後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

文字の大きさ
15 / 52
第三章 後宮の花たち

第十二話

しおりを挟む
 毒を盛られた日から数日後、やっと立ったり歩いたりといった日常動作がいつも通りに行えるようになった。

 ずっと寝台で横になっていて、食事も寝台の上に座って摂っていたので、久しぶりに動くと身体がすっかり鈍っているのを感じる。

 ご迷惑をかけてしまったファン様に謝罪をしに伺おうと思っていたけれど、この身体ではまだ難しそうだ。

 今日のところは大人しくしていようと、茶の間で毒見が済まされたお茶を飲みながら、ゆったりと過ごす。

 しかし手持ち無沙汰で……ファン様にお会いするのは難しいけれど、お手紙で快復の報告でもしようかと思っていた時、不意に声をかけられる。

「メイリン様。今、お時間よろしいでしょうか?」

 久しぶりに聞く声……皇帝陛下以外の男性の声……イェン兄様だ。

「は、はい! 大丈夫です!」

 突然のことに、ほぼ反射に近いかたちで慌てて返事をする。

 慌てていたせいか、自分でも驚くほどに大きな声が出てしまっていた。

 すると、わたくしの返事を聞いたイェン兄様が茶の間に入ってくる。

 久しぶりに見たイェン兄様は相変わらず平凡な顔立ちに涼し気な目元をなさっているが、わたくしにはキラキラと光り輝いて見えた。

 久しぶりにお会いすることもあってか、胸がドキドキと高鳴る。

 そんなわたくしとは反対に、イェン兄様の所作は落ち着き払っている。

 いつものように座っているわたくしの前で跪いて頭を下げると、イェン兄様がゆっくりと口を開く。

「メイリン様。此度は自分の警備が足りず、危険な目に合わせてしまい、申し訳ございませんでした」

 毒殺未遂のことを仰っているらしく、イェン兄様の声からは彼から発せられた言葉と同じように、ご自分のことを責めるような感情が滲み出していた。

 なのでわたくしは、できるだけ穏やかな微笑みを浮かべて言葉を返す。

「いえ、今回のことで、誰かを責めるつもりはありませんよ」

「寛大なお心、感謝いたします。しかし以後、メイリン様の口になさる物には、必ず毒見係をつけさせていただきます」

「そうさせてもらいます。ありがとうございます」

 わたくしがそう言っても、イェン兄様が頭を上げることはない。

 そこまでご自分を責めていらっしゃるのかと、どうすればわたくしは大丈夫なのだと伝わるだろうかと考えてみたところ、だと思い至った。

「……どうか顔を上げてください」

 わたくしは静かに、穏やかな声色で語りかける。

「いえ、今回の失態を思うと、メイリン様のお顔を見ることなど、自分にはできません」

 イェン兄様からは淡々と、されど未だに自分を責めるような言葉が返ってくる。

 わたくしはふぅ……と気合を入れるための息を吐いてから、少しだけ低い声色を意識して、さらに言葉を続ける。

「これは命令です。顔を上げなさい」

 本当はイェン兄様になんて無理強いはしたくないけれど、今回ばかりは致し方ない。

 宦官として責任を感じている彼のためには、わたくしも妃として接するしかないのだから……。

 致し方ないこととは思いながらも、少し胸に痛みを感じながら、イェン兄様の答えを待つ。

「……かしこまりました」

 すると、イェン兄様は渋々といった様子で答え、ゆっくりと顔を上げる。

 イェン兄様を見つめるわたくしと、イェン兄様の涼しげな瞳がぶつかる。

 責任を感じているからこそのいたたまれなさからか、少しだけ眉根にシワが寄っているようにも見えるが、そんな表情すらもわたくしの胸を高鳴らせる。

 けれど自分を律して、毅然とした表情で口を開く。

「……わたくしは、どんな風に見えていますか?」

 わたくしの問いにも、イェン兄様は瞳を揺らすことなく、まっすぐにわたくしを見つめてくる。

 なので、わたくしもまっすぐに見つめ返す。

「いつもとお変わりのない……メイリン様に見えます」

 ここで美しいという言葉が出てこないところが、イェン兄様らしいなと少しだけ笑みがこぼれる。

 その微笑みを残したまま、イェン兄様に語りかける。

「そう。わたくしはもういつも通りです。毒見などの対策はしてもらいますが、それ以外はいつも通りに戻りたいのです。だからあなたも、どうかそのようにしてください」

 わたくしがそう告げると、イェン兄様はわたくしの顔を改めて見つめてから、もう一度頭を下げる。

「かしこまりました。メイリン様の御心のままに……」

 なんとかイェン兄様を納得させることができて、ほっと胸を撫で下ろして、安堵のままに口を開く。

「ありがとうございます。それで、謝罪以外に何か用事があって来たのですか?」

 わたくしがそう尋ねると、イェン兄様は先程は揺らさなかった瞳を少しだけ反らし、言いにくそうに話し始める。

「……メイリン様が快復されたと侍女から聞いたので、一目、快復されたメイリン様のお姿を確かめておきたいと思い、参りました」

 その言葉に、わたくしは目を見開くことしかできなかった。

 おそらくイェン兄様の言葉に恋情だとか愛情だとかいった他意はないのだろうけれども、わたくしのことを見たいと、会いたいと思ってくれていたことが嬉しかった。

 宦官として、担当している妃の健康を確認しておきたいというだけかもしれない……でも……。

 という言葉には、素直に喜んでもいいですよね?

 頬が赤く染まっている気がして、それをイェン兄様に見せたくなくて……わたくしは袖を顔の下半分に持ってきて、それとなく顔を隠す。

 そして、喜びの感情のままに言葉が口からこぼれる。

「……見た結果、どうでしたか?」

 わたくしの問いに、イェン兄様は改めてわたくしの目をじっと見つめてから、頭を下げて答える。

「……お元気そうな姿を見られて、心より安心いたしました」

「そう、ですか……」

 イェン兄様の表情はわからないし、わたくしの表情も隠していたから、きっと伝わらなかっただろう。

 けれど、それでも良いと……それで良かったと思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...