雨宮課長に甘えたい

コハラ

文字の大きさ
194 / 216
番外編

《15》

しおりを挟む
次の日の朝は9時過ぎに起きて、リビングに行くと雨宮課長がいたから驚いた。
もうとっくに会社に行っていると思っていた。
課長はアイボリーのセーターとジーンズ姿でキッチンに立っていた。

「おはよう。ちょうど起こしに行こうと思ってたんだ。よく眠れた?」
「はい」
「朝食はフレンチトーストを用意したよ」

ダイニングテーブルの前に腰を下ろすと、雨宮課長が私の前に大きなお皿を置いた。
お皿には美味しそうなフレンチトースト、キウイフルーツとみかんとバナナを添えたヨーグルト、レタスとベーコンが並んでいた。
カフェで出てくるモーニングプレートのような盛り付けに思わず頬が緩んだ。

「うわっ、美味しそう! いただきます」

手を合わせてからフォークで一口サイズにカットされているフレンチトーストを食べる。口の中に卵の優しい味と甘味が広がって幸せな気持ちになる。
昨夜も思ったけど、雨宮課長の料理はどれも美味しい。

「すごく美味しいです」

向かい側に座ってコーヒーカップに口をつける雨宮課長に言った。
雨宮課長が満足そうに微笑んだ。

「良かった。奈々ちゃんにそう言ってもらえると俺も嬉しいよ」
「ところで、雨宮課長、会社は?」

気になっていることを質問した。

「今週は奈々ちゃんと一緒に有休をとったよ。幸い急ぎの仕事もなかったしね」
「えー! いいんですか? 職場の皆様のご迷惑になっていませんか?」
「心配しなくて大丈夫だよ。風見係長がいるしね」
「そうですか」

心配しなくていいと言われたけど、私に合わせて休んでくれたことに申し訳なくなる。

「なんかすみません」

しゅんとして下を向いた時、正面に雨宮課長の手が伸びて来て、ぎゅっ鼻先を摘まれた。
びっくりして顔を上げると、雨宮課長がいたずらっ子みたいな顔をしていた。

「あまみやかちょう!」

鼻声で抗議すると、課長が笑う。

「奈々ちゃん、もう落ち込むのはやめよう。起きてしまったことは仕方ないんだから。それに俺は奈々ちゃんと一緒にいられて嬉しいんだよ。全然迷惑だとか思っていないから」

私の心配を雨宮課長は全部わかっているみたいだ。

「うれしいんですか?」

私の鼻を摘んだまま雨宮課長が頷く。

「好きな人と一緒にいられるんだからね。こうやって鼻も摘めるし」

好きな人という言葉にカアッと頬が熱くなった。

「もうっ、鼻つまみはやめて下さい!」

照れくさくて、わざと怒ったような言い方で抗議した。
あははと言って雨宮課長が私の鼻先から指を離した。鼻先には雨宮課長の体温が残っていてドキドキした。

その後も雨宮課長は私との距離を程よくとってくれながら一緒にいてくれた。
マンションの周辺を案内してくれたり、公園を歩いたり、スーパーに一緒に買い物にも行ったりした。

夜はリビングの大きなテレビで映画を観た。
雨宮課長も私も映画好きだから、映画を観終わった後は感想を言い合ったり、他の映画の話になったりして、気づくと深夜になっていた。

それで雨宮課長が付き合う前の私とファミレスで朝まで映画の話をしたことがあると言った。

「朝六時までファミレスにいたんですか?」

雨宮課長の話に驚いて眉を上げると、隣に座る雨宮課長がクスリと笑う。

「うん。新橋の名画座で『ショーシャンクの空に』を観た後で、奈々ちゃんとファミレスに入ることになって。それでずっと映画の話。楽しかったな。こんなに話が合う人がいるんだと思ったよ。それまでは奈々ちゃんとは会社での付き合いしかなかったからさ。思えばあの夜から奈々ちゃんとの恋が始まったのかもしれない」

目を細めて遠くを見つめる雨宮課長の横顔がキラキラと輝いていた。

「そうなんですか」

思い出せないことが寂しい。
きっと楽しい夜だったんだろうな。

「でもさ、今夜も一緒に映画を観て、感想を話して思ったけど、奈々ちゃんとはやっぱり話が合うな」

こちらに顔を向けた雨宮課長と視線が合ってドキッとする。
今の私を認めてくれたみたいで嬉しい。

「あ、ありがとうございます」

なんて言ったらわからなくて、俯くと、また雨宮課長にギュッと鼻先を摘まれた。

「やめて下さいよ」
「奈々ちゃんの鼻先、摘まみたくなるんだよな」

そう言って雨宮課長が楽しそうに笑う。
雨宮課長にも子どもっぽい所があるんだと思ったら、なんだかほっとした。

この4日間で雨宮課長の存在は会社の人から親しい人に変わった。
まだ緊張することもあるけど、一緒に生活をするのが楽しくなった。

そして月曜日――。
今日からやっと会社に行ける。お気に入りのライトグレーのパンツスーツを着て、リビングに行くと、ネイビーのスーツをカッコよく着た雨宮課長が既にいた。

「俺も病院に行くから」と言われて、コーヒーの入ったピンクのマグカップを持つ手が止まる。
「え?」
「会社に行く前に病院で抜糸してもらうんだろ? 一緒に行くから」
「一人で大丈夫ですよ。子どもじゃないんだから」
「俺が心配なんだ」
「大丈夫ですって」
「ダメ。ついて行く」

雨宮課長は全く意見を変える気はないようだ。
新人だった頃に雨宮課長に企画書のことでダメ出しを沢山されたことを思い出した。
その時はわからずやの上司に腹を立てていたけど、今は私が出した企画書が全然ダメだったことがわかるので、雨宮課長のダメ出しは当然だったとわかる。むしろ新人の私に根気よく付き合ってくれてありがたかった。

その頃のことを思い出して、思わず笑みが浮かんだ。

「何?」

雨宮課長が僅かに眉を寄せる。

「言い合いをしていたら新人だった頃を思い出したんです。雨宮課長によくダメ出しをされて、毎日のように私たち総務のオフィスで言い合いをしていましたよね」
「そんなこともあったな。あの時は奈々ちゃんに手を焼いたよ」

クスッと雨宮課長が笑う。

「あの時の雨宮課長と、今ここにいる雨宮課長は同じ人なんですよね」
「そうだよ。ここにいるのは奈々ちゃんの企画書に散々ダメ出しをした俺だよ。だから俺が頑固なのはよく知っているだろ?」

雨宮課長が優しい目で私を見た。
何だかくすぐったい気持ちになる。

「わかりました。病院の付き添いお願いします」
「OKしてくれてありがとう」

ほっとした表情を浮かべた雨宮課長が何だか可笑しくて、また笑みが浮かんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ

桜庭かなめ
恋愛
 高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。  あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。  3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。  出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2026.1.21)  ※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録や感想をお待ちしております。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

処理中です...