つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました

樹里

文字の大きさ
292 / 315

第292話 今だけ

しおりを挟む
 私たちはユアンさんたちに別れを告げて、馬車の停留場所へと行った。
 一台は私たちが乗る馬車、そしてもう一台は私物を乗せた馬車の二台で家路に向かうことになる。

 これまでジェラルドさんとユリアによって馬車に乗せてもらっていたが、本日はユリアの手のみだ。それが普通のこと。それが私の日常である。

 馬車は緩やかに動き出し、王宮の外へと向かう。
 窓から見ることができる景色は王宮の煌びやかな建物や広いお庭だ。

 最初の頃はともかく、ここから学校に行くことが日常的になってからは気にも留めなかったのに、今日は見納めだと思うとあらためてじっくりと見ていたくなってしまう。
 しかし本日は、私の甘さを嘲笑うかのように雨が視界を遮り、ただ無情に滲んだ王宮の景色を横に流していくだけだ。

「ブラックウェル様はこの王宮を出る時、名残り惜しさを感じられたのかしら。それとも振り返らずにただ前を向いて、未来に向かって歩いて行かれたのかしら」

 とうとう王宮の門を背にした馬車に、私はようやく窓にやっていた目をユリアに向けた。

「心残りはあったかもしれません。しかし騎士を辞めて王宮を出ると決めたのならば、前を向いて歩くしかなかったのではないでしょうか」
「そうね。きっとそう。ブラックウェル様は不毛の地を豊かな地にしたお方。決意を固めて、ただ真っ直ぐ前を向いて歩いて行かれたことでしょう。でも」

 私はユアンさんから貰った白い薔薇に視線を落とす。

「わたくしは……駄目ね。自分の足で出てきたくせに未練がましいと思うわ。ユアンさんにせっかく気高いあなたにって薔薇を頂いたのに」
「ロザンヌ様」

 向かい側に座るユリアから気遣いを含んだ声をかけられる。
 笑顔で返したいところだけれど、今は自嘲の笑みすら浮かべることはできない。

「ロザンヌ様。王宮を出ました。せめてここからご自宅に着くまでは、貴族の娘ではなくただの、一人の女性に戻ってください。――今だけ。今だけでいいですから」
「……ありがとう。ユリア」
「はい、ロザンヌ様」

 ユリアが目を伏せると、まるで声をかき消してくれるように馬車の中に雨の音が優しく響いた。


「――ザンヌ様。ロザンヌ様」

 かけ声と共に肩を揺さぶられ、私は重い瞼を開けた。
 目覚めてすぐに現状に気付かされる。私は王宮を出て実家に戻っている最中なのだと。
 泣き疲れたせいか、いつの間にか眠っていたようだけれど、人間、いつまでも泣き続けることはできないようだ。

「もう着いたの?」

 私のすぐ横にいるユリアに尋ねる。

「いえ。まだですが、ご準備をしておいた方が良いかと。お休みになっていたところ申し訳ないとは思ったのですが」

 号泣したわけではないとは思うけれど、地味に泣いていた気がする。
 ユリアは口出し一つせず、眠りだした頃に私の側に来て肩を貸してくれていたのだろう。

「いいえ。ありがとう。そうね。準備しなくちゃ。目は腫れている?」
「はい。ほんの少しだけ」
「そう。家に着く前にマシになるといいけれど。それにまた連絡なしだからびっくりされちゃうかな」
「はい。でも大喜びされると思います」

 ユリアは前に実家に戻った時と同じ台詞で返す。
 でもあの時とは状況が違うわけで。

「ええ。そうね。でもわたくしは侍女見習いで行っていることになっているでしょう。侍女見習いの期間としては早く戻ってきてしまって、何か失態を犯して辞めさせられたと思われてしまわないかしら」

 やっぱり問い詰められちゃうかなぁ。何と言って答えよう。高価な壺を割ってしまいましたとか、適当な事を言って誤魔化すしかないかな。

「仮に今日はそう思われたとしても、王家としては秘密を守りたいはずで、ロザンヌ様に何かしらの褒賞が与えられるはずですから誤解は解けます。くれぐれもロザンヌ様も区切りをつけるために、固辞などなさらずに褒賞を受けてください」

 感情を見せない表情で淡々と言っているが、やはりユリアは怒っているらしい。私のために怒ってくれているらしい。それがとても嬉しい。

「そうね。では、むしろ目が飛び出るくらいの褒賞を要求しましょう」

 私はようやく笑顔を取り戻し、冗談っぽく言った。


 ダングルベール家に着いた頃にはもう雨が上がっていた。
 私たちは前回のように驚きと共に迎えられたが、前回と決定的に違ったことがある。それは、今日は二人だけかいと困惑気味に尋ねてきた父を押しやって、母がよく頑張りましたねと抱きしめてくれたことだ。笑顔のつもりだったけれど、まだ涙の跡が残っていたからなのかもしれない。

 母の香りと温もりにまた涙が浮かんできそうで、抑えるために強く抱きしめ返していると、ユリアを交えて皆がわっと抱きしめてきた。

「お帰り。ロザンヌ、ユリア」
「お疲れさま、二人とも」
「早くゆっくり家で休んで」

 皆の優しさに包まれて、ああ、私は温かく出迎えてくれる我が家に戻ってきたんだとしみじみと実感した。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!

志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。 親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。 本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

処理中です...