後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第六章 ハディ国にて

第二十七話

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 夜になっても、わたくしは茶の間でゆったりと過ごしていた。

 がいらっしゃるのを待って。

 そうしていると、侍女がその方の来訪を知らせに来たので、茶の間にお通しするようにと伝える。

 たくましい身体つきに、威厳のある表情をした皇帝陛下が、茶の間へと入ってくる。

「後宮一の美姫よ。そなたの帰国を、心から嬉しく思うぞ」

「わたくしも、皇帝陛下にまたお会いできて、嬉しく思います」

 お互いに作り物のような、他所向きの笑顔を浮かべながら、そんなやり取りをする。

 かと思うと皇帝陛下がぷっと吹き出して、はっはっはっと嬉しそうに笑う。

「いや、そなたに変わりがないようで何よりだ」

 そこにもう皇帝陛下の顔はなく、いつもわたくしに見せる年相応の青年のような表情になっていた。

 内心、ドキッとしながらも表情には出さないように努める。

「……皇帝陛下もお変わりないようで、何よりでございます」

 しかし出さないようにと意識していても自然と微笑みがこぼれてしまい、わたくしも心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべて答える。

 そんなわたくしを見た皇帝陛下は、穏やかな笑みを見せる。

「変わりないのが一番であろう。その方が、そなたもロン国へ帰ってきたという実感が湧きやすかろう」

「そうでございますね」

 皇帝陛下なりの気遣いを受け取り、わたくしは同意した。

 皇帝陛下が茶の間にある長椅子に腰掛けるのを確認したら、わたくしも皇帝陛下の向かいにある長椅子に腰掛ける。

「イェンとは昼間の内に会ったらしいな。どうだ、久しぶりの想い人との再会は」

 そう尋ねられて、わたくしはあの時の喜びの感情がまた湧き上がってきて、幸せからくる笑みが自然と顔に浮かぶ。

「やはり好きであると……己の気持ちを再確認することができました」

「そうか、そうか」

「イェン兄様が、わたくしのために茶葉を贈ってくださって……大変嬉しゅうございました」

「それは良かったな」

 わたくしの話を聞いた皇帝陛下は、惚気話に困ったように、それでいて嬉しそうに笑ってくださっていた。

「そのような気遣いをするとは……イェンはそなたに気があるのだろうか?」

「いえ、ないと思います。イェン兄様がお優しいのは、宦官になる前からです」

 皇帝陛下は悪気なくそう尋ねてこられたけれど、今度はわたくしが困ったように微笑みながら答えていた。

 分かっていても、改めて口にすると少しばかり堪えるものがある。

「そうか……余計なことを聞いてしまったな、すまん」

「いえ……」

 皇帝陛下もわたくしも、少し気まずそうな笑みを浮かべた。

 そして気まずさからか、沈黙の時が流れる。

 わたくしも皇帝陛下も無言で、何か別の話題はないものかと頭の中で思考を巡らせる。

 そしてわたくしは、ふっとガルシア様との会話を思い出した。

 思い出した勢いのまま、口を開く。

「そ、その……皇帝陛下のお名前を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「私の名前……? 突然どうしたのだ?」

 わたくしの突然の問いに、皇帝陛下は目を丸くされている。

 当然だろう……突然、名前を尋ねられたら、わたくしだって何かあるのかと疑問に思う。

 けれど、わたくしには『知りたいから』以上の理由はないので、どう答えたものかと心のなかであたふたとする。

「……そういえば、お聞きしたことがなかったなと、思いまして。ハディ国に行った際、ガルシア様と皇帝陛下のお名前の話になって、存じ上げないと答えたら驚かれましたし……」

 わたくしはなぜか言い訳がましく、たどたどしくそう答える。

 すると皇帝陛下は「ふむ」と納得したような声を漏らしながらも、意外そうな顔をなさっていた。

「そなたが私の名前を知りたがるか……」

「もちろん、皇帝陛下の真名が尊いものであることは重々承知しておりますので、仰りたくなければ、無理に教えていただかなくても大丈夫です」

「いや、そういうわけではない。そなたは私の妃なのだから、名前を知っても良いだろう」

 皇帝陛下はニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見つめてくるけれど、皇帝陛下が何を考えていらっしゃるのか分からずに小首を傾げる。

「私の名前はミンだ。ロン・ミン」

 かと思うと、唐突にお名前を口にされて驚いた。

 けれど気になっていた皇帝陛下のお名前を聞けて、わたくしは少しずつ胸が温かくなるのを感じる。

「……ミン様……」

「そうだ。これからは名前で呼んでくれるのか?」

「い、いえ……そんな……恐れ多い。これからも皇帝陛下とお呼びします」

「それは残念だな」

 皇帝陛下は全く残念ではなさそうに、楽しげに笑っていらした。

 そんななんてことないやり取りが、ハディ国で感じていた寂しさを、わたくしの心から取り払ってくれていた。
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