってマリアンジェラ様が一人静かに本を読んでいらっしゃった。
木々を背後に読書するお姿は絵になっていてとても美しい。気品というものは周りの景色すら美しくするらしい。
お邪魔していいのかどうか悩んだけれど、一昨日のお礼をあらためて伝えたいと考えた私たちはマリアンジェラ様の元へと歩み寄る。
すると、気配に気付いたマリアンジェラ様が顔をお上げになられた。
「あ。あら! ロザンヌ様にマリエル様」
「ごきげんよう、マリアンジェラ様」
「ごきげんよう」
私とマリエル嬢は礼を取った。
「あらためまして、先日はありがとうございました」
「ドレスはいかがでしょうか」
「ええ。ご心配ありがとう。今、職人様にお願いしているの。腕の見せ所ですと張り切っていらっしゃったわ」
「本当にご迷惑――」
マリエル嬢がそこまで口にした時、マリアンジェラ様は手で止めた。
「いいの。お詫びとお礼は先日頂いたわ。もうこのお話はここまでにしましょう」
「……はい。ありがとうございます」
本当にお優しい方だと思う。お友達がいないとおっしゃっていたけれど、きっと公爵位のご令嬢という称号が妨げになっているだけだろう。実際お話しすれば、気さくでお優しい方だと分かる。気品があって綺麗な方だし、殿下の第一婚約者候補となるのも当然の流れだ。
「ロザンヌ様? どうかなさった?」
「あ、い。いえ! 何の本を読んでいらっしゃったのですか?」
やっぱり詩集か何かしら。
「ああ、これね。お菓子のレシピなの」
「お菓子ですか?」
意外な回答に私は聞き返してしまう。
見えやすいように大きく開けてくださったので覗き込むと、ご自分で書かれたのだろうか、可愛らしいお菓子の絵と文字がぎっしりと書きこまれている。
「わたくし、とてもお菓子が好きなのだけれど、作るのも好きなの。これはうちの料理長に聞いてメモしたものよ」
「え!? マリアンジェラ様がご自身で作られるのですか?」
「ええ。まだまだ人にお渡しできるものではないのだけれど」
恥ずかしそうに頬を染めるマリアンジェラ様。
「凄いですねぇ。わたくしもお菓子がとても好きなのですが、自分で作ろうなどと思いもよりませんでした。完全に食べる専門です」
「ふふ。わたくしの夢なの」
「夢ですか?」
「ええ。お菓子職人になるのが夢。……叶わぬ夢ですけれどね」
マリアンジェラ様は諦めのような微笑みを浮かべた。
叶わぬ夢か。
公爵令嬢ともなれば、結婚すれば家に入って家庭を守ることが第一とされ、働きに外へ出るなど許される立場ではない。殿下の婚約者候補としては筆頭であり、誰もが憧れる存在で手にできないものは何も無いだろうと思われていながら、それでも実際には叶わぬ夢を抱いている。
誰もがみな自由であり、誰もがみな不自由であるということだ。そこに貴賤の差はない。
「ですが、将来的にどなたかのご夫人となって自宅でお茶会を開催された際、お客様にお菓子をご提供されると喜ばれるのではないでしょうか」
「……そうね」
マリエル嬢が純粋そうに尋ねるけれど、多分、マリアンジェラ様はそういうことを望んでおられるのではないのだろうと私は思う。しかし、私はマリアンジェラ様がご納得するような答えなど持ってはいない。
「あなた方は何か夢がある?」
マリアンジェラ様に尋ねられて、口ごもった私よりもマリエル嬢が先に口を開いた。
「わたくしは卒業後にすぐ嫁ぐ予定なのですが、婚約者様と前妻様の間には残念ながらお子様は恵まれなかったそうですので、たくさんの子供を授かって子供の笑い声が溢れる家庭にできればと思います」
「そう」
マリエル嬢に優しげな笑顔を向けて頷くと、今度は私に視線を向ける。
「ロザンヌ様の夢は何ですか?」
「わたくしは……そうですね」
夢ならきっとある。朝目覚めて夢だったのかと、がっかりすることもしばしばだから。けれど、夢を語ってマリアンジェラ様のように悲しい顔をすることになるのならば、叶わぬ夢など最初から持たない方がいいのかもしれない。
私はにっこりと笑ってみせた。
「そうですね。わたくしはお腹いっぱいお菓子を食べることが夢でしょうか」
「まあ!」
夢というものは眠っている時にだけ見るもので、目が覚めた状態で見るものではないのだから……。
木々を背後に読書するお姿は絵になっていてとても美しい。気品というものは周りの景色すら美しくするらしい。
お邪魔していいのかどうか悩んだけれど、一昨日のお礼をあらためて伝えたいと考えた私たちはマリアンジェラ様の元へと歩み寄る。
すると、気配に気付いたマリアンジェラ様が顔をお上げになられた。
「あ。あら! ロザンヌ様にマリエル様」
「ごきげんよう、マリアンジェラ様」
「ごきげんよう」
私とマリエル嬢は礼を取った。
「あらためまして、先日はありがとうございました」
「ドレスはいかがでしょうか」
「ええ。ご心配ありがとう。今、職人様にお願いしているの。腕の見せ所ですと張り切っていらっしゃったわ」
「本当にご迷惑――」
マリエル嬢がそこまで口にした時、マリアンジェラ様は手で止めた。
「いいの。お詫びとお礼は先日頂いたわ。もうこのお話はここまでにしましょう」
「……はい。ありがとうございます」
本当にお優しい方だと思う。お友達がいないとおっしゃっていたけれど、きっと公爵位のご令嬢という称号が妨げになっているだけだろう。実際お話しすれば、気さくでお優しい方だと分かる。気品があって綺麗な方だし、殿下の第一婚約者候補となるのも当然の流れだ。
「ロザンヌ様? どうかなさった?」
「あ、い。いえ! 何の本を読んでいらっしゃったのですか?」
やっぱり詩集か何かしら。
「ああ、これね。お菓子のレシピなの」
「お菓子ですか?」
意外な回答に私は聞き返してしまう。
見えやすいように大きく開けてくださったので覗き込むと、ご自分で書かれたのだろうか、可愛らしいお菓子の絵と文字がぎっしりと書きこまれている。
「わたくし、とてもお菓子が好きなのだけれど、作るのも好きなの。これはうちの料理長に聞いてメモしたものよ」
「え!? マリアンジェラ様がご自身で作られるのですか?」
「ええ。まだまだ人にお渡しできるものではないのだけれど」
恥ずかしそうに頬を染めるマリアンジェラ様。
「凄いですねぇ。わたくしもお菓子がとても好きなのですが、自分で作ろうなどと思いもよりませんでした。完全に食べる専門です」
「ふふ。わたくしの夢なの」
「夢ですか?」
「ええ。お菓子職人になるのが夢。……叶わぬ夢ですけれどね」
マリアンジェラ様は諦めのような微笑みを浮かべた。
叶わぬ夢か。
公爵令嬢ともなれば、結婚すれば家に入って家庭を守ることが第一とされ、働きに外へ出るなど許される立場ではない。殿下の婚約者候補としては筆頭であり、誰もが憧れる存在で手にできないものは何も無いだろうと思われていながら、それでも実際には叶わぬ夢を抱いている。
誰もがみな自由であり、誰もがみな不自由であるということだ。そこに貴賤の差はない。
「ですが、将来的にどなたかのご夫人となって自宅でお茶会を開催された際、お客様にお菓子をご提供されると喜ばれるのではないでしょうか」
「……そうね」
マリエル嬢が純粋そうに尋ねるけれど、多分、マリアンジェラ様はそういうことを望んでおられるのではないのだろうと私は思う。しかし、私はマリアンジェラ様がご納得するような答えなど持ってはいない。
「あなた方は何か夢がある?」
マリアンジェラ様に尋ねられて、口ごもった私よりもマリエル嬢が先に口を開いた。
「わたくしは卒業後にすぐ嫁ぐ予定なのですが、婚約者様と前妻様の間には残念ながらお子様は恵まれなかったそうですので、たくさんの子供を授かって子供の笑い声が溢れる家庭にできればと思います」
「そう」
マリエル嬢に優しげな笑顔を向けて頷くと、今度は私に視線を向ける。
「ロザンヌ様の夢は何ですか?」
「わたくしは……そうですね」
夢ならきっとある。朝目覚めて夢だったのかと、がっかりすることもしばしばだから。けれど、夢を語ってマリアンジェラ様のように悲しい顔をすることになるのならば、叶わぬ夢など最初から持たない方がいいのかもしれない。
私はにっこりと笑ってみせた。
「そうですね。わたくしはお腹いっぱいお菓子を食べることが夢でしょうか」
「まあ!」
夢というものは眠っている時にだけ見るもので、目が覚めた状態で見るものではないのだから……。
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