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第三章 根子神様
24 母と山崎さん
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ドタドタというこちらに向かってくる足音が、振動として伝わってきた。
「美空ちゃん!」
「ちょっと山崎さん、待って待って」
懐かしい母の声が、焦りを含む山崎さんの声を追いかけつつ、こちらに向かっている。
唐突に飛び込んできた騒音でハッと目を覚ますと、全身に汗をかいていた。こたつでうたた寝をしていたからだろう。身体を起こそうとすると、後ろにぎゅっと引き寄せられる。
「美空、誰? 何……?」
ゴラくんの不安そうな声が、頭上から降ってきた。そこで気付く。ゴラくんは、テレビでは私以外の人間を見たことがあっても、実際に接したのは先程の名雲さんが初めてだ。しかも、接したといってもまともな会話は一つも交わしておらず、ただ根っこで縛り上げて懲らしめただけ。暴れている野生動物を捕らえたのとなんら変わりはない。
従って、ゴラくんは他の人間とまともに接したことがまだない。だから怖がるのも分かる。分かるけど。
「ゴラくん、ちょっと離して! これを見られたらさすがにまずいかなあ!」
「美空! 行かないで!」
さっと隙間から抜け出して膝を立てたはいいけど、今度は腰にしがみつかれる。ゴラくんは、私に触れることに一切躊躇がない。
「怖い!」
「大丈夫だから! ね!」
さながら熱海のお宮と貫一の像の様に追い縋るゴラくんを引き離そうと頑張ったけど、悲しいかな、力が違い過ぎる。勢いに負けてゴラくんの膝の上に座ってしまうと、ゴラくんは怯える子供みたいに私の大してない胸に顔を埋めて震え出してしまった。
大きな身体で怖がる姿を見た瞬間、私の心臓が鷲掴みされたかの様に締め付けられる。可愛いとは、正にこのことだ。頭を抱えてやり、「大丈夫だよ、よしよし」と撫でてやると、母性がこれでもかと湧き上がってきた。私の愛情は最早全開になっている。
馬鹿なことに、ゴラくんのあまりの可愛さに、母と母の再婚相手で町長の山崎さんがここに向かっていることを、私の脳みそは完全に失念してしまっていた。同時に複数のことが出来ない残念な脳みそよ。
「……美空、その人誰?」
いつの間にか部屋の中に立っていた母が、興味深そうに尋ねる。その横にいる、小さな母と殆ど背が変わらない山崎さんは、ツヤツヤの頭皮をプルプルと震わせていた。
「君は誰だ! 町では見かけない顔だが、外国の人かな? どうしてこの家に……!」
どうしよう。言い訳を捻り出す前に、まさかのご対面となるとは思わなかった。
「美空、襲ってきたのってその人じゃないわよね?」
「あ、違います」
「じゃあこの人はどこの人?」
母が、相変わらず興味津々な表情で尋ねる。この人はいつもこうだ。楽しそうなことが大好きで、面倒臭くなりそうな人間関係のところにわざわざ行っては、観察を楽しむ。以前、母に疲れないのかと聞いたら、「人間ほど面白いものはない」というなんとも哲学的な答えが返ってきた。私には到底理解出来ない思考回路の持ち主なのだ。
ゴラくんは相変わらず、私の腕の中で震えている。傍から見たら、いちゃついている様にしか見えないだろう。
「ええと……助けてくれた人です」
「美空ちゃん! 助けてくれた人に襲われているのかっ!」
前言撤回。いちゃついている様にではなく、襲われている様に見えるらしい。山崎さんのこの言葉で、何故この二人が急に現れたのかの理由も理解した。センター長が、自社の社員が私を襲ったことを伝えたのだ。
小さな町とはいえ、相手は町長だ。義理ではあっても自分の娘に乱暴されたことをセンター長からではなく周りから聞かされたら、日頃温和な山崎さんとて怒ると思ったのかもしれない。
「いえ、この子は私が面倒を見ていて……」
「面倒? 美空、どういうこと?」
母が、ワクワクした表情で問う。そんな母とは対照的に、山崎さんの表情は険しいものだった。
「はっまさか! 不法入国者や不法就労者とかいった類の人じゃないだろうね!」
「海外の人ではないんですが……」
どうしよう。何と説明すればいいのかが、分からない。困ってゴラくんの頭を抱える腕の力を強めると。
「美空、怖いの? この人達、悪い人?」
「え? いや、そうじゃなくて……」
ゴラくんは、物凄い剣幕の山崎さんのことを敵と認定してしまったらしい。
「そ、それは……?」
山崎さんが、目を大きくしてゴラくんを凝視している。なんだどうしたと思いゴラくんを見ると、なんと彼の腕や首の後ろから根がニョキニョキと伸びてきて、私達の間にバリケートのような植物の壁を作り出しているじゃないか。
ハッとしてゴラくんの頭を見ると、まだあの葉っぱが付いている。何となく読めたかもしれない。ゴラくんは、あの木と交信を行なった後、まだ精神が繋がったままでその力を借りているのではないか。
「これは……まさか!」
山崎さんが何かを言っている。まさかとは何だろう。あわあわと慌てながら私に問う。
「美空ちゃん! もしやそのお方は、ネコガミサマじゃ!」
「ネコガミサマ? なんですかそれ」
猫っぽいところはどこもない。そのままを伝えることにする。
「猫っぽいところは特に」
「違う違う! にゃーの猫じゃなくて、根っこの子供で根子神様だよ!」
「根子神様……?」
何だかそれっぽい名前の様に聞こえるけど、ゴラくんはマンドラゴラだ。本人がそう名乗ったから、間違いはない。
ということで、これもそのまま伝えることにする。ここまで非現実的な場面を目の当たりにしたら、きっと山崎さんも信じてくれるに違いない。
「いえ、彼はマンドラゴラです」
「だ、だから多分それだよ!」
「え?」
私にしがみついて、怖いのに守ろうとしている健気なゴラくんの目を探す。相変わらず綺麗な紫眼が、まるで私を守ってみせるとばかりに強い意思を映し出していた。
「美空ちゃん!」
「ちょっと山崎さん、待って待って」
懐かしい母の声が、焦りを含む山崎さんの声を追いかけつつ、こちらに向かっている。
唐突に飛び込んできた騒音でハッと目を覚ますと、全身に汗をかいていた。こたつでうたた寝をしていたからだろう。身体を起こそうとすると、後ろにぎゅっと引き寄せられる。
「美空、誰? 何……?」
ゴラくんの不安そうな声が、頭上から降ってきた。そこで気付く。ゴラくんは、テレビでは私以外の人間を見たことがあっても、実際に接したのは先程の名雲さんが初めてだ。しかも、接したといってもまともな会話は一つも交わしておらず、ただ根っこで縛り上げて懲らしめただけ。暴れている野生動物を捕らえたのとなんら変わりはない。
従って、ゴラくんは他の人間とまともに接したことがまだない。だから怖がるのも分かる。分かるけど。
「ゴラくん、ちょっと離して! これを見られたらさすがにまずいかなあ!」
「美空! 行かないで!」
さっと隙間から抜け出して膝を立てたはいいけど、今度は腰にしがみつかれる。ゴラくんは、私に触れることに一切躊躇がない。
「怖い!」
「大丈夫だから! ね!」
さながら熱海のお宮と貫一の像の様に追い縋るゴラくんを引き離そうと頑張ったけど、悲しいかな、力が違い過ぎる。勢いに負けてゴラくんの膝の上に座ってしまうと、ゴラくんは怯える子供みたいに私の大してない胸に顔を埋めて震え出してしまった。
大きな身体で怖がる姿を見た瞬間、私の心臓が鷲掴みされたかの様に締め付けられる。可愛いとは、正にこのことだ。頭を抱えてやり、「大丈夫だよ、よしよし」と撫でてやると、母性がこれでもかと湧き上がってきた。私の愛情は最早全開になっている。
馬鹿なことに、ゴラくんのあまりの可愛さに、母と母の再婚相手で町長の山崎さんがここに向かっていることを、私の脳みそは完全に失念してしまっていた。同時に複数のことが出来ない残念な脳みそよ。
「……美空、その人誰?」
いつの間にか部屋の中に立っていた母が、興味深そうに尋ねる。その横にいる、小さな母と殆ど背が変わらない山崎さんは、ツヤツヤの頭皮をプルプルと震わせていた。
「君は誰だ! 町では見かけない顔だが、外国の人かな? どうしてこの家に……!」
どうしよう。言い訳を捻り出す前に、まさかのご対面となるとは思わなかった。
「美空、襲ってきたのってその人じゃないわよね?」
「あ、違います」
「じゃあこの人はどこの人?」
母が、相変わらず興味津々な表情で尋ねる。この人はいつもこうだ。楽しそうなことが大好きで、面倒臭くなりそうな人間関係のところにわざわざ行っては、観察を楽しむ。以前、母に疲れないのかと聞いたら、「人間ほど面白いものはない」というなんとも哲学的な答えが返ってきた。私には到底理解出来ない思考回路の持ち主なのだ。
ゴラくんは相変わらず、私の腕の中で震えている。傍から見たら、いちゃついている様にしか見えないだろう。
「ええと……助けてくれた人です」
「美空ちゃん! 助けてくれた人に襲われているのかっ!」
前言撤回。いちゃついている様にではなく、襲われている様に見えるらしい。山崎さんのこの言葉で、何故この二人が急に現れたのかの理由も理解した。センター長が、自社の社員が私を襲ったことを伝えたのだ。
小さな町とはいえ、相手は町長だ。義理ではあっても自分の娘に乱暴されたことをセンター長からではなく周りから聞かされたら、日頃温和な山崎さんとて怒ると思ったのかもしれない。
「いえ、この子は私が面倒を見ていて……」
「面倒? 美空、どういうこと?」
母が、ワクワクした表情で問う。そんな母とは対照的に、山崎さんの表情は険しいものだった。
「はっまさか! 不法入国者や不法就労者とかいった類の人じゃないだろうね!」
「海外の人ではないんですが……」
どうしよう。何と説明すればいいのかが、分からない。困ってゴラくんの頭を抱える腕の力を強めると。
「美空、怖いの? この人達、悪い人?」
「え? いや、そうじゃなくて……」
ゴラくんは、物凄い剣幕の山崎さんのことを敵と認定してしまったらしい。
「そ、それは……?」
山崎さんが、目を大きくしてゴラくんを凝視している。なんだどうしたと思いゴラくんを見ると、なんと彼の腕や首の後ろから根がニョキニョキと伸びてきて、私達の間にバリケートのような植物の壁を作り出しているじゃないか。
ハッとしてゴラくんの頭を見ると、まだあの葉っぱが付いている。何となく読めたかもしれない。ゴラくんは、あの木と交信を行なった後、まだ精神が繋がったままでその力を借りているのではないか。
「これは……まさか!」
山崎さんが何かを言っている。まさかとは何だろう。あわあわと慌てながら私に問う。
「美空ちゃん! もしやそのお方は、ネコガミサマじゃ!」
「ネコガミサマ? なんですかそれ」
猫っぽいところはどこもない。そのままを伝えることにする。
「猫っぽいところは特に」
「違う違う! にゃーの猫じゃなくて、根っこの子供で根子神様だよ!」
「根子神様……?」
何だかそれっぽい名前の様に聞こえるけど、ゴラくんはマンドラゴラだ。本人がそう名乗ったから、間違いはない。
ということで、これもそのまま伝えることにする。ここまで非現実的な場面を目の当たりにしたら、きっと山崎さんも信じてくれるに違いない。
「いえ、彼はマンドラゴラです」
「だ、だから多分それだよ!」
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