44 / 88
忘れ物を届けに
44
しおりを挟む
マンションの近くにあるバス停で待っていると、楓さんの事務所近くの大通りを通るバスはすぐに来た。ここに来た時にバスの乗り方は覚えたので、今回は難なく乗ると、スマートフォンの地図と外の景色を見比べながら、降車場所を間違えないようにする。
どうにか降車するバス停を間違えずに済むと、楓さんが働く法律事務所に向かって歩いて行く。さすがに二回目だけあって、地図を見なくても場所や道は分かった。何も無ければビジネス街の雰囲気を楽しむ余裕さえ持てるはずだった。
それが出来ないのは、手帳に書かれていた「帰国」の二文字で、私の頭の中が一杯になっていたからだろう。
気になるが、聞いたら今の関係が壊れてしまいそうで、怖くて聞けそうになかった。
そんな事を考えていたら、歩みが遅くなっていたのか、事務所に着いたのは十二時過ぎだった。
(事務所に居ればいいんだけど……)
もし楓さんが既に昼休憩に出ていたら、手帳を預けて帰ろう。そんな事を考えつつ、事務所ビルに近づくと、よく磨かれた自動ドアが開いて、オシャレな内装のエントランスに出迎えられる。
(へぇ~。ここが楓さんの職場なんだ……)
一時的とはいえ、夫である楓さんの職場に来たのは初めてなので、つい興味深そうに辺りを見渡してしまう。壁にはアクリル絵の具で描かれたと思しき風景画が飾られ、白い床には汚れ一つなく、入り口近くの受付には観葉植物が置かれていて、室内が明るく、ナチュラルな印象さえ感じられる。
「ハロー!」
その時、受付から出てきた若い女性に声を掛けられる。
私より少し歳上くらいだろうか。背中に流したウェーブのかかったブロンドヘア、白いブラウスに黒のタイトスカートのまさにオフィスカジュアルな服装に、白い肌に軽く施された化粧。まさに可憐という言葉が似合いそうだった。
遠目からだったが、最初にここに来た時、楓さんと話していたのはおそらくこの女性だろう。ただそれ以外でも、最近どこかで見た気がするが、どこで見たのだろうか。思い出せそうで思い出せない。
そんな事を考えながら、私がじっと見てしまったからだろうか、女性は不思議そうな顔をすると秋空の様な色をした両目を瞬いたのだった。
「Do you need something?」
「あの……えっと……」
私はスマートフォンを取り出すと、何故か女性も一緒に画面を覗き込んできた。それを気にする間もなく、ブックマークしている英語翻訳ページを開く。
日本語で「私の名前は若佐小春です。夫の若佐楓の忘れ物を届けに……」と打ったところで、突然、女性に両手首を掴まれたのだった。
「あなた、カエデの奥さん!? ワイフ!?」
「イ、イエス……」
ワイフの意味が「妻」という事くらいは知っていたので、私がおずおずと頷くと、女性は「Oh!」と小さく声を上げた。そうして掴まれたままになっていた両手首ごと、腕を上下に大きく振り始めたのだった。
「Nice to meet you, I'm glad I met you!」
「えっと……」
「My name is Jennifer! I'm paralegal at this law firm」
どうにか降車するバス停を間違えずに済むと、楓さんが働く法律事務所に向かって歩いて行く。さすがに二回目だけあって、地図を見なくても場所や道は分かった。何も無ければビジネス街の雰囲気を楽しむ余裕さえ持てるはずだった。
それが出来ないのは、手帳に書かれていた「帰国」の二文字で、私の頭の中が一杯になっていたからだろう。
気になるが、聞いたら今の関係が壊れてしまいそうで、怖くて聞けそうになかった。
そんな事を考えていたら、歩みが遅くなっていたのか、事務所に着いたのは十二時過ぎだった。
(事務所に居ればいいんだけど……)
もし楓さんが既に昼休憩に出ていたら、手帳を預けて帰ろう。そんな事を考えつつ、事務所ビルに近づくと、よく磨かれた自動ドアが開いて、オシャレな内装のエントランスに出迎えられる。
(へぇ~。ここが楓さんの職場なんだ……)
一時的とはいえ、夫である楓さんの職場に来たのは初めてなので、つい興味深そうに辺りを見渡してしまう。壁にはアクリル絵の具で描かれたと思しき風景画が飾られ、白い床には汚れ一つなく、入り口近くの受付には観葉植物が置かれていて、室内が明るく、ナチュラルな印象さえ感じられる。
「ハロー!」
その時、受付から出てきた若い女性に声を掛けられる。
私より少し歳上くらいだろうか。背中に流したウェーブのかかったブロンドヘア、白いブラウスに黒のタイトスカートのまさにオフィスカジュアルな服装に、白い肌に軽く施された化粧。まさに可憐という言葉が似合いそうだった。
遠目からだったが、最初にここに来た時、楓さんと話していたのはおそらくこの女性だろう。ただそれ以外でも、最近どこかで見た気がするが、どこで見たのだろうか。思い出せそうで思い出せない。
そんな事を考えながら、私がじっと見てしまったからだろうか、女性は不思議そうな顔をすると秋空の様な色をした両目を瞬いたのだった。
「Do you need something?」
「あの……えっと……」
私はスマートフォンを取り出すと、何故か女性も一緒に画面を覗き込んできた。それを気にする間もなく、ブックマークしている英語翻訳ページを開く。
日本語で「私の名前は若佐小春です。夫の若佐楓の忘れ物を届けに……」と打ったところで、突然、女性に両手首を掴まれたのだった。
「あなた、カエデの奥さん!? ワイフ!?」
「イ、イエス……」
ワイフの意味が「妻」という事くらいは知っていたので、私がおずおずと頷くと、女性は「Oh!」と小さく声を上げた。そうして掴まれたままになっていた両手首ごと、腕を上下に大きく振り始めたのだった。
「Nice to meet you, I'm glad I met you!」
「えっと……」
「My name is Jennifer! I'm paralegal at this law firm」
11
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる