つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

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第244話 君を信じているから

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「いえ、そのお考えは少しお待ちください」

 自分の考察に心酔しかけた私へ、冷や水を浴びせるようにユリアは口を開いた。

「何よー。何か間違った所があったかしら?」
「いえ。疑問に思う所がありました。エスメラルダ様は、あなたの魂魄が絶えるその日までと言葉を残されています。『魂魄が』というのは補足だったとしても、『絶えるまで』とは発言しています。絶えるの言葉に好意的な気持ちは含まれていない気がします。それに、ブラックウェル様にネロを託すぐらいならば直接ルイス殿下をお助けすれば良かったのです。血の契りをしたのですから」
「うっ」

 ユリアは絶句する私に構わず自分の手首を指し示す。

「ユリアってば、だから仲間を背中から斬りつけるその癖をやめなさいよっ」
「失礼いたしました」

 相変わらずのお澄まし顔で言われて私は膨れっ面になったが、ジェラルドさんがくすくすと笑うのを見て、気を取り直した。

「ええっと、そうね。ネロは今も影を祓うだけの能力しか無いし、当時も呪術はまだ不完全だったのではないのかしら。だとすると直接殿下にネロを取り憑かせなかったのは……」

 うーん。何か忘れている。何だったかしら。
 それを補足してくれるのが殿下だ。

「私に影が憑いていない時、ネロに触れられると悪影響を及ぼす。だから同じようにルイス王太子と直接繋げるわけにはいかなかったのでは」
「あ! そう、それですよ! だからネロの血に触れたブラックウェル様に、ネロの魂が消え入る前に術を行使して取り憑かせようと思ったのね」

 彼女は、ブラックウェル様がルイス殿下の元に戻ることを信じていたのだろう。ネロに謝っている描写があったのは、きっと術で無理やりこの世にとどめ、使命を負わせたことへの謝罪に違いない。

「ネロの能力は影を祓う度に大きくなっている。今もまだ術は完成しておらず、成長段階のような気がするな」

 とすると、もしネロの能力が限界まで高まった時、もしかしたら殿下の呪いを解くことができるかもしれない。

「――あ。ただ、確かにわたくしもエスメラルダ様のお言葉で引っかかった所があります。『気魂を追い続ける』という言葉です。以前、陛下のお父様、前国王陛下が同じように呪いを受けていたというお話を伺った時、疑問に思いました。同じ・・気魂の人がそんなに早く、孫である殿下へと生まれ変わるのだろうかと」

 もし王家一族を呪いたいのならば、血筋を追うで良かったのではないだろうか。

「エスメラルダ様が殿下を呪った魔女だとされていたから、いまわの際の言葉を呪いの言葉とされましたが、そうでなかったならばその言葉の意味は変わってきます」

 エスメラルダ様は心優しいお方だった。心正しく清いお方だった。殿下を、王家を呪ったりなどしない。――絶対に!

「ええ。エスメラルダ様は殿下を呪った魔女などではありません。彼女は最後の最後まで、いえ、死してなおルイス殿下を救おうとしたお方なのです」

 あらためてきっぱりと言い切った。
 すると。

「ネロが……鳴いている」

 私の左肩を見つめて、殿下はぽつりと呟く。

「え? 殿下はネロの声が聞こえているのですか?」
「あ、いや。そんな仕草のように見えたんだ」

 殿下は大きくため息をつくと、視線を移して私を真っ直ぐに見つめた。

「結局のところ、エスメラルダ嬢の真意は分からないが、私は君の言葉を信じたいと思う」
「え? わたくしですか? エスメラルダ様ではなく?」

 エスメラルダ様が魔女ではないと信じるのではなく、私の言葉を信じるということ? 普通にエスメラルダ様を信じるではいけないの?
 私は首を傾げる。

「ああ。君が言っただろう。人を信じるか信じないかは単純なもので良いと。私は君を信じているから、君の言葉を信じる。それだけだ」
「っ! ……ありがとう存じます」

 殿下が私に寄せる信頼を感じて顔に熱が帯びたが、横から突き刺さる視線にあっという間に我に返り、私はごほんと咳払いした。

「でもネロの名前が出てきた時は、どきっと致しました」

 ネロと名付けた時は、本当に何となく浮かんだだけだったけれど、導かれたのかもしれない。

「以前、流れの占術師様に私の前世は黒魔術師だったなどと言われたこともありましたし、もしかしてそれがエスメラルダ様だったのかしらと」
「ああ、そういえば言っていたな。その占術師の能力は分からないが、ネロが見てきた光景の印象に強く引きずられたのかもしれないな。エスメラルダ嬢は薬師で、植物のみならず動物も薬として使っていただろうから」
「なるほど」

 主人の無惨な姿を目の当たりにし、自身もまた槍に貫かれたネロ。しかも新たに主人となったブラックウェル様は王室から遠く離れた土地へと渡ってしまった。ネロは背負った使命に辿り着くまで、気が遠くなる程はるか長い間、ひとり待っていたのだろうか。
 そう考えると心が苦しくなった。私は左肩にいるネロを労るように手を動かす。

「こんな無粋なことは言いたくないが、もしネロを撫でているつもりならネロは今、右肩にいる」

 ……無粋なことを言いたくないというのが本心なら、お口を固く閉じていてほしかったです。
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