つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
260 / 315

第260話 毒見役

しおりを挟む
 家に到着すると昼食の完成間近だったので、準備が終わるまで殿下に一息をついていただく。
 ジェラルドさんとユリアは殿下との食事会を固辞したので、御者様と共に別室に食事が用意されることになり、両親と兄たち、そして私が同席することとなった。

 準備が終わり、皆でダイニングルームへと足を向けた。
 殿下がいらっしゃるということで、特別な料理を慌てて用意したのだろう。もちろん王宮で出される料理と違って高級食材ばかりを使った豪勢な料理とは言えないが、料理長のルーサーさんが目一杯腕をふるって作ってくれたというのがありありと分かる。
 自慢の地元の食材を使っており、新鮮さと食材本来の旨味だけは保証できる。

「とても素晴らしい料理ですね。突然の訪問にもかかわらず、ここまでご用意いただいて誠にありがとうございます。あらためまして、不躾けにも急な訪問で大変申し訳ございませんでした」
「そ、そんな。もったいないお言葉でございます」

 殿下の丁寧なお言葉に、いや、同じテーブルに着いていることだけで感激していて、家族の者は誰も気付いていないようだ。そもそも我が家には、毒見役など必要としたことがないから余計だ。
 ジェラルドさんはここに同席していないし、毒見をしたご様子もないし、私一人そわそわしてしまう。

「それでは、そろそろお食事を始めましょうか」

 父が食事の挨拶を告げる。

 え! 本当に始まっちゃう!? や、やっぱり言わなきゃだめだわ! 
 後で気付いたら、お父様もお母様も卒倒してしまうに決まっている。そうでなくても罪悪感に苛まれるに違いない。

「あ、あの!」

 私はたまらず立ち上がった。
 当然、母は表情を硬くして私を叱責する。

「ロザンヌ!? あ、あなた、何と無作法なことを」
「大変申し訳ありません。けれどお食事前にどうしても一言申し上げたくて」

 私の悲壮感あふれる表情を察した父はたしなめることなく頷き、殿下にお伺いを立ててくれた。

「エルベルト殿下、娘の無礼を私からもお詫び申し上げます。大変申し訳ありません。ですが、無礼を承知でお願いいたします。娘が何か申し上げたいようですが、発言をお許しいただけるでしょうか」
「もちろんです。どうぞ」

 殿下が私を見て余所行きの笑みを浮かべた。
 父が私に頷き、皆が見守る中、私はこくんと息を呑むと口を開く。

「お食事の席でお騒がせして大変失礼いたしました。ですが、お食事前だからこそ申し上げたかったのです」
「ええ。何でしょう」

 密かに面白がった様子の殿下がちょっと憎らしい。けれど、それで少し肩の力が抜けた。

「はい。失礼ですが実はうちには毒見おしつけ役がおりませんもので、僭越ながらわたくしがその役を買って出たいと思った次第でございます」

 私がそう言った瞬間、この場は凍りついた――ように思えた。
 事態にようやく気付いた父と兄たちは顔を強張らせ、母も青ざめた。殿下はと言うと思いもつかなかったようで、目を見開いて驚いている。

 なぜ驚いているのですか! と言うか、ジェラルドさんまでお気づきにならなかったのかしら。お二人とも不用意すぎますよ! 
 私は心の中で叱責してみる。

 ……みるのは後でいいけれど、とりあえずこの静まり返った場をどう収めようか。そこまで考えていなかったです。
 すると殿下が唇を薄く横に引いた。

「そうですね。確かに失礼なことですね」
「あ……」

 どくりと心臓が痛いほど高鳴った。私が下手なことを言ったせいで、両親が咎められるのではないかと。
 しかし殿下の次のお言葉に、今度は私が目を見張った。

「私が毒見役を必要としているはずだとお考えだったことが」
「え」

 殿下はスプーンを手に取ったかと思うや、瞬く間に一匙のスープを口の中に運んだ。

「うん。とても。本当に美味しいです」

 微笑む殿下に皆、呆然としていると、殿下はスプーンを置いて父をご覧になる。

「無作法、失礼いたしました」
「い、いえ」
「ダングルベール子爵殿。まだほんの短いお時間のことでしたが、今朝、貴方とご一緒してこのサンルーモの地と同じく美しく、来訪者を温かく迎え入れてくれるような、とても心広く清く誠実なお方だということが分かりました」
「殿下……」

 父は感動で言葉をそれ以上紡げずにいると殿下は笑みを残し、視線を私に移した。

「何よりもあなたが生まれ育ったお家です。この場に毒見役など必要ありません」
「――っ」

 ……ま、まずいです。私まで感動で震えてしまいそうです。いえ。震えているかもしれません。

「あ、ありがとう存じます。寛大なお心、誠にありがとうございました」

 溢れる感情を抑えて何とかお礼を申し上げると、場はほっと緊張が緩む。
 父はそれを見計らって当主としての立場で仕切り直すと、それではあらためまして食事を始めましょうとお声を上げた。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...