つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第173話 一日一日を大切に

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 馬車の窓から流れゆく景色をぼんやりと眺める。
 特別目新しいものはなく、いつもと何ら変わり映えしない街並みだ。それでも王宮へと続く非日常だったこの華やかな景色を、変わり映えしないと考えるぐらい私を取り巻く環境や心はがらりと変わったのだろう。

「ロザ――」
「ねえ、ユリア」

 ユリアが何か私に声をかけてこようとしたと同時に、いまだ窓の外を見ながら私もまた彼女に呼びかけた。

「はい。何でしょう」
「ユリアは夢がある?」
「夢ですか? ――ありません」

 きっぱりと言い切った彼女に私は思わず振り返る。

「ないの?」
「ありません。ロザンヌ様は目指すべき夢がないから落ち込んでいるのですか」
「いえ、落ち込んでいるわけではないけれど」

 ユリアの目にはそんな風に見えていたのか。それに夢がないわけではない。

「でも何と言うか、夢があった方が、こう、毎日の生活に張りが出るのかなって」
「夢を見ている間は良いでしょう。けれど叶わなければ、望まなければ良かったと思われるのでは?」

 ユリアのくせに図星すぎる。
 私はぐっと言葉を詰まらせた。

「それに人は夢などなくても生きていけます。生きてきました」

 路上生活をしていたユリアは夢など持つことなく生きてきたのだろう。実体験を元にした彼女の言葉は重い。

「夢がなくて悩まれているのか、夢があって悩まれているのか分かりませんが、結局、人は一日一日を生き抜いて前に進むしかありません」

 生き抜いての辺りが現実的すぎます……。

「ただ、ロザンヌ様がおっしゃったように、目的があった方が人は明日を生きようと思えるでしょう。叶わぬ願いを夢見て傷つくぐらいならば、もっと大まかに生きる目的を見出した方が建設的だと思います」

 建設的とか全く色気のないお話だけれど、すっぱりと割り切ったユリアらしい言葉だ。

「私の生きる目的はロザンヌ様です」
「え?」
「私は十歳の時に生きる目的を見付けました。ロザンヌ様は今、十六歳です。私が早かっただけで、ロザンヌ様はこれから見付けられるかもしれません。ただ、先ほども言いましたが、夢や目的などなくても人は生きていけます。見付けられなくても恥ずべき事ではありません。お気になさらずに」

 どことなく上から目線のユリアに私は腕を組んだ。

「あーら。何だか偉そうね」
「いえ。偉そうではありません。生きる目的を早々に見付けた私はロザンヌ様よりも階段を一つか二つ上っているのみです。しかし、何でしたら崇め奉ってくださっても結構です」
「崇め奉るって。ユリア、あのねー」

 苦笑いする私の前で、それまで黙って聞いていたジェラルドさんがくすくすと笑い声を上げた。
 そこでようやく、ジェラルドさんがいるのにもかかわらずこんな話をしてしまった自分に気付く。

「も、申し訳ありません。ジェラルド様にまでわたくしの愚痴を聞かせてしまいました」
「いいえ。色々悩むのが人間ですから」
「ジェラルド様も悩まれることがあるのですか」
「ええ。もちろん」

 人は歳を重ね、経験を重ねても悩む生き物らしい。

「悩まれた時はどうするのですか」
「自分が今できることは何かを考えます。じっくり考えて実行します。けれど実行できない時もあります」

 ジェラルドさんは実行できない時もあるとはっきりと言ってくれる。

「実行できない時はどうされるのですか?」
「実行できない時というのは、覚悟が決まっていない時です。そういう時に下手に動いて結果が伴わなければ後悔します。ですから私は自分の心が決まるまでは動きません。ただし」

 少し気まずそうに口元に拳を作ってこほんと咳払いした。

「人間は感情ある生き物ですから、後先考えずに動くこともあります。状況や自分の立場、その時の感情によって動いたり、動けなかったりするわけです」

 ジェラルドさんのように冷静に論理的に考えるような方ですら悩み、答えに行き詰まり、最後は感情によって動くとおっしゃる。感情に左右されるのは自分だけではないのだという安心感をもたらしてくださる。

「結局のところユリアさんのおっしゃる通り、一日一日を大切に生きることが重要なのではないでしょうか。未熟者ゆえ答えになっておらず、申し訳ありません」
「いいえ。ありがとうございます」

 何気なく横のユリアに視線を移すと、ねえ、だから私が言ったでしょうと言わんばかりの隠れたドヤ顔がちょっぴり鼻についたが、私の顔には笑顔が戻った。
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