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第四章 二つの顔
第十四話
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「メイリン様から見て、皇帝陛下はどういう方なの?」
続くガルシア様との密談で、そのように問われたわたくしは、思いも寄らない質問に目を丸くして固まってしまう。
皇帝陛下が……どういった方なのか……。
戸惑いながらも、頭を回しながら口を開く。
「……わたくしはまだ後宮に入ってから日が浅いので、そこまで皇帝陛下のことを存じているわけでは……」
「あら、そうなのね。けれど、皇帝陛下からはあなたへの信頼のようなものを感じるわ。だから、そんなあなたの率直な意見を聞いてみたいの」
ガルシア様はわたくしが後宮に入って間もないことを知ると驚きの表情を浮かべていたけれど、それでもなお、わたくしの意見が聞きたいと笑みを向けてきた。
ガルシア様の目はまっすぐにわたくしを見つめていて、これは答えなければいけない質問だな……と悟る。
わたくしは答えるため、改めて確認するために、ちらりと皇帝陛下の方を振り返る。
改めて見る皇帝陛下は、威厳ある表情でフォンス様をあしらいながら舞を鑑賞していて、フォンス様がすり寄っている身体はたくましく……魅力的な男性なのだろうと思われた。
けれど、わたくし自身が嫌なことだからこそ、外見で皇帝陛下の人となりを評価するようなことはしたくなかった。
……では、皇帝陛下の内面はどうだろうか?
わたくしのためにイェン兄様を宮の担当にしてくださった……わたくしが毒に倒れたときには、ご自分が苦しそうな表情をしながらお見舞いに来てくださっていた……。
わたくしに一目惚れした、初恋だと仰いながらも、わたくしの恋を応援してくださっている不思議な方。
皇帝陛下を見つめていると、わたくしの視線に気がついたのかこちらを見やり、薄い笑みを向けてくる。
なのでわたくしも小さく笑みを浮かべながら、無意識に小さく手まで振っていた。
そして、改めてガルシア様の方へと向き直り、ゆっくりと口を開く。
「……皇帝陛下は、少し変わっていらっしゃいますが、周囲をよく見ていらして……わたくしのような新参者にも心を砕いてくださって、妃のことをよく考えてくださる方です」
先程までのわたくしと皇帝陛下のやり取りを見ていたらしく、さらにわたくしの答えを聞いたガルシア様は、にんまりと楽しげな笑みを浮かべていた。
「……果たして妃に優しいのかしら。私には、あなたにだけ優しいように見えるけれど?」
否定したかったけれど、背後から聞こえてくるフォンス様のしつこいぐらいに騒がしい声と、対照的に全く聞こえてこない皇帝陛下の声を思うと、言葉を紡げなかった。
そんなわたくしを、やはりガルシア様はニヤニヤと見ている。
皇帝陛下がどう思っているかはさておき、わたくしに恋慕のようなものはないのだけれど……だけど妃として、そこを否定するのは違う気がして、やはり何も言うことができない。
「あ、あの……っ!」
そんなやり取りをしているところに、ファン様の精一杯の声が投げ込まれる。
見てみれば、ファン様がわたくしの隣辺りで、分かりやすく緊張した様子で声をかけてきていた。
「お、お話中に失礼いたします。わ……私も、お話に入れていただけないでしょうか?」
そう言われて、わたくしは驚きのあまり目を丸くする。
あの大人しいファン様が、そのようにご自分から声をかけてくるなんて……よほど、勇気がいったに違いない。
それに対して、ガルシア様がどのような対応をなさるのかと、ちらりとそちらの方を見やれば、彼女も少しだけ驚いた様子だったが、すぐに優しげな笑みを浮かべていた。
「えぇ。もちろん。誰かにファン様の椅子をこちらに持ってきてもらいましょうか」
するとファン様がぱぁっと明るい表情を浮かべて、控えていた数人の侍女を呼んで、椅子をわたくしたちの方に持ってきてもらっていた。
そして女三人で穏やかに話しながらも、ふっと気になってもう一度皇帝陛下の方を見やる。
相変わらず、フォンス様がキャイキャイと楽しげな声を上げながら皇帝陛下にまとわりつき、皇帝陛下はそれを半ば無視しながら舞台前の舞を鑑賞していた。
よく見てみると、たまに返事はしているらしく、短く口が動く時がある。
それはフォンス様に対する情や配慮などではなく、彼女の父君に対する配慮なのだろうと思われた。
顔はわたくしと二人でいる時よりも、威厳のある皇帝陛下としての表情になっているのが分かる。
……皇帝陛下には、やはりわたくしといる時の年相応な青年の顔と、皇帝陛下でいる時の二つの顔があるように感じる。
まぁ、皇帝陛下でなくとも、私生活と仕事での顔を使い分けるのはよくあることよねと、ぼんやりとそんなことを考えていた。
そして、イェン兄様にも従兄妹のわたくしに見せる優しい顔と、妃のわたくしにみせる宦官の顔が違うのと同じように……と思い至る。
そこまで考えると、胸がチクリと痛む。
頭では理解していても、昔のイェン兄様のことを思い出すと……どうしても寂しくて、悲しくなる時がある。
この感情は、いつまで経っても心に残り続けるのだろう。
そんなことを考えていると、皇帝陛下とまた目が合った。
しかし今度は笑みを浮かべることはなく、じっとわたくしの方を見つめてくる。
わたくしは不思議に思い、まだ少しぼんやりと胸が痛むのを感じながら、皇帝陛下を見つめ返す。
すると皇帝陛下がフォンス様に「そなたはしばし舞を楽しめ」と告げて席を立った。
フォンス様は「皇帝陛下?」と言い募ろうとしたが、皇帝陛下が振り返ることはない。
席をたった皇帝陛下はこちらの方へとやってきて、わたくしの隣に立ち、肩に優しく手を添えると、威厳のある表情のまま笑みを浮かべる。
「ガルシア姫、宴は楽しんでいるか?」
「はい、皇帝陛下。素敵な舞を眺めながら、お妃様たちともお話させていただいて、有意義な時間を過ごさせていただいております」
皇帝陛下に問われたガルシア様は、先程までと違って畏まった言葉遣いで返答する。
ガルシア様も、気取らないところが魅力的ではあるけれど、ちゃんとする時と抜く時を使い分けていらっしゃるところは、さすが国の姫君だなと感じた。
「それならば良かった。ファン、メイリン。二人でこれからもガルシア姫を楽しませてくれ。ただし休息を取るのを忘れないようにな」
「かしこまりました。皇帝陛下」
「か、かしこまりました……!」
皇帝陛下にそう告げられて、わたくしとファン様は了解の返事をする。
それだけ言うと、皇帝陛下は自分の席へと戻っていった。
取り残されて不機嫌そうにしていたフォンス様も、皇帝陛下が戻るとまた明るい表情に戻り、再びキャイキャイとした黄色い声を上げている。
何だったのだろうかと不思議に思っていると、ガルシア様がニヤニヤとこちらを見つめていた。
理由がわからずに小首を傾げると、ガルシア様が楽しげに口を開く。
「いやぁ……愛されてるわねぇ」
ガルシア様の言葉を聞いても、何を仰っているのか意味がさっぱりわからなかった。
続くガルシア様との密談で、そのように問われたわたくしは、思いも寄らない質問に目を丸くして固まってしまう。
皇帝陛下が……どういった方なのか……。
戸惑いながらも、頭を回しながら口を開く。
「……わたくしはまだ後宮に入ってから日が浅いので、そこまで皇帝陛下のことを存じているわけでは……」
「あら、そうなのね。けれど、皇帝陛下からはあなたへの信頼のようなものを感じるわ。だから、そんなあなたの率直な意見を聞いてみたいの」
ガルシア様はわたくしが後宮に入って間もないことを知ると驚きの表情を浮かべていたけれど、それでもなお、わたくしの意見が聞きたいと笑みを向けてきた。
ガルシア様の目はまっすぐにわたくしを見つめていて、これは答えなければいけない質問だな……と悟る。
わたくしは答えるため、改めて確認するために、ちらりと皇帝陛下の方を振り返る。
改めて見る皇帝陛下は、威厳ある表情でフォンス様をあしらいながら舞を鑑賞していて、フォンス様がすり寄っている身体はたくましく……魅力的な男性なのだろうと思われた。
けれど、わたくし自身が嫌なことだからこそ、外見で皇帝陛下の人となりを評価するようなことはしたくなかった。
……では、皇帝陛下の内面はどうだろうか?
わたくしのためにイェン兄様を宮の担当にしてくださった……わたくしが毒に倒れたときには、ご自分が苦しそうな表情をしながらお見舞いに来てくださっていた……。
わたくしに一目惚れした、初恋だと仰いながらも、わたくしの恋を応援してくださっている不思議な方。
皇帝陛下を見つめていると、わたくしの視線に気がついたのかこちらを見やり、薄い笑みを向けてくる。
なのでわたくしも小さく笑みを浮かべながら、無意識に小さく手まで振っていた。
そして、改めてガルシア様の方へと向き直り、ゆっくりと口を開く。
「……皇帝陛下は、少し変わっていらっしゃいますが、周囲をよく見ていらして……わたくしのような新参者にも心を砕いてくださって、妃のことをよく考えてくださる方です」
先程までのわたくしと皇帝陛下のやり取りを見ていたらしく、さらにわたくしの答えを聞いたガルシア様は、にんまりと楽しげな笑みを浮かべていた。
「……果たして妃に優しいのかしら。私には、あなたにだけ優しいように見えるけれど?」
否定したかったけれど、背後から聞こえてくるフォンス様のしつこいぐらいに騒がしい声と、対照的に全く聞こえてこない皇帝陛下の声を思うと、言葉を紡げなかった。
そんなわたくしを、やはりガルシア様はニヤニヤと見ている。
皇帝陛下がどう思っているかはさておき、わたくしに恋慕のようなものはないのだけれど……だけど妃として、そこを否定するのは違う気がして、やはり何も言うことができない。
「あ、あの……っ!」
そんなやり取りをしているところに、ファン様の精一杯の声が投げ込まれる。
見てみれば、ファン様がわたくしの隣辺りで、分かりやすく緊張した様子で声をかけてきていた。
「お、お話中に失礼いたします。わ……私も、お話に入れていただけないでしょうか?」
そう言われて、わたくしは驚きのあまり目を丸くする。
あの大人しいファン様が、そのようにご自分から声をかけてくるなんて……よほど、勇気がいったに違いない。
それに対して、ガルシア様がどのような対応をなさるのかと、ちらりとそちらの方を見やれば、彼女も少しだけ驚いた様子だったが、すぐに優しげな笑みを浮かべていた。
「えぇ。もちろん。誰かにファン様の椅子をこちらに持ってきてもらいましょうか」
するとファン様がぱぁっと明るい表情を浮かべて、控えていた数人の侍女を呼んで、椅子をわたくしたちの方に持ってきてもらっていた。
そして女三人で穏やかに話しながらも、ふっと気になってもう一度皇帝陛下の方を見やる。
相変わらず、フォンス様がキャイキャイと楽しげな声を上げながら皇帝陛下にまとわりつき、皇帝陛下はそれを半ば無視しながら舞台前の舞を鑑賞していた。
よく見てみると、たまに返事はしているらしく、短く口が動く時がある。
それはフォンス様に対する情や配慮などではなく、彼女の父君に対する配慮なのだろうと思われた。
顔はわたくしと二人でいる時よりも、威厳のある皇帝陛下としての表情になっているのが分かる。
……皇帝陛下には、やはりわたくしといる時の年相応な青年の顔と、皇帝陛下でいる時の二つの顔があるように感じる。
まぁ、皇帝陛下でなくとも、私生活と仕事での顔を使い分けるのはよくあることよねと、ぼんやりとそんなことを考えていた。
そして、イェン兄様にも従兄妹のわたくしに見せる優しい顔と、妃のわたくしにみせる宦官の顔が違うのと同じように……と思い至る。
そこまで考えると、胸がチクリと痛む。
頭では理解していても、昔のイェン兄様のことを思い出すと……どうしても寂しくて、悲しくなる時がある。
この感情は、いつまで経っても心に残り続けるのだろう。
そんなことを考えていると、皇帝陛下とまた目が合った。
しかし今度は笑みを浮かべることはなく、じっとわたくしの方を見つめてくる。
わたくしは不思議に思い、まだ少しぼんやりと胸が痛むのを感じながら、皇帝陛下を見つめ返す。
すると皇帝陛下がフォンス様に「そなたはしばし舞を楽しめ」と告げて席を立った。
フォンス様は「皇帝陛下?」と言い募ろうとしたが、皇帝陛下が振り返ることはない。
席をたった皇帝陛下はこちらの方へとやってきて、わたくしの隣に立ち、肩に優しく手を添えると、威厳のある表情のまま笑みを浮かべる。
「ガルシア姫、宴は楽しんでいるか?」
「はい、皇帝陛下。素敵な舞を眺めながら、お妃様たちともお話させていただいて、有意義な時間を過ごさせていただいております」
皇帝陛下に問われたガルシア様は、先程までと違って畏まった言葉遣いで返答する。
ガルシア様も、気取らないところが魅力的ではあるけれど、ちゃんとする時と抜く時を使い分けていらっしゃるところは、さすが国の姫君だなと感じた。
「それならば良かった。ファン、メイリン。二人でこれからもガルシア姫を楽しませてくれ。ただし休息を取るのを忘れないようにな」
「かしこまりました。皇帝陛下」
「か、かしこまりました……!」
皇帝陛下にそう告げられて、わたくしとファン様は了解の返事をする。
それだけ言うと、皇帝陛下は自分の席へと戻っていった。
取り残されて不機嫌そうにしていたフォンス様も、皇帝陛下が戻るとまた明るい表情に戻り、再びキャイキャイとした黄色い声を上げている。
何だったのだろうかと不思議に思っていると、ガルシア様がニヤニヤとこちらを見つめていた。
理由がわからずに小首を傾げると、ガルシア様が楽しげに口を開く。
「いやぁ……愛されてるわねぇ」
ガルシア様の言葉を聞いても、何を仰っているのか意味がさっぱりわからなかった。
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