後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

文字の大きさ
17 / 52
第四章 二つの顔

第十四話

しおりを挟む
「メイリン様から見て、皇帝陛下はどういう方なの?」

 続くガルシア様との密談で、そのように問われたわたくしは、思いも寄らない質問に目を丸くして固まってしまう。

 皇帝陛下が……どういった方なのか……。

 戸惑いながらも、頭を回しながら口を開く。

「……わたくしはまだ後宮に入ってから日が浅いので、そこまで皇帝陛下のことを存じているわけでは……」

「あら、そうなのね。けれど、皇帝陛下からはあなたへの信頼のようなものを感じるわ。だから、そんなあなたの率直な意見を聞いてみたいの」

 ガルシア様はわたくしが後宮に入って間もないことを知ると驚きの表情を浮かべていたけれど、それでもなお、わたくしの意見が聞きたいと笑みを向けてきた。

 ガルシア様の目はまっすぐにわたくしを見つめていて、これは答えなければいけない質問だな……と悟る。

 わたくしは答えるため、改めて確認するために、ちらりと皇帝陛下の方を振り返る。

 改めて見る皇帝陛下は、威厳ある表情でフォンス様をあしらいながら舞を鑑賞していて、フォンス様がすり寄っている身体はたくましく……魅力的な男性なのだろうと思われた。

 けれど、わたくし自身が嫌なことだからこそ、外見で皇帝陛下の人となりを評価するようなことはしたくなかった。

 ……では、皇帝陛下の内面はどうだろうか?

 わたくしのためにイェン兄様を宮の担当にしてくださった……わたくしが毒に倒れたときには、ご自分が苦しそうな表情をしながらお見舞いに来てくださっていた……。

 わたくしに一目惚れした、初恋だと仰いながらも、わたくしの恋を応援してくださっている不思議な方。

 皇帝陛下を見つめていると、わたくしの視線に気がついたのかこちらを見やり、薄い笑みを向けてくる。

 なのでわたくしも小さく笑みを浮かべながら、無意識に小さく手まで振っていた。

 そして、改めてガルシア様の方へと向き直り、ゆっくりと口を開く。

「……皇帝陛下は、少し変わっていらっしゃいますが、周囲をよく見ていらして……わたくしのような新参者にも心を砕いてくださって、妃のことをよく考えてくださる方です」

 先程までのわたくしと皇帝陛下のやり取りを見ていたらしく、さらにわたくしの答えを聞いたガルシア様は、にんまりと楽しげな笑みを浮かべていた。

「……果たして妃に優しいのかしら。私には、あなたにだけ優しいように見えるけれど?」

 否定したかったけれど、背後から聞こえてくるフォンス様のしつこいぐらいに騒がしい声と、対照的に全く聞こえてこない皇帝陛下の声を思うと、言葉を紡げなかった。

 そんなわたくしを、やはりガルシア様はニヤニヤと見ている。

 皇帝陛下がどう思っているかはさておき、わたくしに恋慕のようなものはないのだけれど……だけど妃として、そこを否定するのは違う気がして、やはり何も言うことができない。

「あ、あの……っ!」

 そんなやり取りをしているところに、ファン様の精一杯の声が投げ込まれる。

 見てみれば、ファン様がわたくしの隣辺りで、分かりやすく緊張した様子で声をかけてきていた。

「お、お話中に失礼いたします。わ……私も、お話に入れていただけないでしょうか?」

 そう言われて、わたくしは驚きのあまり目を丸くする。

 あの大人しいファン様が、そのようにご自分から声をかけてくるなんて……よほど、勇気がいったに違いない。

 それに対して、ガルシア様がどのような対応をなさるのかと、ちらりとそちらの方を見やれば、彼女も少しだけ驚いた様子だったが、すぐに優しげな笑みを浮かべていた。

「えぇ。もちろん。誰かにファン様の椅子をこちらに持ってきてもらいましょうか」

 するとファン様がぱぁっと明るい表情を浮かべて、控えていた数人の侍女を呼んで、椅子をわたくしたちの方に持ってきてもらっていた。

 そして女三人で穏やかに話しながらも、ふっと気になってもう一度皇帝陛下の方を見やる。

 相変わらず、フォンス様がキャイキャイと楽しげな声を上げながら皇帝陛下にまとわりつき、皇帝陛下はそれを半ば無視しながら舞台前の舞を鑑賞していた。

 よく見てみると、たまに返事はしているらしく、短く口が動く時がある。

 それはフォンス様に対する情や配慮などではなく、彼女の父君に対する配慮なのだろうと思われた。

 顔はわたくしと二人でいる時よりも、威厳のある皇帝陛下としての表情になっているのが分かる。

 ……皇帝陛下には、やはりわたくしといる時の年相応な青年の顔と、皇帝陛下でいる時の二つの顔があるように感じる。

 まぁ、皇帝陛下でなくとも、私生活と仕事での顔を使い分けるのはよくあることよねと、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 そして、イェン兄様にも従兄妹のわたくしに見せる優しい顔と、妃のわたくしにみせる宦官の顔が違うのと同じように……と思い至る。

 そこまで考えると、胸がチクリと痛む。

 頭では理解していても、昔のイェン兄様のことを思い出すと……どうしても寂しくて、悲しくなる時がある。

 この感情は、いつまで経っても心に残り続けるのだろう。

 そんなことを考えていると、皇帝陛下とまた目が合った。

 しかし今度は笑みを浮かべることはなく、じっとわたくしの方を見つめてくる。

 わたくしは不思議に思い、まだ少しぼんやりと胸が痛むのを感じながら、皇帝陛下を見つめ返す。

 すると皇帝陛下がフォンス様に「そなたはしばし舞を楽しめ」と告げて席を立った。

 フォンス様は「皇帝陛下?」と言い募ろうとしたが、皇帝陛下が振り返ることはない。

 席をたった皇帝陛下はこちらの方へとやってきて、わたくしの隣に立ち、肩に優しく手を添えると、威厳のある表情のまま笑みを浮かべる。

「ガルシア姫、宴は楽しんでいるか?」

「はい、皇帝陛下。素敵な舞を眺めながら、お妃様たちともお話させていただいて、有意義な時間を過ごさせていただいております」

 皇帝陛下に問われたガルシア様は、先程までと違って畏まった言葉遣いで返答する。

 ガルシア様も、気取らないところが魅力的ではあるけれど、ちゃんとする時と抜く時を使い分けていらっしゃるところは、さすが国の姫君だなと感じた。

「それならば良かった。ファン、メイリン。二人でこれからもガルシア姫を楽しませてくれ。ただし休息を取るのを忘れないようにな」

「かしこまりました。皇帝陛下」

「か、かしこまりました……!」

 皇帝陛下にそう告げられて、わたくしとファン様は了解の返事をする。

 それだけ言うと、皇帝陛下は自分の席へと戻っていった。

 取り残されて不機嫌そうにしていたフォンス様も、皇帝陛下が戻るとまた明るい表情に戻り、再びキャイキャイとした黄色い声を上げている。

 何だったのだろうかと不思議に思っていると、ガルシア様がニヤニヤとこちらを見つめていた。

 理由がわからずに小首を傾げると、ガルシア様が楽しげに口を開く。

「いやぁ……愛されてるわねぇ」

 ガルシア様の言葉を聞いても、何を仰っているのか意味がさっぱりわからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...