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第一章 後宮一の美姫
第一話
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わたくしは幼い頃から、見た目がとにかく良かった。
顔立ちは絵画のように美しく繊細で、黒い瞳と髪は月夜のように艶めき、身体つきは細すぎず太すぎず理想的、纏う空気はまるで天女のようだと評判だった。
けれどわたくしは、自分の見た目が嫌いだった。
煩わしいことも、嫌なことも多かった……わたくしの見た目が良いせいで、どんどん人間が嫌いになった。
けれどわたくしは今日、その嫌いだった美しさと、王宮勤めの役人である父上の伝手に頼り、皇帝陛下の妃となるべく後宮へと入る。
目的は皇后になるだとか、国母になるだとか、そんなだいそれたものではなく……ただ、想いを寄せるあの方のそばにいたいという一心だ。
後宮へと連れて行く数多くの侍女たちと嫁入り道具を伴い、わたくし自身は牛車に乗り、お祭りのような仰々しさで、後宮の手前にある王宮の門をくぐった。
これから、夫となる皇帝陛下との謁見だ。
玉座の間へと向かうために牛車から降り、背筋を伸ばして、数人の侍女を伴って歩いていく。
通り過ぎる王宮の役人たちは、わたくしを見ると一様に忙しなく動かしていた足をピタリと止めて、惚けた表情でこちらを見つめてくる。
そんな視線には目もくれず、わたくしはまっすぐに皇帝陛下のもとへと向かった。
皇帝陛下は前皇帝が五十代と早くに崩御されているため、二十代の若さで皇帝となったにも関わらず、立派に国を纏め上げられている名君と名高い方だ。
貴族と平民の貧富の差はあれども、戦争や争いのない穏やかなこのロン国が作られているのは、一重に皇帝陛下のお力によるものと言われている。
失礼のないようにしなくてはね。
そんなことを考えている間に玉座の間まで到着したので、静かに、ゆっくりと、薄く笑みを浮かべながら皇帝陛下がいらっしゃるであろう御前まで歩みを進めていく。
すると、御前までの道に沿うように立っていた役人たちが「おぉ……」と声を漏らす。
どうせわたくしの美しさに対する感嘆の声だ……無視して、薄く浮かべた笑みを崩さずに御前まで歩いた。
御前まで来たら、恭しく丁寧な所作で跪いて顔を下げ、顔の前で手を組み合わせてゆっくりと口を開く。
「この度、皇帝陛下の妃として後宮に入らせていただきます、チェン・メイリンと申します。どうぞ末永く、よろしくお願いいたします」
皇帝陛下の視線が、わたくしに向いているのを感じる。
けれどその視線に、役人たちのような惚けた感じや熱っぽさは感じなかった。
「うむ、よくぞ来た。顔を上げよ」
少しすると若いけれど威厳のある声が、上から振ってきた。
わたくしはそのお言葉に従って、ゆっくりと顔を上げた。
顔を上げると、立派な椅子に座った皇帝陛下のお姿が目に入る。
長すぎず短すぎない清潔感を感じる黒髪に、黒に近いけれど茶が入った優しげな目元をした方だった。
身体つきは服の上からでも分かるほど逞しく、けれどゴツさはない……皇帝陛下だと言われなければ若い武人にも見えそうだった。
この方が、わたくしの夫となる方……。
色々な想いが入り乱れるような、それでいて何も感じないような不思議な心地で……わたくしは笑みを消し、ただまっすぐに皇帝陛下を見つめていた。
すると皇帝陛下は「ほう……」と小さく関心したような声を漏らしたかと思うと、口元を少しだけ綻ばせて言う。
「評判通りの美しさだな。そなたは後宮一の美姫だ。そなたの輿入れを歓迎しよう」
皇帝陛下がそう仰ると、周囲にいた役人たちがワッと拍手をした。
後宮一の美姫……か。
その言葉を受け、ニッコリと微笑んでから、もう一度顔の前で手を組み合わせて頭を下げて答える。
「ありがたき幸せにございます」
手で隠された顔の下で、口元に薄く笑みを浮かべながら目を伏せ、わたくしは考えていた。
この輿入れ自体には、特別感じるものはなかったなと。
名君と名高き皇帝陛下も、所詮は人の子……結局はわたくしの見た目しか見てくださらないのかもしれないと。
まぁ、そんなことはどうでも良いことなのだけれど。
「今日は疲れたであろう。そなたの宮は用意してある。そこでゆっくりと休むが良い」
また頭の上から威厳のある声が、それでいて思いやりのある言葉が降ってくる。
「お心遣い、痛み入ります」
わたくしはそれに、言葉だけの感謝をお返しした。
……どんなに見た目を褒められようとも、お心遣いをしていただこうとも、わたくしの心は動かない。
だって、わたくしが想いを寄せているのは皇帝陛下ではないのだから。
わたくしはゆっくりと手を下げて顔を上げ、目の合った皇帝陛下に向けてにっこりと微笑みを贈った。
顔立ちは絵画のように美しく繊細で、黒い瞳と髪は月夜のように艶めき、身体つきは細すぎず太すぎず理想的、纏う空気はまるで天女のようだと評判だった。
けれどわたくしは、自分の見た目が嫌いだった。
煩わしいことも、嫌なことも多かった……わたくしの見た目が良いせいで、どんどん人間が嫌いになった。
けれどわたくしは今日、その嫌いだった美しさと、王宮勤めの役人である父上の伝手に頼り、皇帝陛下の妃となるべく後宮へと入る。
目的は皇后になるだとか、国母になるだとか、そんなだいそれたものではなく……ただ、想いを寄せるあの方のそばにいたいという一心だ。
後宮へと連れて行く数多くの侍女たちと嫁入り道具を伴い、わたくし自身は牛車に乗り、お祭りのような仰々しさで、後宮の手前にある王宮の門をくぐった。
これから、夫となる皇帝陛下との謁見だ。
玉座の間へと向かうために牛車から降り、背筋を伸ばして、数人の侍女を伴って歩いていく。
通り過ぎる王宮の役人たちは、わたくしを見ると一様に忙しなく動かしていた足をピタリと止めて、惚けた表情でこちらを見つめてくる。
そんな視線には目もくれず、わたくしはまっすぐに皇帝陛下のもとへと向かった。
皇帝陛下は前皇帝が五十代と早くに崩御されているため、二十代の若さで皇帝となったにも関わらず、立派に国を纏め上げられている名君と名高い方だ。
貴族と平民の貧富の差はあれども、戦争や争いのない穏やかなこのロン国が作られているのは、一重に皇帝陛下のお力によるものと言われている。
失礼のないようにしなくてはね。
そんなことを考えている間に玉座の間まで到着したので、静かに、ゆっくりと、薄く笑みを浮かべながら皇帝陛下がいらっしゃるであろう御前まで歩みを進めていく。
すると、御前までの道に沿うように立っていた役人たちが「おぉ……」と声を漏らす。
どうせわたくしの美しさに対する感嘆の声だ……無視して、薄く浮かべた笑みを崩さずに御前まで歩いた。
御前まで来たら、恭しく丁寧な所作で跪いて顔を下げ、顔の前で手を組み合わせてゆっくりと口を開く。
「この度、皇帝陛下の妃として後宮に入らせていただきます、チェン・メイリンと申します。どうぞ末永く、よろしくお願いいたします」
皇帝陛下の視線が、わたくしに向いているのを感じる。
けれどその視線に、役人たちのような惚けた感じや熱っぽさは感じなかった。
「うむ、よくぞ来た。顔を上げよ」
少しすると若いけれど威厳のある声が、上から振ってきた。
わたくしはそのお言葉に従って、ゆっくりと顔を上げた。
顔を上げると、立派な椅子に座った皇帝陛下のお姿が目に入る。
長すぎず短すぎない清潔感を感じる黒髪に、黒に近いけれど茶が入った優しげな目元をした方だった。
身体つきは服の上からでも分かるほど逞しく、けれどゴツさはない……皇帝陛下だと言われなければ若い武人にも見えそうだった。
この方が、わたくしの夫となる方……。
色々な想いが入り乱れるような、それでいて何も感じないような不思議な心地で……わたくしは笑みを消し、ただまっすぐに皇帝陛下を見つめていた。
すると皇帝陛下は「ほう……」と小さく関心したような声を漏らしたかと思うと、口元を少しだけ綻ばせて言う。
「評判通りの美しさだな。そなたは後宮一の美姫だ。そなたの輿入れを歓迎しよう」
皇帝陛下がそう仰ると、周囲にいた役人たちがワッと拍手をした。
後宮一の美姫……か。
その言葉を受け、ニッコリと微笑んでから、もう一度顔の前で手を組み合わせて頭を下げて答える。
「ありがたき幸せにございます」
手で隠された顔の下で、口元に薄く笑みを浮かべながら目を伏せ、わたくしは考えていた。
この輿入れ自体には、特別感じるものはなかったなと。
名君と名高き皇帝陛下も、所詮は人の子……結局はわたくしの見た目しか見てくださらないのかもしれないと。
まぁ、そんなことはどうでも良いことなのだけれど。
「今日は疲れたであろう。そなたの宮は用意してある。そこでゆっくりと休むが良い」
また頭の上から威厳のある声が、それでいて思いやりのある言葉が降ってくる。
「お心遣い、痛み入ります」
わたくしはそれに、言葉だけの感謝をお返しした。
……どんなに見た目を褒められようとも、お心遣いをしていただこうとも、わたくしの心は動かない。
だって、わたくしが想いを寄せているのは皇帝陛下ではないのだから。
わたくしはゆっくりと手を下げて顔を上げ、目の合った皇帝陛下に向けてにっこりと微笑みを贈った。
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