後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第二章 想い人との日常

第七話

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「皇帝陛下は、どのくらい他のお妃様の元に通っていらっしゃるのですか?」

 いつもの定期報告の際、わたくしに突然そう尋ねられたイェン兄様は、珍しくしばらく固まって返事をすることができずにいた。

 前に皇帝陛下とお会いした際、皇帝としての務めは果たしていると仰っていたのが気になって、けれど御本人に尋ねるのは憚られたため、イェン兄様に尋ねてみることにした。

 私とは夜伽をなさらない皇帝陛下、日中も頻繁に訪れてくださる皇帝陛下が、他のお妃様にはどのような対応をしているのかに興味があった。

 宦官であるイェン兄様ならば、後宮の皇帝陛下の動向を把握されているだろうし、お渡りについても知っているだろうと、本当に軽い気持ちからの質問だった。

 けれど依然としてイェン兄様は返事をすることなく固まっていらっしゃるし、傍にいる女官もなんとも言えない気まずそうな表情をしている。

 わたくしは、そんなに面倒な質問をしてしまったのだろうかと自問してみる。

 よくよく考えてみると、自分の夫が他の女とどれくらい親密にしているのか、という質問をしていることに気づき、イェン兄様たちの気まずい反応も理解できた。

 ただわたくし自身は皇帝陛下の務めは理解しているつもりだし、そもそも皇帝陛下に好意を抱いているわけではないから、そんな嫉妬心からの質問なわけがないのだけれど……。

 イェン兄様はそんなことは知らないから、こんな反応にもなるだろう。

 しばらく沈黙の時間が流れてから、イェン兄様がゆっくりと口を開く。

「……他のお妃様の元にも通っていらっしゃいますが、メイリン様がお輿入れなさってからは、頻度が減っているかと思います」

 さっきまでの沈黙が嘘のように、イェン兄様はいつもと変わらない涼し気な表情と、淡々とした口調でそう答えた。

 頻度が減っているという答えから、皇帝としての務めを果たしていると仰っていた皇帝陛下の言葉は、そのままの意味のようだ。

「皇帝陛下は特定の方の元に通っていらっしゃるのですか?」

 わたくしはさらに質問を投げかける。

 純粋な好奇心からの質問だった。

「いえ、数人のお妃様のところへ均等に通っていらっしゃいます」

 女官は相変わらず気まずそうな表情をしているけれど、イェン兄様はもう最初ほどの衝撃はないのか、割とすぐに淡々と答えてくれた。

 数人の妃というのは、皇帝陛下が気に入っていらっしゃる方なのだろうか。

 皇帝陛下も人間だから、十数人いらっしゃる妃の中に気に入っている者・そうでない者の違いくらいあるだろう。

 特に気にせず、自分の中で勝手に納得した。

 しかし、わたくしを気遣ったのか、後ろに控えていた女官が慌てて口を開く。

「あ、あの! 後宮では皇帝陛下はすっかり後宮一の美姫であるメイリン様の虜だと、傾国の美女という言葉は実際にあるのだなと噂になっております!」

 女官の言葉には、だから気になさらないでくださいという言葉が続きそうだった。

 全く気にしていないのだけれど、女官の心遣いを無下にするのも可哀想なので、ニッコリと微笑みを浮かべて「ありがとう」と伝える。

 すると全く笑っていないどころか、涼し気な顔立ちの中に、怒りの感情をにじませているイェン兄様がいた。

「皇帝陛下はお妃様で国を傾けられるような方ではない。今の発言は撤回しなさい」

「も、申し訳ございません!」

 イェン兄様の言葉に、女官が慌てて謝罪の言葉を口にする。

 しかしイェン兄様の怒りはおさまる様子がなく、言葉を続ける。

「自分に謝っても何も変わらないだろう。先程の言葉を撤回した後、これからは不用意な発言は控えるように努めた方が良い。首をはねられてもおかしくない発言だったぞ」

「ま、誠に申し訳ございませんでした! 先程の発言は撤回させていただきます! 以後、このようなことがないようにいたします……!」

 女官はもはや土下座をして、額を床に擦り付ける勢いで頭を下げて謝り続けている。

 イェン兄様はそんな女官を、冷めた目で見つめていた。

 このままでは女官があまりにも哀れなので、見かねてわたくしも口を開く。

「まぁ、彼女もわたくしを想っての発言だったので、此度は許してあげてください。先程の発言は、わたくしたちだけの秘密ということで水に流しましょう」

 イェン兄様は少しだけ納得のいかないような表情をしていたけれど、わたくしが「それで良いでしょう?」と念押しすると、渋々といった様子で引き下がった。

 はぁ……イェン兄様の皇帝陛下に対する忠誠心は、大したものですね。

 あのようにお怒りになるイェン兄様を見たのは初めてのことだった。

 そのように感情をあらわにするイェン兄様を、皇帝陛下のためだけに感情をあらわにすることを、少しだけ羨ましいと思ってしまった。

 だからわたくしは、複雑な表情をしていたと思う。

 そんなわたくしに気がついたイェン兄様が、いつもの涼し気な表情と淡々とした口調に戻って口を開く。

「傾国の……に関しては同意致しかねますが、皇帝陛下が昼間お会いになるお妃様はメイリン様だけでございます。なので特別なお妃様という点においては、自分も同意いたします」

 突然の気遣いの言葉に、今度はわたくしの方が固まってしまった。

 先ほどまで土下座していた女官も、すっかり元気を取り戻してうんうんと頷いている。

 わたくしは二人に向けて、満面の笑みを向ける。

「ありがとう……ございます」

 そして感謝を伝えた。

 きっとわたくしの頬は桃色に染まり、目元は慈愛に満ち溢れ、この世のものとは思えない美しい笑みを浮かべているのだろう。

 女官があんなにもうっとりとした表情でわたくしを見つめているから。

 イェン兄様の表情は変わらないけれど。

 彼女たちは皇帝陛下がわたくしを特別扱いしていることに喜んでいると思っているかもしれないが、わたくしはイェン兄様の気遣いが嬉しかっただけだ。

 けれどこの場が丸く収まって、わたくしも幸せな気分になれたから……そんな些細な違いなど、どうでも良いことだった。
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