つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第194話 信頼に足る人間

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「大丈夫。泣いていないわ、わたくしは」

 ユリアを差し置いて私が泣くことなど許されない。ユリアの過去に同情して無責任に泣くだなんてユリアに失礼だ。
 拳を作って意地を張る私に彼女は首を小さく横に振った。

「いいえ。ロザンヌ様が私の代わりに泣いて、怒って、笑ってくれていたから今の私があるのです。そんな悲しいことを言わないでください」
「止めてよ止めて。余計に泣いちゃうじゃない」

 私はかっと目に力を入れると、ユリアはふっと顔を綻ばせて笑う。

「ロザンヌ様、その顔は卑怯です」
「え?」

 二人の男性が一斉に私に視線を移すのを感じたので、私は慌てて顔を両手で隠した。

「止めてくださいませ。泣き顔の女性を見ようだなんて、紳士のやる事ではありませんよ」
「も、申し訳ありません」

 ジェラルドさんはすぐに謝罪してくれる。おそらく顔をそらしてくれただろう。
 が、殿下はと言うと。

「いや。彼女が卑怯な顔だと言ったからどんな顔かなと興味が」
「殿下……」

 悪びれる様子のない殿下と、たしなめるようなジェラルドさんの声。
 だけどそのおかげで部屋に張り詰めていた空気が緩んだ。
 私は元の顔を取り戻して顔を上げる。

「はい。もういつもの顔を取り戻しました」
「それは残念」

 殿下はくすりと笑うので、私も諦めて笑みを返した。そしてユリアへと向き直る。
 きっと殿下はユリアの過去が重すぎて、話を戻すことにためらいを感じているだろうから。

「それでユリア。申し訳ないけれど話を戻すわね」
「はい」
「お父様に依頼した方は分からないの?」
「分かりません。私は依頼人を見たことはありませんでしたので」
「そう。では火事現場に誰か依頼人と思われる人が戻ってきた気配はなかったの?」

 野次馬だらけとしても、貴人というのならば、隠していても庶民とは雰囲気が異質のはずだからおそらく気付くだろう。

「それも」

 分かりませんとユリアは首を振る。
 ユリアは事件翌日に戻ったきり、家に戻ることはなかったからと言う。確かに依頼人が事件を知るのはもっと後ならば、あるいはもっと前ならば、かち合うことはない。

「殿下はユリアのお父様のことをご存知でしたよね。王家、あるいはベルモンテ侯爵家が依頼したということはないですか?」

 ルイス王時代の資料を仮に持ち出せるとしたら、書庫室の入室許可がある王族かベルモンテ侯爵家の二択に限られる。

「ベルモンテ家は入室前と後に身体検査される。また、書き写されないように筆記具すら持ち込めないようになっている。――いや。そもそも原本は隠し扉の中にある。ベルモンテ家がその存在を知らないのなら、資料を持ち出せるのは……」
「王族のみ」

 殿下に代わり私がしっかりと言い切ると、殿下はその通りだとため息をついた。

 もし、依頼人と強盗が王家の仕業だとしたら、解明された言語を他に流出させないため? もし依頼人が王家で強盗が仮に別勢力だとしたら、火事が起こった後に何もしなかったのは、下手に手を出すと王家の秘密が漏れることを恐れたからとか? どちらにしろ卑怯には違いない。

「悪かったな」
「あら、心の声が聞こえてました?」
「ああ。この部屋にいる者全てに聞こえたんじゃないのか」

 私はほほほと笑いながら、ユリアを見る。

「でも、ユリア。なぜこの羊皮紙の内容を読み上げたの? もしかしたらあなたの家に押し入った強盗は、王族側の刺客だったかもしれないのに。ユリアなら一度はその可能性を考えたでしょう?」

 私が尋ねると殿下はまだ言うかという顔をしたけれど、無視である。

「もはや依頼人など分からないのです。どうせこのまま隠し持っていても宝の持ち腐れですから。だったら今、信頼に足る人のお役に立とうかと」
「信頼に足る」

 しかしユリアは私に視線を固定したままで、ジェラルドさんを見ない。
 素直にジェラルドさんの顔を見て言えばいいのに。
 私は心の中で笑い、ふぅと一つ息を吐いた。

「わたくしはユリアにとって信頼に足る人間かしら」
「はい。もちろんです」
「ありがとう。では、あなたの力を借りたいの。ルイス王時代の書物を読み解いてくれないかしら」

 ユリアは眉を上げる。
 そういえば、私が隠し扉に入ったのは一度きりだったし、ユリアには言っていなかったかもしれない。

「王家の書庫には門外不出の歴史書があるのだけれど、その中にもしかしたら殿下の呪いを解く鍵があるかもしれないの。ただ、さっきも言った通り、今や王族の方ですら読むことができないそうなのよ」
「私からもお願いをする。どうか君の力を貸して欲しい」

 殿下が私の横に並ぶ。
 ユリアは私と殿下を交互に見るとゆっくりと頷き、礼を取った。

「――はい。仰せのままに。エルベルト殿下、ロザンヌ様」
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