マンドラゴラの王様

ミドリ

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第三章 根子神様

25 観察日記を見せてみる

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 ――根子神様? ゴラくんが? そもそも根子神様が何かも知らないけど。

 根っこのバリケードの隙間から、小柄な山崎さんがぴょんぴょん跳ねている。だけど、ゴラくんは私を守ろうと必死なのか、私を山崎さんから遠ざけようとしており、視界が邪魔されてよく見えない。

「あの、ゴラくん、あの人は大丈夫だよ。お母さんの旦那さん。ええと――夫婦!」
「そうなの?」

 ようやく、ゴラくんの身体の強張りが取れてきた。私の言葉で、山崎さんの敵認定は解除されたらしい。そして母は何をしているかというと、こたつに入って一人ずずず、とお茶を啜っていた。こういう人なのだ。

「じゃあ止める」

 ゴラくんはそう言うと、どういう原理なのか、シュルシュルと身体のあちこちから生えた根を引っ込め始めた。だけどここで、問題が起きる。バリケードを作る際に隙間なく根を絡めてしまったので、根が複雑に絡まったままのだ。収集される内に、ゴラくんの身体がキュッと絞められていく。私を腕の中に包み込んだまま。

「美空! 助けて!」

 何とも間抜けな半泣きの顔でそんなことを言われては、最近活発に活動している私の母性本能が、これでもかと擽られてしまう。またもや苦しくなる心臓を、拳で上から押さえた。密着するゴラくんの腕の中で、本気で息苦しくなってきた圧迫に耐えながら、問い返す。

「どうしたらいいの!」
「どこかにさっきの子の葉っぱがあるから、取って!」

 なるほど。分かり易い。私は片腕を引っこ抜くと、ゴラくんの頭に生えている葉っぱをピン! と一気に引き抜いた。

 途端、絡んでいた根はみるみる内に皺々に枯れ果て、ゴラくんとの接続部から落ちていく。こういう仕組みになっているのかと感心していると、枯れた根のバリケードの向こうから、興奮気味の山崎さんの顔が覗いた。



 人数分のお茶を用意して、小さなこたつに入るともうぎゅうぎゅうだ。

 母が、お茶のお代わりを美味しそうに飲みつつ言う。

「美空、こたつちょっと小さいんじゃない?」
「そうなんだよね。そう思って、大きいのに買い換えようとして大掃除をしていたら、名雲さんが来て大騒ぎになったんだよ」

 名雲さんと聞いて、山崎さんのこめかみがピクリと震えた。名前はセンター長から聞いているのだろう。

「よりによって由紀ちゃんの大事な美空ちゃんをそんな目に合わせるなんて、不届き千万だ!」
「ゴラくんだっけ? がいてよかったわねえ、美空」
「うん、そうだね」

 母親ならもう少し慌てるとか何とかあって然るべきだと思うけど、その点母は楽観主義というか、済んでしまったことはまあいいかな人なので、娘の心配もあまりしない。そもそも心配する様な母だったら、再婚する時に私を無理矢理にでも町に連れて行っていただろう。

 本人曰く、「逞しく生きろ。人生は一度きりだ」だそうだ。我が母ながら、その辺の男性よりも遥かに逞しい信念だ。

 今はもう連絡も完全に途絶えた級友達は、よく彼女たちの母親の過干渉を嘆いていたけど、私に限ってはそれはない。でも、放置されていた訳でもない。好きな様に選択させてもらっていた、と言った方が正しいだろう。

 大学の雰囲気にどうしてもついていけなくなった時、悩み悩んで母にようやく打ち明けた中退したいという願いは、「後悔しないならいいんじゃない?」のひと言であっさりと受理された。どうしてだとか、努力はしたのかとか、私を責める様な言葉は一つもその口からは出て来なかった。

 だから、甘えていると思われそうだったけど、今はこの場所でゆっくりと過ごしたいと伝えると、一応一度はあった町へ一緒に行くかの声掛けはもう二度となかった。

 去る母の後ろ姿を見送るのは、寂しくなかったと言えば嘘になる。孤独を感じてしまい、落ち込んだのもまた事実だ。

 だけど、ここから離れてはいけないという焦燥感が、私の中には常にあった。

 私の居場所はここしかなく、ここから動くことは精神的な死を意味すると思えるくらい、この地から離れるのが恐ろしかった。

 もしかすると、大学でうまくやれなかったのも、根底にこの思いがあったからじゃないかと思っている。

「ちなみに、どこでどう出会ったんだい?」

 山崎さんは、興味津々だ。彼がどうして根子神様という存在を知っていたかの話は、まだ聞かされていない。山崎さんは先祖代々この地に住んでいるそうなので、伝承か何かにあるんだろうか。

「うちの山が裏にあるんですけど、そこに生えてたんです」
「生えてた! へえー! どんな風にだい?」

 前も思ったけど、写真の一枚でも撮っておけばよかったと本当に後悔した。日頃誰ともやり取りをしない携帯は、私の部屋にほぼ常駐している。だから、それもあって、写真を撮ろうという考えがあの時は起こらなかったのだ。

 額が地面から飛び出ているあの姿は衝撃以外の何物でもなかったけど、それを記録として残しておけば、物的証拠として、その根子神様とやらを知らない人にも信じてもらい易かったんじゃないか。

 だけど、時既に遅し。ゴラくんがこうして人間と同じ様に過ごす存在となった以上、今さっきの様に不思議な現象を見せてくれない限り、最早誰も信じないだろう。

 逆に、何故山崎さんがこうもすんなりと信じたかの方が不思議だ。まあ、この柔軟性がなければ、母と結婚なんてそもそも無理だったかもしれないけど。

「あ、観察日記があるので読みますか?」
「観察日記? 書いたの?」
「はい」

 私が真面目な顔で答えると、母は可笑そうにケラケラと笑った。山崎さんはどう反応すべきか戸惑っているのか、微妙な笑いを浮かべている。だけど、興味はあるらしい。狭いこたつ板の上に身を乗り出すと、人の良さそうな笑顔に変わる。

 部屋から観察日記を持ってきて手渡すと、時に目を見開きながら、時にくすりと笑いながら、熱心に最後まできちんと読んでくれた。
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