45 / 88
忘れ物を届けに
45
しおりを挟む
そこからは腕を振りながら早口で英語を話し始めたので、全く聞き取れなかった。私はただスマートフォンを落とさないようにしっかり両手で掴む事しか出来なかったのだった。
(う、腕が痛い……! どうしよう……楓さん……!)
両腕が痛くなってきた頃、受付近くのエレベーターの扉が開いたかと思うと、「小春!」と名前を呼ばれたのだった。
「楓さん!」
エレベーターから降りて足早にやって来たのは、目的の楓さんだった。女性は楓さんの姿に気がつくと、ようやく両手首を離してくれたのだった。
「カエデ! Wife is coming!」
「I understand, calm down」
楓さんが流暢な英語で話すと、女性はようやく落ち着いたのか、ひまわりの様な大輪の笑みを浮かべたのだった。
そんな女性に何やら英語で話しかけている楓さんの横顔は、どこか楽しそうに見えなくもなかったのだった。
私と話している時は、そこまで楽しそうな顔をしないので、一抹の寂しさを覚える。
(やっぱり、楓さんだって、私と話すよりもあの人と話した方が楽しいよね……)
私はただ単に成り行きで知り合って、たまたま独身で契約結婚をするのに都合が良かっただけ。取り立てて可愛くなければ、楽しい話題や楓さんにとって有益な話も出来ない、更に言えば顔だって整っていない。
私が男性だったら、私じゃなくて彼女を選ぶだろう。
すると、急に楓さんが振り向いたので、私は勝手に外出した事を怒られると思い、首を竦めた。ところが、楓さんはそっと目を細めただけだった。
「悪い。さっきまでクライアントと打ち合わせをしていたんだ。メッセージに気づくのが遅くなった。……何事も無く、無事にここまで辿り着いて安心した」
「いえ……あの、これ忘れ物です。リビングルームのソファーの上にありました」
予想外の言葉に戸惑いつつも、カバンから手帳を取り出すと、両手で持って楓さんに差し出す。
手帳を受け取った楓さんは、そっと口元を緩めたのだった。
「届けてくれてありがとう。昨晩、映画を観る前に今日の予定を確認していて、そのまま忘れたんだな……。クライアントとの打ち合わせの時間や連絡先を書いていたから、無くて困っていたんだ。昼休憩に取りに行こうかと思っていた」
「そ、そうですか。お役に立てたなら良かったです……」
じゃあ、と帰ろうとしたところで、先程の女性が「もう!」と日本語で話し始めたのだった。
「カエデ、せっかく奥さんが来てくれたのに紹介してくれないの?」
「ジェニファー。それはまたの機会にしてくれないか……」
「え~! いいじゃない! せっかく事務所まで来てくれたのに、このまま帰しちゃうの~!?」
そう言って、ジェニファーと呼ばれた女性は小さく頬を膨らませた。その姿が頬袋に餌を沢山詰め込んだ子リスに似ていたので、その愛くるしい姿に、つい私は笑ってしまう。すると、私につられてジェニファーも笑い、楓さんは呆れた様に銀縁眼鏡の位置を直したのだった。
(う、腕が痛い……! どうしよう……楓さん……!)
両腕が痛くなってきた頃、受付近くのエレベーターの扉が開いたかと思うと、「小春!」と名前を呼ばれたのだった。
「楓さん!」
エレベーターから降りて足早にやって来たのは、目的の楓さんだった。女性は楓さんの姿に気がつくと、ようやく両手首を離してくれたのだった。
「カエデ! Wife is coming!」
「I understand, calm down」
楓さんが流暢な英語で話すと、女性はようやく落ち着いたのか、ひまわりの様な大輪の笑みを浮かべたのだった。
そんな女性に何やら英語で話しかけている楓さんの横顔は、どこか楽しそうに見えなくもなかったのだった。
私と話している時は、そこまで楽しそうな顔をしないので、一抹の寂しさを覚える。
(やっぱり、楓さんだって、私と話すよりもあの人と話した方が楽しいよね……)
私はただ単に成り行きで知り合って、たまたま独身で契約結婚をするのに都合が良かっただけ。取り立てて可愛くなければ、楽しい話題や楓さんにとって有益な話も出来ない、更に言えば顔だって整っていない。
私が男性だったら、私じゃなくて彼女を選ぶだろう。
すると、急に楓さんが振り向いたので、私は勝手に外出した事を怒られると思い、首を竦めた。ところが、楓さんはそっと目を細めただけだった。
「悪い。さっきまでクライアントと打ち合わせをしていたんだ。メッセージに気づくのが遅くなった。……何事も無く、無事にここまで辿り着いて安心した」
「いえ……あの、これ忘れ物です。リビングルームのソファーの上にありました」
予想外の言葉に戸惑いつつも、カバンから手帳を取り出すと、両手で持って楓さんに差し出す。
手帳を受け取った楓さんは、そっと口元を緩めたのだった。
「届けてくれてありがとう。昨晩、映画を観る前に今日の予定を確認していて、そのまま忘れたんだな……。クライアントとの打ち合わせの時間や連絡先を書いていたから、無くて困っていたんだ。昼休憩に取りに行こうかと思っていた」
「そ、そうですか。お役に立てたなら良かったです……」
じゃあ、と帰ろうとしたところで、先程の女性が「もう!」と日本語で話し始めたのだった。
「カエデ、せっかく奥さんが来てくれたのに紹介してくれないの?」
「ジェニファー。それはまたの機会にしてくれないか……」
「え~! いいじゃない! せっかく事務所まで来てくれたのに、このまま帰しちゃうの~!?」
そう言って、ジェニファーと呼ばれた女性は小さく頬を膨らませた。その姿が頬袋に餌を沢山詰め込んだ子リスに似ていたので、その愛くるしい姿に、つい私は笑ってしまう。すると、私につられてジェニファーも笑い、楓さんは呆れた様に銀縁眼鏡の位置を直したのだった。
11
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
好きな人の好きな人
ぽぽ
恋愛
"私には何年も思い続ける初恋相手がいる。"
初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。
恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。
そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる