神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ

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7話

告白<6>

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「希美、何言ってるんだよ。そういう冗談は言うものじゃない」
「冗談じゃないよ。何度も考えたよ。毎晩ここに立ってさ。今、死んだら楽になるのかなって」

 投げやりな希美の言葉に腹が立った。

「贅沢言うなよ! 長く生きたくても、生きられない奴だってこの世にはいるんだぞ!」

 僕の怒鳴り声を聞き、希美が振り向いた。
 眉を険しくさせた希美は悲しそうだった。

「贅沢? 記憶喪失になって、退院して家に帰れば夫の姿はなくて、いきなり離婚届を突きつけられた私が贅沢だって言うの? なんの説明もなくて、いきなり終わりを突きつけられて、どれだけ私が不安で苦しかったかわかる? 涼くん、勝手過ぎるよ!」

 希美の叫び声を聞いて、坂本の言葉を思い出した。

 ――お前は話し合うチャンスも奥さんに与えずに勝手に死のうとしているんだよ

 坂本が言っていた通りだ。

 覚えていない夫のことで、希美が胸を痛めるとは思わなかった。僕は希美を全くわかっていなかった。僕のしたことは死にたいと思わせる程希美を追い詰め、苦しめていた。

 記憶がなくても、ちゃんと希美と向かい合うべきだったんだ。
 今頃気づくなんて、僕はバカだ。

「……ごめん、希美。僕が間違っていた。希美をこんなに傷つけるとは思っていなかったんだ。本当にごめん」
「ねえ、涼くん、どうして……私と離婚したいの?」

 震える声で希美が聞いた。
 もう誤魔化してはいけない。

 強く拳を握り、真っすぐ希美を見た。

「全部話すよ。僕の話を聞いてくれるか?」

 コクリと希美が頷く。 
 僕は希美の手を取り、部屋の中に入った。
 それから電気を点けて、希美をベッドに座らせる。
 僕は希美の正面の床に座り、四月に余命宣告された所から話し始めた。 

 希美が記憶喪失になった階段の転落事故は僕が希美を追いかけたのが原因だったことも話した。
 あの夜、希美にガンだと聞かれて、否定できず、希美は家を飛び出した。
 最寄駅でようやく希美を見つけ、声を掛けると希美は階段を駆け下りようとした。その時に転落したのだ。

 希美が記憶喪失になったのは僕のせいだ。僕がガンじゃなかったらこんな事態にはならなかった。
 希美に申し訳なくて、悩んだ挙句、希美との離婚を決めた。末期ガンの夫のことなど、忘れたままの方が希美は幸せになれると思ったからだ。しかし、希美と凪で再会したのは僕にとって誤算だった。愚かにも僕はまた希美に恋をし、希美と離れられなくなったのだから。

 そこまで話すと希美が顔を上げ、僕を見る。

「私も、涼くんに恋した」

 希美がベッドから下りて僕に抱き着く。 
 希美の高い体温を感じて胸が締め付けられる。

「昨日ね。凪に藤原さんの奥さんが来たの。それでね、奥さん。最期までご主人の側にいられたから後悔はないって言ったの。ご主人とずっと一緒にいられて幸せだったって言ってた。凪でご主人とデート出来て良かったって……」

 希美の声が涙で詰まる。

「涼くん、私も最期まで涼くんのそばにいたい」

 希美が涙で濡れた顔で僕を見る。

「そばにいたいの……」
「希美」

 希美の言葉を聞いて、涙が滲む。
 坂本の言った通りだった。希美は僕から離れない。

「涼くん、そばにいさせて。最期まで涼くんの奥さんでいさせて……」

 僕に抱き着いたまま希美が懇願する。
 痛い程の希美の気持ちが伝わってくる。

「病状が進んだ僕を見るのは辛いぞ」

 両手で希美の後頭部を抱き、正面から希美を見た。

「わかってる。でも、一緒にいられないことの方が辛いの。だからお願い。そばにいさせて」

 希美が真っすぐ僕を見つめる。
 覚悟を決めた表情に見えた。

 僕も覚悟を決めた。

「わかった。一緒にいよう」
「涼くん、ありがとう」

 希美が僕の肩に顔を埋めて泣き崩れる。
 僕は強く希美を抱きしめ、希美の泣き声を聞きながら泣いた。

 悲しみの涙ではなく、やっと自分の気持ちに正直になれたことへの喜びの涙だ。
 本当は僕も希美と一緒にいたかった。
 命ある限り、希美と生きたい。

 だから神様、もう少しだけ僕を元気でいさせて下さい。
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