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7話
告白<5>
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「希美、気づいていたのか?」
「……うん」
「いつから?」
「涼くんと初めて魚将に行ったあと、圭さんの横浜のライブDVDを見たの。そしたら、私の隣に涼くんが映っていて、そのタイミングでお姉ちゃんから結婚式の写真も送られて来て……」
それって佐藤海人って偽名を名乗った日の出来事じゃないか。
僕の偽名は一日も経たないうちにバレていたのか。
佐藤海人だなんて、名乗っていたことが急に恥ずかしくなる。
「でも、その時はまだ記憶がなくて、ハッキリと涼くんのことを思い出したのは藤原さんのご主人が亡くなったって聞いてから」
ということは希美の記憶が蘇ったのはこの一週間ということか。
「なんで言わなかったんだ」
「言ったら、涼くんがまた私の前から消える気がして」
そうかもしれないと思った。
ズルイ僕は希美から逃げていたかもしれない。
「不安にさせてごめん、希美」
もういなくならないよと言いそうになって、言葉を飲み込んだ。その言葉は言えなかった。
「涼くん、お願い。どこにもいかないで」
何かを察したのか、希美が不安そうな声で口にする。
僕は何て答えたらいいかわからず、黙ったままでいた。
しくしくという希美の泣き声がする。顔は僕の胸に押し付けられて、表情は見えなかったが、希美が泣いているのがわかった。
「希美、大丈夫だよ。大丈夫だから」
希美の背中を優しく撫でながら繰り返した。
切なくて苦しくて、僕も泣きそうになるが、平気なふりをして、希美を励ました。
*
インターホンの音で目を開けると、明るかった部屋は真っ暗なっていた。
希美と一緒に眠っていたようだ。
もう一度インターホンが鳴り、ベッドから起き上がり、隣を見ると希美はいなかった。
どこに行ったのだろうと思いながら、インターホンに出ると、井上さんだった。希美にお店の賄を持って来てくれたようで、玄関ドアを開けて応対した。
「やっぱり佐藤さん、来てたんだ」
僕の顔を見て、井上さんは驚いている様子はなかった。
「うん。彼女が心配になって」
「結婚しているのに、いいんですか?」
「いいんだよ。彼女は僕の妻だから」
希美にバレているなら、もう隠す必要はないと思った。むしろ、本当のことを言った方が厄介なことにならずに済む。
「えっ」
井上さんの眉が寄る。
「希美を置いて、出て行った自己中夫は僕だよ。賄ありがとう。希美に渡しておく」
混乱気味の井上さんを残して、玄関ドアを閉めた。
部屋に戻り、トイレやバスルームを見るが、希美の姿がない。一体どこへ行ったんだ。
ベランダから顔を出すと、月明りに照らされた華奢な背中が見えた。
「……希美」
希美はベランダの柵に寄り掛かるようにして、前屈みで立っていた。
危なっかしい感じがするのは、ここが五階だからだ。
万が一落下でもしたらと心配していたら、背中を向けたままの希美が恐ろしいことを口にした。
「ねえ、涼くん、ここから落ちたら死ねるかな」
背筋がゾクッと冷たくなった。
「……うん」
「いつから?」
「涼くんと初めて魚将に行ったあと、圭さんの横浜のライブDVDを見たの。そしたら、私の隣に涼くんが映っていて、そのタイミングでお姉ちゃんから結婚式の写真も送られて来て……」
それって佐藤海人って偽名を名乗った日の出来事じゃないか。
僕の偽名は一日も経たないうちにバレていたのか。
佐藤海人だなんて、名乗っていたことが急に恥ずかしくなる。
「でも、その時はまだ記憶がなくて、ハッキリと涼くんのことを思い出したのは藤原さんのご主人が亡くなったって聞いてから」
ということは希美の記憶が蘇ったのはこの一週間ということか。
「なんで言わなかったんだ」
「言ったら、涼くんがまた私の前から消える気がして」
そうかもしれないと思った。
ズルイ僕は希美から逃げていたかもしれない。
「不安にさせてごめん、希美」
もういなくならないよと言いそうになって、言葉を飲み込んだ。その言葉は言えなかった。
「涼くん、お願い。どこにもいかないで」
何かを察したのか、希美が不安そうな声で口にする。
僕は何て答えたらいいかわからず、黙ったままでいた。
しくしくという希美の泣き声がする。顔は僕の胸に押し付けられて、表情は見えなかったが、希美が泣いているのがわかった。
「希美、大丈夫だよ。大丈夫だから」
希美の背中を優しく撫でながら繰り返した。
切なくて苦しくて、僕も泣きそうになるが、平気なふりをして、希美を励ました。
*
インターホンの音で目を開けると、明るかった部屋は真っ暗なっていた。
希美と一緒に眠っていたようだ。
もう一度インターホンが鳴り、ベッドから起き上がり、隣を見ると希美はいなかった。
どこに行ったのだろうと思いながら、インターホンに出ると、井上さんだった。希美にお店の賄を持って来てくれたようで、玄関ドアを開けて応対した。
「やっぱり佐藤さん、来てたんだ」
僕の顔を見て、井上さんは驚いている様子はなかった。
「うん。彼女が心配になって」
「結婚しているのに、いいんですか?」
「いいんだよ。彼女は僕の妻だから」
希美にバレているなら、もう隠す必要はないと思った。むしろ、本当のことを言った方が厄介なことにならずに済む。
「えっ」
井上さんの眉が寄る。
「希美を置いて、出て行った自己中夫は僕だよ。賄ありがとう。希美に渡しておく」
混乱気味の井上さんを残して、玄関ドアを閉めた。
部屋に戻り、トイレやバスルームを見るが、希美の姿がない。一体どこへ行ったんだ。
ベランダから顔を出すと、月明りに照らされた華奢な背中が見えた。
「……希美」
希美はベランダの柵に寄り掛かるようにして、前屈みで立っていた。
危なっかしい感じがするのは、ここが五階だからだ。
万が一落下でもしたらと心配していたら、背中を向けたままの希美が恐ろしいことを口にした。
「ねえ、涼くん、ここから落ちたら死ねるかな」
背筋がゾクッと冷たくなった。
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