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第255話 実家に帰らせていただきます!

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「今、何と言った」

 殿下がまるで絶望を含んだような掠れた声でお尋ねになる。
 あまりにも真剣な口調に私も釣られてこくんと一つ息を呑み、恐る恐る口を開いた。

「で、ですから。実家に帰る許可を頂きたいと申し上げた……のですが」
「何が不満だ?」
「え? ふ、不満とかではなく」

 がたりと席を立って机を回ってくる殿下の勢いに気圧されて、思わず身を引いてしまう。
 な、何かまずいことを言っただろうか。あ、もしかして影祓いの役割を放棄するとでも思われた?

「え、えと殿下。帰ると申しましても、その」
「確かに想いを通じ合わせてから君との距離も詰めたし、触れ方も変わっただろうし、力や熱の込め具合だって強くなっただろうが、そもそもこれだって抑えているくらい――」
「な、何のお話ですかぁっ!」

 接近してくる殿下に腰が引ける私はとうとうたまらず叫んだ。

「冗談だ」

 あっさりと距離を取って腕を組み、不敵に笑う殿下に私はかあっと来る。
 からかわれたんだ! もう!

「もう知りません。わたくし、本気で実家に帰らせていただきます!」
「悪かった。謝るから落ち着いてくれ」

 拳を作る私に、殿下は少し決まり悪そうに苦笑いした。

「私も一瞬、本気で君の言葉に驚いたんだ」

 つまり殿下も私がいなくなると思って、焦ったということかな。だとしたら、まあ……許さないこともない。
 私がご機嫌を取り戻すと、殿下もほっとしたように小さく笑った。

「それでなぜ実家に戻ろうと思った?」
「ノエル・ブラックウェル様の件です。本当にブラックウェル様と血縁関係かどうか、一度確かめてみたいと思ったのです。父にもお話を聞き、何か手掛かりが無いか探ってみたいのです。丁度明日、明後日は学校がお休みなので良い機会ですから」
「待て。泊まってくるつもりか?」

 さすがに私だって影祓いとしての職務を背負っているという自負はある。

「本来ならそうしたいところですが、そうも参りませんし、日帰りする予定です」

 これまで毎日、家から学校の長距離の往復をしていたはずなのに、今の生活に慣れてしまうと日帰りで行き来するのは疲れそうだ。だから次の日がお休みの明日こそ実家へ戻る良い機会だと思う。もちろんできるだけ早く帰ってくるつもりではある。

「そうか。分かった」
「ありがとうございます」

 良かった。短い滞在となるけれど久々の実家だ。本当に楽しみ! 早速ユリアと一緒に準備しなくちゃ。
 今からもうわくわく気分で浮足立ちそうだった。


 我が家に到着した馬車から急ぎ飛び降りると、既に懐かしく思うようになった私の故郷、サンルーモの地に立った。早く出たおかげで、お昼になる前までに戻って来られた。

 空気を大きく大きく吸い込んで体内に取り込む。
 上品で高貴な香りなどないけれど、心を癒やし、清々しい気持ちにさせてくれる森林の香りだ。毎日家と王都の往復生活だけでは気付かなかった新たな発見に、じんわりと感動してしまう。

「ああ、帰ってきたのね」

 王宮のような煌びやかさも無ければ、王宮ほどの豪邸でもないけれど、それでも生まれ育ったこの家こそが自分が一番安心できる居場所なのだと思える。

「皆はお元気にしているかしら。久々に皆と会えるかと思うと嬉しい。ユリアは嬉しい?」

 私の横についたユリアを見ると、彼女は微笑んだ。

「はい。嬉しいです」
「急に思い立ったことだったので連絡しなかったから、びっくりされちゃうわね」
「はい。でも大喜びされると思います」
「うん! ……でも自分のお家なのに久々すぎて緊張しちゃう。ちょっと待ってね」

 さっきとは違う胸の高まりを抑えるために深呼吸をして心の準備をする。時を見計らってユリアは尋ねてきた。

「よろしいですか?」
「う、うん。大丈夫。お願いします」
「それでは」

 ユリアが獅子を形どったノッカーを鳴らして来訪を知らせた。
 扉はすぐに開かれ、ジョルジョ侍従長が顔を覗かせると私たちを見て目を見張る。

「ユリア! ――お嬢様!?」
「お久しぶりでございます」
「ただいまぁ」
「お、お帰りなさいませ。――だ、旦那様、奥様、皆様! ロザンヌ様がご帰宅になられました!」

 いつもは落ち着いた彼が、ここまで慌てる様子はほとんど見たことがないかもしれない。
 ジョルジョ侍従長の声に家族が駆け足でやって来た。

「ロザンヌ! ユリア! どうしたんだい!? お休みを頂いたのかい?」
「そうよ。連絡もなく、いきなりの帰宅だなんてびっくりしちゃったわ」
「久々に会えて嬉しいよ。ロザンヌ、王宮生活はつらくないかい?」

 一斉に話しかけられて返事できずにいたけれど、アシル兄様が私の頬に手を当てると、兄様の温もりと優しさが伝わってきた。

「はい。アシル兄様、ロザンヌは元気です」
「そっか。良かった」
「とにかく玄関で何だし、二人とも家に入りなよ」

 シモン兄様が私とユリアの手首を取った。

「あ、はい。でも、あの。じ、実はわたくしたちだけではなくて、他にお客様がおられまして」
「お客様?」

 皆のきょとんとしていた顔が、後ろから現れた殿下とジェラルドさんのお姿を認めた瞬間、そのままの表情で固まった。
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