つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
270 / 315

第270話 露天商でのお買い物(後)

しおりを挟む
 私はハンカチを取り出して、何の罪もないのに哀れな姿になった大根から吹き出したしぶき拭う。

「あ。申し訳ありません。かかりましたね」
「大丈夫よ。それよりジェラルド様がこちらにいらっしゃるわよ」

 私たちの姿を見つけたからなのか、お話が終わったからなのか、ジェラルドさんが女性陣から離れてこちらへと向かって来られた。

「ロザンヌ様、ユリアさん。こんにちは」

 先ほどの社交辞令とは違う輝く笑顔で挨拶をしてくださったように思う。たとえ違ったとしても、思うことだけはタダである。

「ごきげんよう、ジェラルド様」
「こんにちは」

 私たちもそれぞれ挨拶を返した。

「お二人もお買い物をされていたのですか。本日は王宮の外で御用商人が来て、露天商が賑わっておりますからね」

 ユリアが腕にかけているカゴの中身をご覧になってそう考えられたのだろう。

「はい。ユリアに誘われて」
「そうですか。しかし」

 ジェラルドさんはユリアに視線を流す。

「その大根は露天商で買われたのでしょうか。割れているようですが。それに手が濡れて……」

 私は慌ててユリアが持つカゴから大根を奪い取った。
 ユリアが大根を握りつぶしたなど伝えられるはずもない。

「こ、これはですね! 訳あり商品でありまして! 最初から割れているからお安く分けていただいたのです。ユリアったら、割れた部分を触ってしまったのね。うっかりさん! ――ね、ユリア!」
「……です」

 焦って説明する私にユリアは、仕方がないなという表情で頷いた。
 あのねー。私はあなたのフォローをしてあげているのだからね!

「そうでしたか。とりあえず」

 ジェラルドさんは納得してくださったのか、そうでないのかは定かではなかったが、ハンカチを取り出してユリアに渡す。

「どうぞお使いください」
「……どうもありがとうございます。洗ってお返しいたします」

 一瞬固まったけれど、素直に受け取ったユリアにほっとしつつ、私は一度視線を落とした後、ジェラルドさんに問いかけた。

「あら、ジェラルド様も何かお買いになったのですか?」

 女性から頂いたものだということは知っているけれど。

「あ、いえ。その……これは人から頂いたものです。お菓子だそうです」

 ジェラルドさんが持っていたもう片方の手を上げると、大きな手の平に綺麗に包装された贈り物をのせた。

「まあ、お可愛らしいですね」

 これをお茶請けとして、ユリアをお茶に誘っていただけないかしら。なんて。
 私は笑顔を作りつつ、ジェラルドさんに目で訴えようとしていたところ。

「失礼いたします」
「え」

 ユリアは手を伸ばして包みをするりと解くや、その中からクッキーを一つ手に取った。
 一連の流れるような動作に呆気に取られて身動きできず、ユリアの口に入ってからようやく声が出る。

「ちょっ、ユリア!? 何をして」
「……美味しいですね」

 美味しいと言う割に、眉をわずかに上げて不快そうなのはなぜ。いやいやいや。それより何てことをしたのよ、ユリア!

「ユリ――」
「ジェラルド様」

 私がユリアをたしなめようとする前に彼女がジェラルドさんの名を呼ぶ。

「あなたは殿下をすぐ側でお守りする身。容易く人から物を頂いてはいけません。まして口に入れるものなど」
「も、申し訳ありません」

 説教まで始めちゃった!
 愕然としたが、反射的に謝罪してしまったジェラルドさんに私は慌てて取り繕う。

「いえ、ジェラルド様! どうぞお謝りにならないでくださいませ。たくさんの女性がいらっしゃる中、お断りできなかったのは分かりますもの。それよりユリアこそ、いきなりこんな失礼な真似をして、ジェラルド様に謝罪すべきでしょう」
「私は毒見をさせていただいたまでです。大丈夫。毒は入っていませんでした」

 澄ました表情をしているけれど、本当ですかねぇ……。

「あのねぇ、ユリア。あ、いえ。ジェラルド様、わたくしからお詫び申し上げます。誠に申し訳ありません」
「いえ。私の行動こそ軽率でした」
「いいえ。ジェラルド様は何も間違っておりませんわ。とにかくユリア、あなたはご無礼のお詫びとしてお茶」

 そこまで言ったところで。

「あ、あの。よろしければお茶をご一緒しませんか。頂いた物を無下にするのも失礼に当たりますし、たくさんありますので手伝っていただけると嬉しいのですが」

 ジェラルドさんがユリアにそうご提案してくださった。

 ジェラルド様!
 あなたこそ騎士の中の騎士です! 真の勇者です! 英雄です!
 感動でうるうるしてしまいます。

 それに対してユリアはと言うと。

「…………はい。ではご一緒させていただきます」

 長い沈黙の後、ユリアは頷き、私は肩の荷を下ろした。

「あ。もちろんロザンヌさ――あ、あれ?」

 おそらくジェラルド様が気遣って私にまでお誘いのお言葉をかけてくださったと予想されるが、その時にはもう私の姿は消えていただろう。


 その後、ご機嫌な様子で執務室に入った私は。

「君には大根がよく似合うことだな」

 褒め言葉なのか、貶されているのか、あるいは慰められているのかよく分からない言葉を殿下からかけられた。

 あ。大根を抱いたままだった。
 だから部屋の前の護衛官様が変な顔をなさっていたのね……。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...