つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
256 / 315

第256話 憑いてき――付いてきた殿下

しおりを挟む
 殿下が私の家族に笑顔で挨拶をしているのを細い目で見守ってしまう。
 昨日の話だ。


「ありがとうございます」

 許可が出て早速準備に取り掛かろうと思っていたのだが、殿下に呼び止められた。

「明日はいつ頃出発するつもりだ?」
「朝早く出ようかなとは思っておりますが、何か?」

 少しでも長く滞在したいし。休みだけどユリアに起こしてもらわなきゃ。……いつものことだけど。

「そうか。では私も一緒に行こう。今日中に必要最低限の仕事を片付ける」
「はい。――はい!?」

 今、何とおっしゃったのか。
 反射的に尋ね返す。

「だから私も行くと言った。私一人にだけ仕事をさせておいて、君だけ休んで帰郷とはずるいだろう。などと思ってはいない」

 ……思っているじゃないですか。って、いやいやいや。

「いきなりそんなことをおっしゃっても、警備などの予定がつかないでしょう」
「警備はジェラルドで十分だ。これまでも私用で出掛けていることは度々ある。問題無い」
「それはせいぜい城下町ぐらいでしょうに。ご自分の王太子という立場を何とお心得なのですか」

 腕を組んで睨み付けると、殿下は苦笑した。

「やけに説教臭いな」
「第一、うちも困りますよ。いきなりご訪問だなんて。十分なおもてなしが用意できず、うちは大慌てしてしまいます」
「おもてなしを受けに行くわけではない。気遣いは無用だ」

 ……いえ。ですから、殿下がうちを気遣えと言っているのですが。

「それに君の推測通り、ノエル・ブラックウェルが君の血族で余生を過ごした土地だったとしたら、調べてみる価値はあるからな。何よりもやはり君には私の側にいてもらわないと困る」

 影祓いがいないと不安なのか。そりゃあ、そうよね。酷いと起き上がれなくなる程だもの。

「……故郷にいる親しい男と再会されても困るしな」
「ん? 何ですか?」

 ぼそりと呟く殿下に尋ねてみるが、何でもないと返された。


 という話の流れがあって、殿下も私の故郷に憑いて、失礼、付いて来てしまった。ちょっとくらいゆっくり羽根を伸ばそうと思っていたのになー。なんて。仕事仕事。

 殿下はというと、地方貴族の歴史を研究して回っているなどと、いかにも嘘くさい作り話をしている。しかし両親は口巧者の殿下のせいか、あるいは王子という後光効果に魅せられているせいか、我々にまで気にかけてくださるとはと大層感動している。

「とにかく玄関先でお話しというのも失礼ですので、どうぞお入りくださいませ。お部屋にご案内いたします。丁重なおもてなしもできず、大変恐縮なのですが」
「いえ。こちらこそ突然の訪問を失礼いたしました」

 父が促すと殿下は物腰柔らかな様子で笑顔を見せた。

 そんなわけで私たちは応接間へと移動することなる。
 母と兄は同席せず、またユリアは久々の我が家で仕事をしたいと部屋の奥へと姿を消した後、応接間にお茶を用意してくれた。さすがに板についているユリアの姿にジェラルドさんが微笑んでいらしたと思うのはあくまでも私の見解である。

 現在、応接間にいるのは私と父、そして殿下とジェラルドさんだ。テーブルを挟んだ私たち親子の向かい側に殿下らがお座りになっている。きっとそちらが上座となるのだろう。

 ジェラルドさんは最初、立ってお側で待機するとおっしゃったけれど、殿下が威圧感を与えるから座るように命じたことで着座することとなった。
 一方、私は自分の家とは言え、応接間は来客用で私自身はほとんど使うことがない部屋だから少し緊張する。ソファーは来客用の部屋とあってか質が良いようで、ほどよい固さで座り心地も良い。

 なお、今、家の中ではきっと大騒動が起きているに違いない。

「それでお父様。ダングルベール家の歴史についてお伺いいたしますね。ご先祖様のことなのですけれど」

 私は殿下の話に合わせて尋ねてみるべく、まずは口火を切った。

「お名前はノエル様とおっしゃる方でしょうか?」
「いや。違うよ」
「そうですよね! ――は、はいっ!?」

 てっきり頷かれるものだと思い込んでいた私は、あっさり否定した父の回答にびっくり目を見張ってしまった。

「ち、違うのですか?」
「うん。違うよ。サンルーモでは馴染みのある名でうちにも何人かいたと思うけれど、初代ではないよ」

 どうしてそう思ったのかなと父は首を傾げている。

「で、ですが王宮に勤めていた人だったとお話を聞いたことがあるのですが」
「うん? ああ。確かに侍女見習いとしてお仕えさせていただいた時代もあったみたいだね。ただ、ご先祖様が王宮勤めしていたという記録は無いよ。もちろんお呼び出しを受けて王宮に出向くことはあったはずだけどね」
「あ。記録があるのですか?」

 身を乗り出す私に父は笑顔を浮かべた。

「あるよ。必要だったら取って来ようか」
「お願いします!」

 父は分かったと快諾し、少し失礼いたしますと殿下らに挨拶して席を立った。

「殿下」

 もし私とブラックウェル様が無関係ならば、私の推測はまったくの暴論にしかなりえない。
 不安になってきて殿下に話しかけてみる。

「エスメラルダ様のネロとわたくしのネロは、たまたま名前が被っただけで、全く関係が無いのでしょうか」
「いや。ネロは影祓いの能力を持つんだ。無関係とは思えないな。――ああ、そういえば。君は動物に怖がられると言っていたが、ダングルベール家でそういう方がおられたことは?」
「いえ。聞いたことがありません。わたくしのみかと」
「そうか」

 そう言ったきり、殿下は黙り込んでしまう。だから私もまた思考に戻る。
 ブラックウェル様の手記から考えると、直接呪い解明の鍵を握っていらっしゃるとは思えなかった。しかし、何かしら糸口でも掴めたらと思っていたのだけれど……。

 重いため息をついてしまったところで、父が応接間へと戻ってきた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

処理中です...