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番外編
《16》
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病院には雨宮課長の車で一緒に行った。
退院した時は後部座席だったけど、今日は助手席に乗せてもらった。
「奈々ちゃんのお母さんはオーストラリア楽しんでいるかな」
運転しながら雨宮課長が口にした。
母のことはすっかり忘れていた。
「初めての海外できっと今頃テンション高くなってますよ。今度会った時はずっとオーストラリアの話をしていそう」
雨宮課長が相槌をするように笑う。
こんな風に課長と気楽に会話ができるようになったことが何となく嬉しい。
「お母さんの話が楽しみだね。着いたよ」
そう言って雨宮課長が病院の敷地内に入り、駐車場に車に停める。
スムーズな運転操作をする雨宮課長が素敵で、ちょっとだけドキッとした。
*
脳神経外科の外来に行くと、待合室で待つように言われて、雨宮課長と近くの長椅子に腰を下ろした。
病院なんてあまり来ないから落ち着かない。そわそわしていたら、雨宮課長がいきなり立ち上がったので順番が来たのかと思ったら、課長は年輩のご婦人に席を譲っていた。そんな雨宮課長がカッコ良くて、また胸が鼓動を強く打った。
順番を呼ばれたのはそれから30分後だった。モニター画面に私の番号が表示され、雨宮課長と一緒に診察室に入った。
今日はもう抜糸で、入院していた時も診てくれた主治医の藤村先生に頭の処置をしてもらった。
傷は完全に塞がったようで、傷跡も目立たなくなると聞いてほっとした。
「何か思い出した事はありますか」と藤村先生に聞かれるが、何も思い出せていない。事故当日の記憶もないし、ここ一年の記憶がやっぱり抜け落ちている。
だけど、入院していた時ほど、不安じゃない。
多分、雨宮課長に心が開けるようになったからだ。
私の話を聞いて、先生が「もしかしたら記憶喪失の原因は精神的なストレスもあるかもしれませんね」と、口にした。どういう事か聞くと、頭を打つ直前に見たくないものを見たか、聞いたかして、その記憶を消し去りたいと思ったのかもしれないとの事だった。
見たくないもの、聞きたくないもの……。
顎に手をあて考えてみる。
一瞬、ふわっと何かが過る。
しかし、次の瞬間、思い出すのを止めさせるように頭痛がした。
急に先生の声も、雨宮課長の声も遠くなる。
頭の中がぐるぐるとする……。
「奈々ちゃん、大丈夫?」
肩を掴まれて、ハッとした。
首を左に向けると雨宮課長が心配そうに眉間に皺を寄せている。
私の正面に座る先生も同じような表情をしている。
「中島さん、どうされました?」
「今、何かが過って頭が痛くなったんです」
「思い出そうとしてストレスを感じたのかもしれませんね。精神的なものだとしたら無理に思い出さない方がいいかもしれません」
「そんな! 一生私は思い出さないままなんですか?」
「それはわかりません。何かの拍子に思い出す事もありますから。とにかく焦らず。こういう事は時間が解決してくれる事もありますから」
頭痛薬を処方してもらって雨宮課長と一緒に診察室を出た。
何だか気持ちが重い。
記憶喪失が精神的なストレスの可能性も出て来た。
思い出さない方がいいのかな……。
でも……。
左側に立つ雨宮課長を見上げると目が合う。
「大丈夫だよ。精神的なストレスなんて事はないから」
私を安心させるように課長はポンと私の肩を叩いた。
「本当に?」
「うん。心配事や悩み事があったら俺が聞いているだろうし。一緒に暮らしてからはなかったと思うけどな。それにバレンタインデーの朝の奈々ちゃん、笑顔でキラキラしていた。幸せいっぱいって感じだった」
そっか。私、笑顔だったんだ。
バレンタインデー……。
あれ? 何か大事な事を忘れている気がする。
退院した時は後部座席だったけど、今日は助手席に乗せてもらった。
「奈々ちゃんのお母さんはオーストラリア楽しんでいるかな」
運転しながら雨宮課長が口にした。
母のことはすっかり忘れていた。
「初めての海外できっと今頃テンション高くなってますよ。今度会った時はずっとオーストラリアの話をしていそう」
雨宮課長が相槌をするように笑う。
こんな風に課長と気楽に会話ができるようになったことが何となく嬉しい。
「お母さんの話が楽しみだね。着いたよ」
そう言って雨宮課長が病院の敷地内に入り、駐車場に車に停める。
スムーズな運転操作をする雨宮課長が素敵で、ちょっとだけドキッとした。
*
脳神経外科の外来に行くと、待合室で待つように言われて、雨宮課長と近くの長椅子に腰を下ろした。
病院なんてあまり来ないから落ち着かない。そわそわしていたら、雨宮課長がいきなり立ち上がったので順番が来たのかと思ったら、課長は年輩のご婦人に席を譲っていた。そんな雨宮課長がカッコ良くて、また胸が鼓動を強く打った。
順番を呼ばれたのはそれから30分後だった。モニター画面に私の番号が表示され、雨宮課長と一緒に診察室に入った。
今日はもう抜糸で、入院していた時も診てくれた主治医の藤村先生に頭の処置をしてもらった。
傷は完全に塞がったようで、傷跡も目立たなくなると聞いてほっとした。
「何か思い出した事はありますか」と藤村先生に聞かれるが、何も思い出せていない。事故当日の記憶もないし、ここ一年の記憶がやっぱり抜け落ちている。
だけど、入院していた時ほど、不安じゃない。
多分、雨宮課長に心が開けるようになったからだ。
私の話を聞いて、先生が「もしかしたら記憶喪失の原因は精神的なストレスもあるかもしれませんね」と、口にした。どういう事か聞くと、頭を打つ直前に見たくないものを見たか、聞いたかして、その記憶を消し去りたいと思ったのかもしれないとの事だった。
見たくないもの、聞きたくないもの……。
顎に手をあて考えてみる。
一瞬、ふわっと何かが過る。
しかし、次の瞬間、思い出すのを止めさせるように頭痛がした。
急に先生の声も、雨宮課長の声も遠くなる。
頭の中がぐるぐるとする……。
「奈々ちゃん、大丈夫?」
肩を掴まれて、ハッとした。
首を左に向けると雨宮課長が心配そうに眉間に皺を寄せている。
私の正面に座る先生も同じような表情をしている。
「中島さん、どうされました?」
「今、何かが過って頭が痛くなったんです」
「思い出そうとしてストレスを感じたのかもしれませんね。精神的なものだとしたら無理に思い出さない方がいいかもしれません」
「そんな! 一生私は思い出さないままなんですか?」
「それはわかりません。何かの拍子に思い出す事もありますから。とにかく焦らず。こういう事は時間が解決してくれる事もありますから」
頭痛薬を処方してもらって雨宮課長と一緒に診察室を出た。
何だか気持ちが重い。
記憶喪失が精神的なストレスの可能性も出て来た。
思い出さない方がいいのかな……。
でも……。
左側に立つ雨宮課長を見上げると目が合う。
「大丈夫だよ。精神的なストレスなんて事はないから」
私を安心させるように課長はポンと私の肩を叩いた。
「本当に?」
「うん。心配事や悩み事があったら俺が聞いているだろうし。一緒に暮らしてからはなかったと思うけどな。それにバレンタインデーの朝の奈々ちゃん、笑顔でキラキラしていた。幸せいっぱいって感じだった」
そっか。私、笑顔だったんだ。
バレンタインデー……。
あれ? 何か大事な事を忘れている気がする。
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