後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第五章 皇后という存在

第十七話

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 今日のわたくしは、いつもより緊張した心持ちでお茶会に臨んでいた。

 顔には薄く笑みを浮かべたまま維持し、お茶を口に運ぶまでの所作には指先にまで細心の注意を払う。

 それでいて、そんな気遣いや緊張が顔に出ないようにする。

 なかなかに疲れるわね……。

 そんなわたくしとは対照的に、お茶会の相手はわたくしが意識的にやっていることがまるで身体に染み付いているかのように、自然体で、一連の動作を優雅に行っている。

 かと思うと、その方はくすっと小さく笑みをこぼす。

「……そんなに緊張なさらないで。メイリンさん。わたくしは息子の妻となった方と、おしゃべりをしながらお茶を楽しみたいだけなのですから」

「……はい。皇太后様」

 わたくしは笑みを浮かべて答えるけれど、口を開いただけで口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、内心では緊張していた。

 今日は皇太后様……皇帝陛下の母、前皇帝の正妃、先代皇后にあたる方に、お茶会に招待していただいた。

 お茶会といっても、皇太后様の住まう宮の庭園にある東屋でお茶をご一緒させていただく小規模なものだけれど、お相手が皇太后様というだけで緊張する。

 皇太后様の美しく纏め上げられた黒髪に、茶色がかった瞳は皇帝陛下とよく似ている。

 見た目も言動も物腰柔らかな方だが、どこか本心が見えないような……話していると、じんわりと重しを乗せられているような……不思議な圧を放っている。

 皇帝陛下が二十代、前皇帝陛下が五十代だったはずなので、皇太后様は四十代くらいかと思われるが、全く年齢を感じさせない。

 皇太后様は優雅にお茶を一口飲んだかと思うと、わたくしに向けてにこっと微笑む。

「メイリンさん。息子はあなたに夢中なようですね。後宮一の美姫と呼び、日中にも頻繁にあなたの宮に顔を出しているとか」

「はい」

「あの子がそんな風に妃の宮に通うのは初めてのことなので、さぞかしあなたのことを気に入っているのでしょうね」

「大切にしていただいております」

 答えを間違わぬように、表面上は笑みを浮かべながら、慎重に言葉を選ぶ。

「その割に、子どもはまだできないようですね」

「え……?」

 突然の言葉に、わたくしからは呆けた声が漏れる。

 皇太后様の方を見やると、先程までと変わらぬ美しい所作で、お茶を口に運んでいらした。

 かと思うと、優雅な所作でお茶を机に置いて言葉を続ける。

「床ではうまくやっているのですか?」

 わたくしの聞き間違いだろうか……。

 そう思うほどに、この物腰柔らかな声をした女性から放たれた言葉とは、到底思えなかった。

 わたくしは顔に笑顔を貼り付けたまま、返答に困って固まる。

 そんなわたくしに、皇太后様は「どうなのですか? メイリンさん」とさらに詰め寄る。

 この雰囲気……答えぬわけにはいかないだろう。

 かといって、皇帝陛下と床を共にしたことがないのですなど、言えるはずもない。

 けれど嘘をついても、すぐに見抜かれてしまいそうな……皇太后様からは、そう感じさせるほどの圧があった。

 ぐるぐると頭の中で答えを探し求め、なんとかわたくしが出した結論はこうだ。

「と、床でのことは……皇帝陛下にお任せしているので、わたくしは、うまくやれているのかどうか……」

 初な振りをして、それでいて嘘をつかずに、切り抜ける。

 これがわたくしの選んだ最善の方法だ。

 わたくしには、これ以上に良い答えを出すことはできない。

 恐る恐る皇太后様の反応を待つと、彼女はお茶を一口飲んだかと思うと、にこっと笑みを浮かべる。

「……メイリンさんは初なのね。そんなところが、あの子を虜にさせているのかしら。けれど妃たるもの、男性に任せきりというのは良くないわよ。男性を飽きさせないように……」

 そこから、皇后様からの有り難い閨指導が始まった。

 わたくしには不要な情報だなと思い、照れた素振りを見せながら相槌を打ち、右から左へと聞き流す。

「皇后を目指すのであれば、また皇后になった後も、皇帝陛下の寵愛を保ち続けるためには……」

 皇太后様のありがたいお話は止まらない。

 そうしていると、ふっと『そもそも皇帝陛下はわたくしを皇后にしたいと考えているのだろうか』という疑問が浮かぶ。

 初恋だ、一目惚れだとは言ってくださるけれども、床を共にしていない以上、子どもはできない。

 子どもができないということは、皇后にもなれない。

 それに皇帝陛下はわたくしの幸せを願っていると、わたくしのイェン兄様への恋心を応援するようなことをしてくださっている。

 皇帝陛下は、わたくしをどうしたいのだろうか。
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