2 / 88
貴女の命を私に下さい
2
しおりを挟む
成り行きとはいえ、男性についてビジネスホテルの中に入って行く。男性は慣れたようにエレベーターに乗ると、すぐに十五階のボタンを押す。
両手でトートバッグを抱きしめるように持ち、無言で歩く男性の後に続いてエレベーターに乗る。エレベーターの扉が閉まるとようやく男性は話しかけてきたのだった。
「先に言っておきますが、私は出張でこの県に来ています。普段は他県に住んでいまして」
「はあ……。そうなんですか……」
「仕事が終わって、ホテルに帰る途中、あの橋を通ったら、今にも橋から飛び降りそうな貴女が居たので声を掛けました。ここに連れて来たのも、あのまま貴女を帰したら、また死にそうだったからです。それ以外の他意はありません」
もしかして、犯罪に巻き込む気はないと宣言しているのだろうか。後から訴えられたり、問題になったりしないように。
それを聞く前に、エレベーターは十五階に到着したので、私は男性に続いて、エレベーターを降りたのだった。
男性が部屋の鍵を開けると、壁際のスイッチを押して照明を点ける。
男性の後に続きながら入り口近くの左側の暗い部屋を覗くと、浴室になっているようで、ユニットバスとトイレ、洗面台があった。洗面台に取り付けられた鏡には、みずぼらしい格好をした私の姿が映っており、自然と目を逸らしてしまう。
奥の部屋に行くと、室内はベッドと書き物机、テレビ、電気ポットやカップ、アメニティ類があるだけのよくある部屋だった。
「どこか適当に座って下さい」
男性に勧められるが、ベッドの上には脱ぎ捨てられた服があり、書き物机と書き物机に備え付けの椅子の上には書類が広げられたままだった。どこにも座る場所がなく、私は所在なげに立ち尽くしてしまう。
すると、私の様子に気づいた男性が、ベッドに置いていた服をテレビの前に置いていたスーツケースの上に適当に置いて、場所を作ってくれた。
私がベッドの端に腰掛けると、男性は湯気が立った濃い緑色の液体が入ったカップを渡してくる。
「緑茶です。これで身体を温めて下さい」
「ありがとうございます……」
私は息を吹きかけるが、中に何か入っているのでは無いかと思い、カップの中身をじっと見つめる。そんな私の意図するところに気づいたのか、カップに口を付けていた男性は「緑茶の粉末以外、何も入れていません」と断言したのだった。
恐る恐るカップに口を付けて一口飲む、確かに中身は普段飲み慣れた緑茶であり、ようやく私は一息吐けたのだった。
「そろそろ事情を伺ってもいいですか。何故、あんな危ない真似をしたのか」
「それは……」
「申し遅れましたが、私はこういう者です」
男性はカップを置くと、上着の内側に手を入れる。鈍く銀色に光るやや年季の入った名刺入れを開けると、中から一枚名刺を取り出した。
そのまま名刺を渡そうとするが、カップで両手が塞がっている私を見かねたのか、私の膝の上にそっと名刺を置いてくれたのだった。
「弁護士さん……」
「弁護士の若佐楓と言います」
名刺には名前の他に事務所名と事務所の住所、取り扱っている分野が書かれていた。それによると、男性――若佐先生は隣県にある弁護士事務所に所属している弁護士らしい。主に担当している分野は、交通事故となっていた。
若佐先生は椅子の上に乗っている書類をどかすと、椅子を持って近づいてくる。
「温かいものを口にして少しは気分が落ち着いたでしょう。そろそろ事情を話して下さい。まあ、無理にとは言いませんが……」
名刺から顔を上げると、若佐先生は銀縁眼鏡の位置を直していた。改めて蛍光灯の明るい室内で見ると、皺一つない黒のスーツも、よく整えられた黒の短髪も、いかにも弁護士といった姿であった。
切れ長の黒目も、目に掛かる長い睫毛も魅力的であり、端正な顔立ちをしていた。会社にいたら、さぞかし女子に持て囃された事だろう。
そんな事を考えていると、若佐先生はじっと私を見つめてきた。一瞬だけ心臓が高鳴るが、すぐに静かになる。
「わ、分かりました。話します。つまらなかったり、気分が悪くなったりするような話かもしれませんが……」
「それを決めるのは貴女ではなく私です。……貴女は気にせず、自分の事情を話して下さい」
ピシャリと言い切った若佐先生に、私は臆しそうになるが何度も頷く。
「きっかけは、今年の夏あたりから。私、四月に今の会社に入社したばかりなんです。それで今の職場に配属になって……」
両手でトートバッグを抱きしめるように持ち、無言で歩く男性の後に続いてエレベーターに乗る。エレベーターの扉が閉まるとようやく男性は話しかけてきたのだった。
「先に言っておきますが、私は出張でこの県に来ています。普段は他県に住んでいまして」
「はあ……。そうなんですか……」
「仕事が終わって、ホテルに帰る途中、あの橋を通ったら、今にも橋から飛び降りそうな貴女が居たので声を掛けました。ここに連れて来たのも、あのまま貴女を帰したら、また死にそうだったからです。それ以外の他意はありません」
もしかして、犯罪に巻き込む気はないと宣言しているのだろうか。後から訴えられたり、問題になったりしないように。
それを聞く前に、エレベーターは十五階に到着したので、私は男性に続いて、エレベーターを降りたのだった。
男性が部屋の鍵を開けると、壁際のスイッチを押して照明を点ける。
男性の後に続きながら入り口近くの左側の暗い部屋を覗くと、浴室になっているようで、ユニットバスとトイレ、洗面台があった。洗面台に取り付けられた鏡には、みずぼらしい格好をした私の姿が映っており、自然と目を逸らしてしまう。
奥の部屋に行くと、室内はベッドと書き物机、テレビ、電気ポットやカップ、アメニティ類があるだけのよくある部屋だった。
「どこか適当に座って下さい」
男性に勧められるが、ベッドの上には脱ぎ捨てられた服があり、書き物机と書き物机に備え付けの椅子の上には書類が広げられたままだった。どこにも座る場所がなく、私は所在なげに立ち尽くしてしまう。
すると、私の様子に気づいた男性が、ベッドに置いていた服をテレビの前に置いていたスーツケースの上に適当に置いて、場所を作ってくれた。
私がベッドの端に腰掛けると、男性は湯気が立った濃い緑色の液体が入ったカップを渡してくる。
「緑茶です。これで身体を温めて下さい」
「ありがとうございます……」
私は息を吹きかけるが、中に何か入っているのでは無いかと思い、カップの中身をじっと見つめる。そんな私の意図するところに気づいたのか、カップに口を付けていた男性は「緑茶の粉末以外、何も入れていません」と断言したのだった。
恐る恐るカップに口を付けて一口飲む、確かに中身は普段飲み慣れた緑茶であり、ようやく私は一息吐けたのだった。
「そろそろ事情を伺ってもいいですか。何故、あんな危ない真似をしたのか」
「それは……」
「申し遅れましたが、私はこういう者です」
男性はカップを置くと、上着の内側に手を入れる。鈍く銀色に光るやや年季の入った名刺入れを開けると、中から一枚名刺を取り出した。
そのまま名刺を渡そうとするが、カップで両手が塞がっている私を見かねたのか、私の膝の上にそっと名刺を置いてくれたのだった。
「弁護士さん……」
「弁護士の若佐楓と言います」
名刺には名前の他に事務所名と事務所の住所、取り扱っている分野が書かれていた。それによると、男性――若佐先生は隣県にある弁護士事務所に所属している弁護士らしい。主に担当している分野は、交通事故となっていた。
若佐先生は椅子の上に乗っている書類をどかすと、椅子を持って近づいてくる。
「温かいものを口にして少しは気分が落ち着いたでしょう。そろそろ事情を話して下さい。まあ、無理にとは言いませんが……」
名刺から顔を上げると、若佐先生は銀縁眼鏡の位置を直していた。改めて蛍光灯の明るい室内で見ると、皺一つない黒のスーツも、よく整えられた黒の短髪も、いかにも弁護士といった姿であった。
切れ長の黒目も、目に掛かる長い睫毛も魅力的であり、端正な顔立ちをしていた。会社にいたら、さぞかし女子に持て囃された事だろう。
そんな事を考えていると、若佐先生はじっと私を見つめてきた。一瞬だけ心臓が高鳴るが、すぐに静かになる。
「わ、分かりました。話します。つまらなかったり、気分が悪くなったりするような話かもしれませんが……」
「それを決めるのは貴女ではなく私です。……貴女は気にせず、自分の事情を話して下さい」
ピシャリと言い切った若佐先生に、私は臆しそうになるが何度も頷く。
「きっかけは、今年の夏あたりから。私、四月に今の会社に入社したばかりなんです。それで今の職場に配属になって……」
11
あなたにおすすめの小説
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
藍生蕗
恋愛
大学二年生、二十歳の千田 史織は内気な性格を直したくて京都へと一人旅を決行。そこで見舞われたアクシデントで出会った男性に感銘を受け、改めて変わりたいと奮起する。
それから四年後、従姉のお見合い相手に探りを入れて欲しいと頼まれて再び京都へ。
訳あり跡取り息子と、少し惚けた箱入り娘のすれ違い恋物語
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる