24 / 48
第三章 根子神様
24 母と山崎さん
しおりを挟む
ドタドタというこちらに向かってくる足音が、振動として伝わってきた。
「美空ちゃん!」
「ちょっと山崎さん、待って待って」
懐かしい母の声が、焦りを含む山崎さんの声を追いかけつつ、こちらに向かっている。
唐突に飛び込んできた騒音でハッと目を覚ますと、全身に汗をかいていた。こたつでうたた寝をしていたからだろう。身体を起こそうとすると、後ろにぎゅっと引き寄せられる。
「美空、誰? 何……?」
ゴラくんの不安そうな声が、頭上から降ってきた。そこで気付く。ゴラくんは、テレビでは私以外の人間を見たことがあっても、実際に接したのは先程の名雲さんが初めてだ。しかも、接したといってもまともな会話は一つも交わしておらず、ただ根っこで縛り上げて懲らしめただけ。暴れている野生動物を捕らえたのとなんら変わりはない。
従って、ゴラくんは他の人間とまともに接したことがまだない。だから怖がるのも分かる。分かるけど。
「ゴラくん、ちょっと離して! これを見られたらさすがにまずいかなあ!」
「美空! 行かないで!」
さっと隙間から抜け出して膝を立てたはいいけど、今度は腰にしがみつかれる。ゴラくんは、私に触れることに一切躊躇がない。
「怖い!」
「大丈夫だから! ね!」
さながら熱海のお宮と貫一の像の様に追い縋るゴラくんを引き離そうと頑張ったけど、悲しいかな、力が違い過ぎる。勢いに負けてゴラくんの膝の上に座ってしまうと、ゴラくんは怯える子供みたいに私の大してない胸に顔を埋めて震え出してしまった。
大きな身体で怖がる姿を見た瞬間、私の心臓が鷲掴みされたかの様に締め付けられる。可愛いとは、正にこのことだ。頭を抱えてやり、「大丈夫だよ、よしよし」と撫でてやると、母性がこれでもかと湧き上がってきた。私の愛情は最早全開になっている。
馬鹿なことに、ゴラくんのあまりの可愛さに、母と母の再婚相手で町長の山崎さんがここに向かっていることを、私の脳みそは完全に失念してしまっていた。同時に複数のことが出来ない残念な脳みそよ。
「……美空、その人誰?」
いつの間にか部屋の中に立っていた母が、興味深そうに尋ねる。その横にいる、小さな母と殆ど背が変わらない山崎さんは、ツヤツヤの頭皮をプルプルと震わせていた。
「君は誰だ! 町では見かけない顔だが、外国の人かな? どうしてこの家に……!」
どうしよう。言い訳を捻り出す前に、まさかのご対面となるとは思わなかった。
「美空、襲ってきたのってその人じゃないわよね?」
「あ、違います」
「じゃあこの人はどこの人?」
母が、相変わらず興味津々な表情で尋ねる。この人はいつもこうだ。楽しそうなことが大好きで、面倒臭くなりそうな人間関係のところにわざわざ行っては、観察を楽しむ。以前、母に疲れないのかと聞いたら、「人間ほど面白いものはない」というなんとも哲学的な答えが返ってきた。私には到底理解出来ない思考回路の持ち主なのだ。
ゴラくんは相変わらず、私の腕の中で震えている。傍から見たら、いちゃついている様にしか見えないだろう。
「ええと……助けてくれた人です」
「美空ちゃん! 助けてくれた人に襲われているのかっ!」
前言撤回。いちゃついている様にではなく、襲われている様に見えるらしい。山崎さんのこの言葉で、何故この二人が急に現れたのかの理由も理解した。センター長が、自社の社員が私を襲ったことを伝えたのだ。
小さな町とはいえ、相手は町長だ。義理ではあっても自分の娘に乱暴されたことをセンター長からではなく周りから聞かされたら、日頃温和な山崎さんとて怒ると思ったのかもしれない。
「いえ、この子は私が面倒を見ていて……」
「面倒? 美空、どういうこと?」
母が、ワクワクした表情で問う。そんな母とは対照的に、山崎さんの表情は険しいものだった。
「はっまさか! 不法入国者や不法就労者とかいった類の人じゃないだろうね!」
「海外の人ではないんですが……」
どうしよう。何と説明すればいいのかが、分からない。困ってゴラくんの頭を抱える腕の力を強めると。
「美空、怖いの? この人達、悪い人?」
「え? いや、そうじゃなくて……」
ゴラくんは、物凄い剣幕の山崎さんのことを敵と認定してしまったらしい。
「そ、それは……?」
山崎さんが、目を大きくしてゴラくんを凝視している。なんだどうしたと思いゴラくんを見ると、なんと彼の腕や首の後ろから根がニョキニョキと伸びてきて、私達の間にバリケートのような植物の壁を作り出しているじゃないか。
ハッとしてゴラくんの頭を見ると、まだあの葉っぱが付いている。何となく読めたかもしれない。ゴラくんは、あの木と交信を行なった後、まだ精神が繋がったままでその力を借りているのではないか。
「これは……まさか!」
山崎さんが何かを言っている。まさかとは何だろう。あわあわと慌てながら私に問う。
「美空ちゃん! もしやそのお方は、ネコガミサマじゃ!」
「ネコガミサマ? なんですかそれ」
猫っぽいところはどこもない。そのままを伝えることにする。
「猫っぽいところは特に」
「違う違う! にゃーの猫じゃなくて、根っこの子供で根子神様だよ!」
「根子神様……?」
何だかそれっぽい名前の様に聞こえるけど、ゴラくんはマンドラゴラだ。本人がそう名乗ったから、間違いはない。
ということで、これもそのまま伝えることにする。ここまで非現実的な場面を目の当たりにしたら、きっと山崎さんも信じてくれるに違いない。
「いえ、彼はマンドラゴラです」
「だ、だから多分それだよ!」
「え?」
私にしがみついて、怖いのに守ろうとしている健気なゴラくんの目を探す。相変わらず綺麗な紫眼が、まるで私を守ってみせるとばかりに強い意思を映し出していた。
「美空ちゃん!」
「ちょっと山崎さん、待って待って」
懐かしい母の声が、焦りを含む山崎さんの声を追いかけつつ、こちらに向かっている。
唐突に飛び込んできた騒音でハッと目を覚ますと、全身に汗をかいていた。こたつでうたた寝をしていたからだろう。身体を起こそうとすると、後ろにぎゅっと引き寄せられる。
「美空、誰? 何……?」
ゴラくんの不安そうな声が、頭上から降ってきた。そこで気付く。ゴラくんは、テレビでは私以外の人間を見たことがあっても、実際に接したのは先程の名雲さんが初めてだ。しかも、接したといってもまともな会話は一つも交わしておらず、ただ根っこで縛り上げて懲らしめただけ。暴れている野生動物を捕らえたのとなんら変わりはない。
従って、ゴラくんは他の人間とまともに接したことがまだない。だから怖がるのも分かる。分かるけど。
「ゴラくん、ちょっと離して! これを見られたらさすがにまずいかなあ!」
「美空! 行かないで!」
さっと隙間から抜け出して膝を立てたはいいけど、今度は腰にしがみつかれる。ゴラくんは、私に触れることに一切躊躇がない。
「怖い!」
「大丈夫だから! ね!」
さながら熱海のお宮と貫一の像の様に追い縋るゴラくんを引き離そうと頑張ったけど、悲しいかな、力が違い過ぎる。勢いに負けてゴラくんの膝の上に座ってしまうと、ゴラくんは怯える子供みたいに私の大してない胸に顔を埋めて震え出してしまった。
大きな身体で怖がる姿を見た瞬間、私の心臓が鷲掴みされたかの様に締め付けられる。可愛いとは、正にこのことだ。頭を抱えてやり、「大丈夫だよ、よしよし」と撫でてやると、母性がこれでもかと湧き上がってきた。私の愛情は最早全開になっている。
馬鹿なことに、ゴラくんのあまりの可愛さに、母と母の再婚相手で町長の山崎さんがここに向かっていることを、私の脳みそは完全に失念してしまっていた。同時に複数のことが出来ない残念な脳みそよ。
「……美空、その人誰?」
いつの間にか部屋の中に立っていた母が、興味深そうに尋ねる。その横にいる、小さな母と殆ど背が変わらない山崎さんは、ツヤツヤの頭皮をプルプルと震わせていた。
「君は誰だ! 町では見かけない顔だが、外国の人かな? どうしてこの家に……!」
どうしよう。言い訳を捻り出す前に、まさかのご対面となるとは思わなかった。
「美空、襲ってきたのってその人じゃないわよね?」
「あ、違います」
「じゃあこの人はどこの人?」
母が、相変わらず興味津々な表情で尋ねる。この人はいつもこうだ。楽しそうなことが大好きで、面倒臭くなりそうな人間関係のところにわざわざ行っては、観察を楽しむ。以前、母に疲れないのかと聞いたら、「人間ほど面白いものはない」というなんとも哲学的な答えが返ってきた。私には到底理解出来ない思考回路の持ち主なのだ。
ゴラくんは相変わらず、私の腕の中で震えている。傍から見たら、いちゃついている様にしか見えないだろう。
「ええと……助けてくれた人です」
「美空ちゃん! 助けてくれた人に襲われているのかっ!」
前言撤回。いちゃついている様にではなく、襲われている様に見えるらしい。山崎さんのこの言葉で、何故この二人が急に現れたのかの理由も理解した。センター長が、自社の社員が私を襲ったことを伝えたのだ。
小さな町とはいえ、相手は町長だ。義理ではあっても自分の娘に乱暴されたことをセンター長からではなく周りから聞かされたら、日頃温和な山崎さんとて怒ると思ったのかもしれない。
「いえ、この子は私が面倒を見ていて……」
「面倒? 美空、どういうこと?」
母が、ワクワクした表情で問う。そんな母とは対照的に、山崎さんの表情は険しいものだった。
「はっまさか! 不法入国者や不法就労者とかいった類の人じゃないだろうね!」
「海外の人ではないんですが……」
どうしよう。何と説明すればいいのかが、分からない。困ってゴラくんの頭を抱える腕の力を強めると。
「美空、怖いの? この人達、悪い人?」
「え? いや、そうじゃなくて……」
ゴラくんは、物凄い剣幕の山崎さんのことを敵と認定してしまったらしい。
「そ、それは……?」
山崎さんが、目を大きくしてゴラくんを凝視している。なんだどうしたと思いゴラくんを見ると、なんと彼の腕や首の後ろから根がニョキニョキと伸びてきて、私達の間にバリケートのような植物の壁を作り出しているじゃないか。
ハッとしてゴラくんの頭を見ると、まだあの葉っぱが付いている。何となく読めたかもしれない。ゴラくんは、あの木と交信を行なった後、まだ精神が繋がったままでその力を借りているのではないか。
「これは……まさか!」
山崎さんが何かを言っている。まさかとは何だろう。あわあわと慌てながら私に問う。
「美空ちゃん! もしやそのお方は、ネコガミサマじゃ!」
「ネコガミサマ? なんですかそれ」
猫っぽいところはどこもない。そのままを伝えることにする。
「猫っぽいところは特に」
「違う違う! にゃーの猫じゃなくて、根っこの子供で根子神様だよ!」
「根子神様……?」
何だかそれっぽい名前の様に聞こえるけど、ゴラくんはマンドラゴラだ。本人がそう名乗ったから、間違いはない。
ということで、これもそのまま伝えることにする。ここまで非現実的な場面を目の当たりにしたら、きっと山崎さんも信じてくれるに違いない。
「いえ、彼はマンドラゴラです」
「だ、だから多分それだよ!」
「え?」
私にしがみついて、怖いのに守ろうとしている健気なゴラくんの目を探す。相変わらず綺麗な紫眼が、まるで私を守ってみせるとばかりに強い意思を映し出していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる