31 / 88
こんなつもりじゃなかった【楓視点】
31
しおりを挟む
「うまいな……」
軽く食べるはずが、気がつけば皿は空になっていた。
小春が作った料理を食べるのは久しぶりだったが、こんなに料理が上達していたとは知らなかった。
同居したばかりの頃は、いかにも箱入り娘といった感じで全く家事が出来なかった。
最初の日に張り切って作ったハンバーグだかコロッケだかを丸焦げにしてからは、食事は冷凍食品か近所のスーパーで買ってきた総菜品や弁当を食べていた。洗濯や掃除も一度失敗してからは、説明書を読みながらなんとかこなしているような状態だった。
それが数か月でこんなにも上達するものなのか。ハンバーグだって初日の通りなら、今まで作れなかっただろうに――。
(手製のハンバーグなんて、祖母が亡くなって以来かもしれない)
食べ終わった皿を洗いながら俺は考える。料理上手だった祖母は色んな料理を作ってくれたが、祖母が亡くなってからは、料理を作れる者がいなくなり、祖父も食事にこだわらなかったので、いつも出前か外食だった。
誰かの手料理を食べるのは、本当に久しぶりだった。
(手料理というのもいいものだな)
思えば、俺が食に興味が無くなったのも祖母が亡くなってからだった。何を食べても、味気なく感じられて――。
それからは、時折、小春が作り置きする料理を食べるようになった。
日に日にレパートリーを増やしているようで、副菜の数も増えた。帰宅する度に今日の夕食は何か考えるようになり、自宅に帰る密かな楽しみになった。
俺が食べている事を小春も気づいているはずだが、何も言ってこなかった。ただメモ用紙を貼らなくなったので、あえて俺のものだと書かなくても、勝手に食べる様になったと思われたのだろう。
どこかでそれが嬉しいような、寂しいような気持ちになっていた。
(小春と離婚したら、もう彼女の料理が食べられないのか……)
数日前に最後のクライアントとの仕事を終え、事務所の退所日が決まった。
小春と結婚した事を所長に報告した時点で、縁談話は消えたので、これでようやく契約結婚の目的を果たした。
それなのに、俺は小春に離婚の話を切り出せないでいる。
小春は寝ていたが、珍しく少し早く帰宅出来たので、帰る途中で買った缶ビールと共に小春が作った野菜炒めを食す。
野菜の炒め具合も塩加減も絶妙な野菜炒めに舌鼓を打ちながら、俺は小春の部屋を見る。
(彼女は、俺の事をどう思っているのだろうか……)
小春からずっと逃げて、すれ違うばかりで、夫婦らしい事は何一つとしてしていない。形だけの夫婦だからそれでいいかもしれないが、離婚の話を切り出せないのなら、少しくらい交流をした方が良いのだろうか。
その時、スマートフォンがメッセージの着信を告げた。メッセージを送ってきたのは、父の大学院時代の同期の弁護士であり、父が亡くなってからも俺を心配して、定期的にメッセージを送ってくれるロング弁護士だった。
メッセージを開くと、英文と時折混ざる絵文字と共に、近況が書かれていた。どうやら俺の幼馴染みであり、ロング弁護士の一人娘のジェニファーが、またも司法試験に落ちたらしい。
俺は苦笑と共にロング弁護士にメッセージを送りながら、ふと思いついたのだった。
(訴訟大国と言われているアメリカで修行したなら、小春の言う「素敵な弁護士」になれるだろうか……)
このまま日本にいても、弁護士としてほとんど成果を挙げられず、小春とすれ違うだけだろう。それなら、アメリカで国際弁護士として経験を積んで、立派な弁護士になれば、小春と向き合う自信を持てるだろうか――。
(それまで小春は待っていてくれるだろうか)
外国は日本に比べて犯罪が多い。そんな危険な場所に、大切な彼女を連れて行けない。
小春には犯罪が多いニューヨークではなく、安全な日本で待っていて欲しい。それをどう伝えればいいのか――。
(早く日本に帰って来ると言えばいい。それまで家の管理を頼むとでも言えば)
だが、そんな俺の目論見は外れ、「私達の関係は終わるんですね」と言った時の小春のどこか嬉しそうな顔に腹を立てると、拗ねた子供の様に一方的に話して、顔を合わせる事もなく、ニューヨークに旅立ってしまったのだった――。
軽く食べるはずが、気がつけば皿は空になっていた。
小春が作った料理を食べるのは久しぶりだったが、こんなに料理が上達していたとは知らなかった。
同居したばかりの頃は、いかにも箱入り娘といった感じで全く家事が出来なかった。
最初の日に張り切って作ったハンバーグだかコロッケだかを丸焦げにしてからは、食事は冷凍食品か近所のスーパーで買ってきた総菜品や弁当を食べていた。洗濯や掃除も一度失敗してからは、説明書を読みながらなんとかこなしているような状態だった。
それが数か月でこんなにも上達するものなのか。ハンバーグだって初日の通りなら、今まで作れなかっただろうに――。
(手製のハンバーグなんて、祖母が亡くなって以来かもしれない)
食べ終わった皿を洗いながら俺は考える。料理上手だった祖母は色んな料理を作ってくれたが、祖母が亡くなってからは、料理を作れる者がいなくなり、祖父も食事にこだわらなかったので、いつも出前か外食だった。
誰かの手料理を食べるのは、本当に久しぶりだった。
(手料理というのもいいものだな)
思えば、俺が食に興味が無くなったのも祖母が亡くなってからだった。何を食べても、味気なく感じられて――。
それからは、時折、小春が作り置きする料理を食べるようになった。
日に日にレパートリーを増やしているようで、副菜の数も増えた。帰宅する度に今日の夕食は何か考えるようになり、自宅に帰る密かな楽しみになった。
俺が食べている事を小春も気づいているはずだが、何も言ってこなかった。ただメモ用紙を貼らなくなったので、あえて俺のものだと書かなくても、勝手に食べる様になったと思われたのだろう。
どこかでそれが嬉しいような、寂しいような気持ちになっていた。
(小春と離婚したら、もう彼女の料理が食べられないのか……)
数日前に最後のクライアントとの仕事を終え、事務所の退所日が決まった。
小春と結婚した事を所長に報告した時点で、縁談話は消えたので、これでようやく契約結婚の目的を果たした。
それなのに、俺は小春に離婚の話を切り出せないでいる。
小春は寝ていたが、珍しく少し早く帰宅出来たので、帰る途中で買った缶ビールと共に小春が作った野菜炒めを食す。
野菜の炒め具合も塩加減も絶妙な野菜炒めに舌鼓を打ちながら、俺は小春の部屋を見る。
(彼女は、俺の事をどう思っているのだろうか……)
小春からずっと逃げて、すれ違うばかりで、夫婦らしい事は何一つとしてしていない。形だけの夫婦だからそれでいいかもしれないが、離婚の話を切り出せないのなら、少しくらい交流をした方が良いのだろうか。
その時、スマートフォンがメッセージの着信を告げた。メッセージを送ってきたのは、父の大学院時代の同期の弁護士であり、父が亡くなってからも俺を心配して、定期的にメッセージを送ってくれるロング弁護士だった。
メッセージを開くと、英文と時折混ざる絵文字と共に、近況が書かれていた。どうやら俺の幼馴染みであり、ロング弁護士の一人娘のジェニファーが、またも司法試験に落ちたらしい。
俺は苦笑と共にロング弁護士にメッセージを送りながら、ふと思いついたのだった。
(訴訟大国と言われているアメリカで修行したなら、小春の言う「素敵な弁護士」になれるだろうか……)
このまま日本にいても、弁護士としてほとんど成果を挙げられず、小春とすれ違うだけだろう。それなら、アメリカで国際弁護士として経験を積んで、立派な弁護士になれば、小春と向き合う自信を持てるだろうか――。
(それまで小春は待っていてくれるだろうか)
外国は日本に比べて犯罪が多い。そんな危険な場所に、大切な彼女を連れて行けない。
小春には犯罪が多いニューヨークではなく、安全な日本で待っていて欲しい。それをどう伝えればいいのか――。
(早く日本に帰って来ると言えばいい。それまで家の管理を頼むとでも言えば)
だが、そんな俺の目論見は外れ、「私達の関係は終わるんですね」と言った時の小春のどこか嬉しそうな顔に腹を立てると、拗ねた子供の様に一方的に話して、顔を合わせる事もなく、ニューヨークに旅立ってしまったのだった――。
11
あなたにおすすめの小説
ホストと女医は診察室で
星野しずく
恋愛
町田慶子は開業したばかりのクリニックで忙しい毎日を送っていた。ある日クリニックに招かれざる客、歌舞伎町のホスト、聖夜が後輩の真也に連れられてやってきた。聖夜の強引な誘いを断れず、慶子は初めてホストクラブを訪れる。しかし、その日の夜、慶子が目覚めたのは…、なぜか聖夜と二人きりのホテルの一室だった…。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】京都若旦那の恋愛事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
藍生蕗
恋愛
大学二年生、二十歳の千田 史織は内気な性格を直したくて京都へと一人旅を決行。そこで見舞われたアクシデントで出会った男性に感銘を受け、改めて変わりたいと奮起する。
それから四年後、従姉のお見合い相手に探りを入れて欲しいと頼まれて再び京都へ。
訳あり跡取り息子と、少し惚けた箱入り娘のすれ違い恋物語
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜
日室千種・ちぐ
恋愛
ランドリック・ゼンゲンは将来を約束された上級騎士であり、麗しの貴公子だ。かつて流した浮名は数知れず、だが真の恋の相手は従姉妹で、その結婚を邪魔しようとしたと噂されている。成人前からゼンゲン侯爵家預かりとなっている子爵家の娘ジョゼットは、とある事情でランドリックと親しんでおり、その噂が嘘だと知っている。彼は人の心に鈍感であることに悩みつつも向き合う、真の努力家であり、それでもなお自分に自信が持てないことも、知っていて、密かに心惹かれていた。だが、そのランドリックとの結婚の話を持ちかけられたジョゼットは、彼が自分を女性として見ていないことに、いずれ耐えられなくなるはずと、断る決断をしたのだが――。
(なろう版ではなく、やや大人向け版です)
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる