【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩

文字の大きさ
32 / 88
こんなつもりじゃなかった【楓視点】

32

しおりを挟む
 シャワーを浴びて、備品のタオルで髪を拭きながら事務室に入ると、ブロンドのウェーブ髪を背中に垂らした女性が窓辺にある観葉植物に水やりをしていたのだった。

「ジェニファー」
「グッドモーニング! カエデ」

 日本で購入したという象の形をしたじょうろを片手に振り向いたのは、ロング法律事務所の所長の娘であり、事務所のパラリーガル兼受付嬢でもある、俺の幼馴染みのジェニファー・ロングだった。

「今朝は随分と早いのね」
「シャワーを借りに来たんだ」

 ジェニファーが用意してくれたと思しき、コーヒーメーカーからコーヒーを貰うと、自分の机でいただく事にする。

「シャワーなら自宅にもあるでしょう?」
「なんとなく、事務所のシャワーを使いたかったんだ」

 付き合いが長い分、幼馴染みのジェニファーとは軽口を叩き合えるので、小春と話す時よりも話しやすい。
 小春の前では、つい格好つけてしまうというのもあるが――。

「もう! 昨日、珍しく早退するくらいだから、夫婦水入らずの楽しい時間を過ごしたと思ったのに……」
「楽しい時間?」
「隠さなくたっていいじゃない! カエデの奥さん、こっちに来ているんでしょう。さぞ濃密な時間を過ごしたんじゃないの? オシャレなレストランで食事した後に、一緒にバスタイムを過ごしたり、朝までベッドで抱き合ったりして。ちゃんと避妊した? あっ、そもそも夫婦だからしなくていいか!」

 さすがは性にオープンな国。世間話の様に朝から堂々と性的な話を口にする。
 俺は「してない」と端的に返すと、コーヒーに口をつける。

「そもそも、どうして小春が――俺の妻がこっちに来てるって分かるんだ」
「奥さんの名前は、コハルって言うのね。ようやく教えてくれたわ」
「話しを逸らすな。ジェニファー」
「だって、昨日、事務所の入り口に来てたでしょう。あの子がコハルじゃないの?」
「それは……」

 昨日の昼休みにクライアントが来所する予定をジェニファーに話していたところ、ジェニファーに「事務所の入り口に日本人がいる」と教えられた。
 俺が振り向いた時には、後ろ姿しか見えなかったが、小春の後ろ姿にそっくりだった。
 そうは思っても、日本にいるはずの小春がこっちにいるはずがない。もし小春がこっちに来るのなら、あらかじめ連絡を寄越すだろう。
 そんな事を考えながら仕事をしていたからか、昨日の午後は全く仕事に集中出来なかった。
 不安に駆られた俺は、念の為、小春にメッセージを送ったのだった。

『今、どこにいますか?』

 すぐに返事は来ないだろうと思っていると、案外早く、返信が来た。

『日本にいます』

 その返信に一度は安堵するが、(待てよ)とすぐに考え直す。

(そもそも、日本にいるなら、『日本にいる』と返すだろうか……?)

 この返信ではまるで小春が日本にいない様な書き方だ。
 すぐに確かめようと返信を送ろうとしたところで、先程のメッセージが取り消され、別のメッセージが送られてきた。

『自宅にいます。特に変わりはありません』

 その返信にますます不安が募る。加えて、いつもなら絵文字や女性らしい絵柄のスタンプも送られてくるはずが、今回に限って、絵文字も何もない端的な文章なのも小春らしくない。

(まさか、事件に巻き込まれていないよな……)

 居ても立っても居られず、手洗いに行く振りをして席を立つと、電話帳から小春の番号を選択する。発信ボタンを押そうとするが、指を止めてしまう。

(待てよ。もし、これが俺の勘違いだとしたら……)

 そんな事をしたら、ますます小春を困らせてしまう。俺は小春の番号をキャンセルすると、代わりに別の番号を選択して、発信ボタンを押したのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

消えた記憶

詩織
恋愛
交通事故で一部の記憶がなくなった彩芽。大事な旦那さんの記憶が全くない。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...