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第四章 二つの顔
第十六話
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「失礼する。女だけの茶会に邪魔してすまないが、楽しんでいるか気になって来てしまった」
威厳ある顔立ちに薄く笑みを浮かべている皇帝陛下が、そう言って客間へと入ってきた。
わたくしとガルシア様は自然な流れでスッと席を立ち、頭を下げて皇帝陛下に挨拶をする。
ガルシア様を直視できず、これからどんな話をすれば良いのかと……わたくしのような者が、どんな話ができるだろうかと思っていたところだったので、内心ほっとしていた。
皇帝陛下は「楽にしてくれ」と言うと、わたくしの腰に手を回して、隣に寄り添うようにしながら長椅子に腰掛ける。
それを見たガルシア様は「まぁ」と少しの驚きと笑みを浮かべていたけれど、わたくしは自分の状況が掴みきれずに困惑するばかりだった。
そんなわたくしを置いて、皇帝陛下が口を開く。
「メイリンとの時間は楽しめているか?」
「はい。皇帝陛下とメイリン様が、いかに素敵なご夫婦なのかという話を伺っておりました」
ガルシア様に席に座るように促しながら尋ねる皇帝陛下に対して、ガルシア様は席に座りながら落ち着いた様子で答える。
「そうかそうか」
皇帝陛下はどこか嬉しそうに、笑みを崩さずにその話を受け入れる。
わたくしたちの関係がそんなに美しいものではないと知っているはずなのに、皇帝陛下がそのことを顔に出すことはない。
わたくしは動揺しているせいか、少しだけ顔を背けてしまった。
良くないことだと思いながらも、そうせざるをえなかった。
すると今度はガルシア様が質問を投げかける。
「皇帝陛下は、メイリン様をご自分だけのものにするためならば、国を捨てますか?」
突然の、脈絡のない質問に、わたくしは驚きを隠せなかった。
ただわたくしが先ほどガルシア様にした質問と似ているように思われた。
ガルシア様の意図が分からずに、ただただ困惑して皇帝陛下の顔を見やると、皇帝陛下は威厳ある表情に薄く笑みを浮かべていて、特に動揺は見られなかった。
そしてゆっくりと口を開く。
「……メイリンのことは愛しているが、国と天秤にかけるのであれば、国をとるだろうな」
ガルシア様と似たような答えに、わたくしは驚くばかりだった。
そしてお二人共、恋よりも国を取るという決断の速さ、迷いのなさに……自分との違いを見せつけられている気分だった。
「では、メイリン様は見捨てられるのですか?」
ガルシア様がさらに質問を続けると、皇帝陛下は変わらない調子で答える。
「いや、メイリンがメイリンらしく生きられる手助けをする。そして生涯、メイリンの幸せを願い続けるだろうな」
そう答える皇帝陛下の方を、わたくしは思考の止まった頭で見やる。
すると皇帝陛下はニッと笑みを浮かべて、わたくしの頭を優しく撫でる。
わたくしは……言葉にならなかった。
自分の頭が整理しきれず、心も追いつかず、ただ込み上げてくる感情が何なのかも分からなかった。
ただ少しだけ泣きそうになったので、その顔を隠すために皇帝陛下の肩に顔を寄せた。
それを見ているのであろうガルシア様の纏う空気が、先程までの少し重たいものから変わり、温かな視線を感じる。
「突然、失礼な質問をしてしまって申し訳ありませんでした。皇帝陛下、メイリン様」
「構わんよ」
「わ、わたくしも……気にしておりません」
謝罪をするガルシア様に対して、皇帝陛下もわたくしも大丈夫だという返事をする。
わたくしは自分が皇帝陛下の肩に顔を寄せているという行動に、唐突に恥ずかしさを感じて、慌てて顔を離し、口元を袖で隠す。
「おや、もう離れるのか。残念だ」
それを見た皇帝陛下は、表情こそ威厳ある表情に笑みを浮かべたままだけれど、まるでいたずらっ子のようなことを言う。
わたくしはさらに恥ずかしくて、頬が赤く染まるのを感じる。
「……やはりお二人は、私の理想の夫婦です」
そんなやり取りを見ていたガルシア様は、穏やかな笑みを浮かべてそう呟いていた。
――こうしてガルシア様とのお茶会はお開きになり、その数日後にガルシア様はハディ国へと帰国された。
「楽しかったわ。これからもよければ仲良くしてね。手紙を書くわ」
そんな言葉を残して。
わたくしにはいつもの日常が戻ってきていた。
ただ少しだけ皇帝陛下の態度は変わっていて、あの時を懐かしむようにニヤニヤとこちらを見つめてくることが増えた。
「あの時のメイリンは可愛かったなぁ」
わたくしはそれに苛立ちと恥ずかしさを感じて、反論する。
「あの時のわたくしは少しおかしかったのです。これからはいつも通りに戻りますので、ご安心ください」
そう返すと、皇帝陛下は楽しそうに笑っていた。
「良い良い。そなたはそなたらしくあれば良い」
こんな歪んだ恋をしているわたくしのことを、笑顔で応援してくださる皇帝陛下。
たとえ自分の恋が叶わなくとも、わたくしの幸せを願うと言ってくださった皇帝陛下。
そんな皇帝陛下に対して、わたくしは尊敬と、感謝の心を持ち始めていた。
威厳ある顔立ちに薄く笑みを浮かべている皇帝陛下が、そう言って客間へと入ってきた。
わたくしとガルシア様は自然な流れでスッと席を立ち、頭を下げて皇帝陛下に挨拶をする。
ガルシア様を直視できず、これからどんな話をすれば良いのかと……わたくしのような者が、どんな話ができるだろうかと思っていたところだったので、内心ほっとしていた。
皇帝陛下は「楽にしてくれ」と言うと、わたくしの腰に手を回して、隣に寄り添うようにしながら長椅子に腰掛ける。
それを見たガルシア様は「まぁ」と少しの驚きと笑みを浮かべていたけれど、わたくしは自分の状況が掴みきれずに困惑するばかりだった。
そんなわたくしを置いて、皇帝陛下が口を開く。
「メイリンとの時間は楽しめているか?」
「はい。皇帝陛下とメイリン様が、いかに素敵なご夫婦なのかという話を伺っておりました」
ガルシア様に席に座るように促しながら尋ねる皇帝陛下に対して、ガルシア様は席に座りながら落ち着いた様子で答える。
「そうかそうか」
皇帝陛下はどこか嬉しそうに、笑みを崩さずにその話を受け入れる。
わたくしたちの関係がそんなに美しいものではないと知っているはずなのに、皇帝陛下がそのことを顔に出すことはない。
わたくしは動揺しているせいか、少しだけ顔を背けてしまった。
良くないことだと思いながらも、そうせざるをえなかった。
すると今度はガルシア様が質問を投げかける。
「皇帝陛下は、メイリン様をご自分だけのものにするためならば、国を捨てますか?」
突然の、脈絡のない質問に、わたくしは驚きを隠せなかった。
ただわたくしが先ほどガルシア様にした質問と似ているように思われた。
ガルシア様の意図が分からずに、ただただ困惑して皇帝陛下の顔を見やると、皇帝陛下は威厳ある表情に薄く笑みを浮かべていて、特に動揺は見られなかった。
そしてゆっくりと口を開く。
「……メイリンのことは愛しているが、国と天秤にかけるのであれば、国をとるだろうな」
ガルシア様と似たような答えに、わたくしは驚くばかりだった。
そしてお二人共、恋よりも国を取るという決断の速さ、迷いのなさに……自分との違いを見せつけられている気分だった。
「では、メイリン様は見捨てられるのですか?」
ガルシア様がさらに質問を続けると、皇帝陛下は変わらない調子で答える。
「いや、メイリンがメイリンらしく生きられる手助けをする。そして生涯、メイリンの幸せを願い続けるだろうな」
そう答える皇帝陛下の方を、わたくしは思考の止まった頭で見やる。
すると皇帝陛下はニッと笑みを浮かべて、わたくしの頭を優しく撫でる。
わたくしは……言葉にならなかった。
自分の頭が整理しきれず、心も追いつかず、ただ込み上げてくる感情が何なのかも分からなかった。
ただ少しだけ泣きそうになったので、その顔を隠すために皇帝陛下の肩に顔を寄せた。
それを見ているのであろうガルシア様の纏う空気が、先程までの少し重たいものから変わり、温かな視線を感じる。
「突然、失礼な質問をしてしまって申し訳ありませんでした。皇帝陛下、メイリン様」
「構わんよ」
「わ、わたくしも……気にしておりません」
謝罪をするガルシア様に対して、皇帝陛下もわたくしも大丈夫だという返事をする。
わたくしは自分が皇帝陛下の肩に顔を寄せているという行動に、唐突に恥ずかしさを感じて、慌てて顔を離し、口元を袖で隠す。
「おや、もう離れるのか。残念だ」
それを見た皇帝陛下は、表情こそ威厳ある表情に笑みを浮かべたままだけれど、まるでいたずらっ子のようなことを言う。
わたくしはさらに恥ずかしくて、頬が赤く染まるのを感じる。
「……やはりお二人は、私の理想の夫婦です」
そんなやり取りを見ていたガルシア様は、穏やかな笑みを浮かべてそう呟いていた。
――こうしてガルシア様とのお茶会はお開きになり、その数日後にガルシア様はハディ国へと帰国された。
「楽しかったわ。これからもよければ仲良くしてね。手紙を書くわ」
そんな言葉を残して。
わたくしにはいつもの日常が戻ってきていた。
ただ少しだけ皇帝陛下の態度は変わっていて、あの時を懐かしむようにニヤニヤとこちらを見つめてくることが増えた。
「あの時のメイリンは可愛かったなぁ」
わたくしはそれに苛立ちと恥ずかしさを感じて、反論する。
「あの時のわたくしは少しおかしかったのです。これからはいつも通りに戻りますので、ご安心ください」
そう返すと、皇帝陛下は楽しそうに笑っていた。
「良い良い。そなたはそなたらしくあれば良い」
こんな歪んだ恋をしているわたくしのことを、笑顔で応援してくださる皇帝陛下。
たとえ自分の恋が叶わなくとも、わたくしの幸せを願うと言ってくださった皇帝陛下。
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