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第257話 偉大なる先人
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「お待たせいたしました」
父が一冊の本を手に戻ってきた。
「いえ。ご足労をおかけいたしました」
「とんでもないお話でございます」
殿下の労いの言葉に父は恐縮しつつ、それでは失礼いたしますとソファーに身を沈める。
別に王宮にあるような門外不出となるような記録書ではないとは言え、殿下も遠慮するだろうと思い、父の横にいる私が受け取って読んでみることにした。
風格のある表紙とずしりと重みから歴史を感じるのは同じだけれど、表紙の文字を読むことができることだけは決定的に違う。
――ん!? 読める!?
読めるということは、この記録書はルイス王朝時代以降のものになるということ。ダングルベール家はいつ爵位を叙せられたのだろうか。
「お、お父様。ダングルベール家ができたのは、今から遡っていつ頃になりますか」
父はまだ一ページ目すら開こうとしない私の手の中にある本に手を伸ばし、ぱたりと開くと指差した。
「ここにあるように今からだと……約三百八十年前のことかな?」
「三百八十年前ですか!?」
ルイス王朝時代が四百年ほど前。ブラックウェル様がリアーナ様のお家に入ったと仮定するまではいい。だがリアーナ様がルイス殿下の侍女であったということは、貴族の娘であったはずだ。
うちができたのが約三百八十年前で二十年の開きがある。つまり、リアーナ様は……ダングルベール家の人間ではない!
せっかくお父様に記録書を持ってきていただいたのに申し訳ないが、ご先祖様のお名前を確認するまでもなく、ブラックウェル様は私のご先祖様ではないことが確実となってしまった。
「そ、そんなぁ……」
ちょっと嫌な予感はしていたものの、事実を目の前にするとわずかに残っていた希望すら打ち砕かれた。何よりも自分の推理が根底から覆されてしまった。もう、何を信じれば良いのか分からない。
本を抱きかかえるように私は前のめりに崩れる。
「え、え、え? な、何が? 何を落ち込んでいるんだい? あ、それより。こら、ロザンヌ! 殿下を御前に無作法だよ」
「いえ。私のことはお気になさらず。ところでダングルベール子爵殿」
萎れきった私の対応に困惑しつつ、たしなめる父を気遣って殿下が呼びかけた。
「はい。何でしょうか」
「この地、サンルーモはとても良い土地ですね。馬車の中から拝見しましたが、自然に恵まれており、土地は肥沃で農業も盛んの上、畜産業も行われているとお見受けいたしました。この広大で、美しく麗らかな土地に囲まれて育って来られたからお嬢様は天真爛漫なのでしょうね」
「お、お恥ずかしい限りでして」
お恥ずかしい限りって酷いです、お父様。素直に良い意味で受け取ってくださいよ。殿下も褒め言葉でおっしゃって……本当に褒め言葉でおっしゃったのだろうか。
顔を上げて殿下の分まで恨めしげに父の横顔を見つめると、父は焦ったようにこほんと咳払いした。
「実はこの地が豊かなのも全ては先人の方々のおかげなのです。今でこそ、サンルーモの名にふさわしく自然豊かですが、その昔、ここは大凶作の時代の後に不毛の地になったそうです」
うちが爵位を受けたということは何らかの功績を残したはずなのに、不毛な地を寄越すとはたいした王族礼儀だこと。
こっそり一人白けていると。
「しかしダングルベール家より前に統治されていた貴族の方々がこの地を育て――」
「え、お父様!」
「な、何だい?」
勢いよく身を乗り出したことで、父は驚きと共に視線を私に移した。
「今。今、ダングルベール家より前に統治されていた貴族がいたとおっしゃいました!?」
うちとその貴族の方とが何らかの縁があるかもしれない。仮に血縁がなかったとしても、彼らと繋がる線があるかもしれない。その線はもしかしたらブラックウェル様に繋がるものかも。
「あ、ああ。言ったよ。最後の代の方はこの地の開拓に特にご尽力いただいた方だそうだ。そういえば王宮勤めもされた方だったというお話もあったかな」
「っ!」
殿下と視線を交わして頷くと、私はまた父に顔を戻す。
「そ、それで。最後の代の方とおっしゃいましたが、お子様はいらっしゃらなかったのですか?」
「ああ。そのご夫婦は子に恵まれず、その代で廃絶なさったようだね」
「そうですか。お父様、その貴族の名はブラックウェル様と申しませんか?」
「え? いや、違うね。お名前はルーベンスとおっしゃるよ」
やっぱり関係がない? ……でもブラックウェル様がリアーナ様のお家に入られていたとしたら、姓を残していないとも考えられる。ただ、リアーナ様の姓がブラックウェル様の手記には載っておらず、分からないから何とも言えないのだけれど。
「そんなに気になるのなら、墓苑に訪れてみたらどうかな」
私はぶつぶつと呟いていたらしい。お父様がお言葉をかけてくださった。
「え!? 今もあるのですか?」
「もちろんだとも。この地を作ってくださった偉大なる先人を敬うために、お墓はダングルベール家が代々墓守として担わせていただいているよ。ロザンヌにも、何度かそのお話をしたことがあったと思うんだけどねぇ」
「そ、そうでしたか。きっと難しすぎて、わ、わたくしには理解が及ばなかったのだと……思われますハイ」
父に苦笑されたので、私はそっと視線をそらした。
父が一冊の本を手に戻ってきた。
「いえ。ご足労をおかけいたしました」
「とんでもないお話でございます」
殿下の労いの言葉に父は恐縮しつつ、それでは失礼いたしますとソファーに身を沈める。
別に王宮にあるような門外不出となるような記録書ではないとは言え、殿下も遠慮するだろうと思い、父の横にいる私が受け取って読んでみることにした。
風格のある表紙とずしりと重みから歴史を感じるのは同じだけれど、表紙の文字を読むことができることだけは決定的に違う。
――ん!? 読める!?
読めるということは、この記録書はルイス王朝時代以降のものになるということ。ダングルベール家はいつ爵位を叙せられたのだろうか。
「お、お父様。ダングルベール家ができたのは、今から遡っていつ頃になりますか」
父はまだ一ページ目すら開こうとしない私の手の中にある本に手を伸ばし、ぱたりと開くと指差した。
「ここにあるように今からだと……約三百八十年前のことかな?」
「三百八十年前ですか!?」
ルイス王朝時代が四百年ほど前。ブラックウェル様がリアーナ様のお家に入ったと仮定するまではいい。だがリアーナ様がルイス殿下の侍女であったということは、貴族の娘であったはずだ。
うちができたのが約三百八十年前で二十年の開きがある。つまり、リアーナ様は……ダングルベール家の人間ではない!
せっかくお父様に記録書を持ってきていただいたのに申し訳ないが、ご先祖様のお名前を確認するまでもなく、ブラックウェル様は私のご先祖様ではないことが確実となってしまった。
「そ、そんなぁ……」
ちょっと嫌な予感はしていたものの、事実を目の前にするとわずかに残っていた希望すら打ち砕かれた。何よりも自分の推理が根底から覆されてしまった。もう、何を信じれば良いのか分からない。
本を抱きかかえるように私は前のめりに崩れる。
「え、え、え? な、何が? 何を落ち込んでいるんだい? あ、それより。こら、ロザンヌ! 殿下を御前に無作法だよ」
「いえ。私のことはお気になさらず。ところでダングルベール子爵殿」
萎れきった私の対応に困惑しつつ、たしなめる父を気遣って殿下が呼びかけた。
「はい。何でしょうか」
「この地、サンルーモはとても良い土地ですね。馬車の中から拝見しましたが、自然に恵まれており、土地は肥沃で農業も盛んの上、畜産業も行われているとお見受けいたしました。この広大で、美しく麗らかな土地に囲まれて育って来られたからお嬢様は天真爛漫なのでしょうね」
「お、お恥ずかしい限りでして」
お恥ずかしい限りって酷いです、お父様。素直に良い意味で受け取ってくださいよ。殿下も褒め言葉でおっしゃって……本当に褒め言葉でおっしゃったのだろうか。
顔を上げて殿下の分まで恨めしげに父の横顔を見つめると、父は焦ったようにこほんと咳払いした。
「実はこの地が豊かなのも全ては先人の方々のおかげなのです。今でこそ、サンルーモの名にふさわしく自然豊かですが、その昔、ここは大凶作の時代の後に不毛の地になったそうです」
うちが爵位を受けたということは何らかの功績を残したはずなのに、不毛な地を寄越すとはたいした王族礼儀だこと。
こっそり一人白けていると。
「しかしダングルベール家より前に統治されていた貴族の方々がこの地を育て――」
「え、お父様!」
「な、何だい?」
勢いよく身を乗り出したことで、父は驚きと共に視線を私に移した。
「今。今、ダングルベール家より前に統治されていた貴族がいたとおっしゃいました!?」
うちとその貴族の方とが何らかの縁があるかもしれない。仮に血縁がなかったとしても、彼らと繋がる線があるかもしれない。その線はもしかしたらブラックウェル様に繋がるものかも。
「あ、ああ。言ったよ。最後の代の方はこの地の開拓に特にご尽力いただいた方だそうだ。そういえば王宮勤めもされた方だったというお話もあったかな」
「っ!」
殿下と視線を交わして頷くと、私はまた父に顔を戻す。
「そ、それで。最後の代の方とおっしゃいましたが、お子様はいらっしゃらなかったのですか?」
「ああ。そのご夫婦は子に恵まれず、その代で廃絶なさったようだね」
「そうですか。お父様、その貴族の名はブラックウェル様と申しませんか?」
「え? いや、違うね。お名前はルーベンスとおっしゃるよ」
やっぱり関係がない? ……でもブラックウェル様がリアーナ様のお家に入られていたとしたら、姓を残していないとも考えられる。ただ、リアーナ様の姓がブラックウェル様の手記には載っておらず、分からないから何とも言えないのだけれど。
「そんなに気になるのなら、墓苑に訪れてみたらどうかな」
私はぶつぶつと呟いていたらしい。お父様がお言葉をかけてくださった。
「え!? 今もあるのですか?」
「もちろんだとも。この地を作ってくださった偉大なる先人を敬うために、お墓はダングルベール家が代々墓守として担わせていただいているよ。ロザンヌにも、何度かそのお話をしたことがあったと思うんだけどねぇ」
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