後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第七章 夢

第三十一話

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「な……ど……一体、どうしたというのだ」

 父は動揺から、一気に溢れ出しそうになる言葉を懸命に抑え、やっとのことで端的な疑問を口にすることができているようだった。

「わたくしは後宮に行ったイェン兄様を追いかけます」

 父の疑問に、わたくしは端的に、まっすぐに前を見つめながら答える。

 わたくしの初めての恋……大切な人……。

 そんな人と離れ離れになり、もう二度と会えないなんて……わたくしには耐えられなかった。

「イェンを……? 一体どういうことだ。順を追って説明しなさい」

 父は頭を抱えながら、わたくしに説明を求める。

 なのでわたくしは、正直にありのままに答える。

「わたくしは初めてお会いしたときから、イェン兄様をお慕いしております。そのイェン兄様が後宮に行くというのであれば、わたくしも後宮に行きます」

 父は口をはくはくと声なく動かして、呆然としている。

 かと思うと、はぁー……と深い溜め息を吐いてから、真剣な面持ちでわたくしを見つめる。

「……なぜ女官ではなく、皇帝陛下のお妃様なのだ」

「女官では後宮に行けても、イェン兄様のお傍に行ける可能性が低いです。わたくしは確実に、イェン兄様ともう一度お会いしたいのです」

 女官の仕事がどんなものかは、わたくしはよく分かっていない。

 けれど、後宮内を自由に動き回れる仕事ではないだろうということは、わたくしでも分かる。

 もしイェン兄様と違う場所での仕事内容を割り振られたら、お顔を見ることすら叶わないかもしれない。

 けれどお妃様であればある程度自由に動けるし、何よりも少しを言えば、特定の宦官と会うこともできるだろう。

 だから女官ではなく、お妃様になる必要性があるのだ。

 わたくしの真っ直ぐな目を見つめ返していた父は、もう一度はぁ……と深い溜め息を吐いて、机に手をやってうなだれる。

「お前は昔からこうと決めたら曲げない娘だからな……けれど、そんなにイェンを好いているのであれば、もっと早く言ってくれれば……」

 父の言葉はそこで途切れていたけれど、言わずともその先の言葉は想像がつく。

 わたくしがもっと早くにイェン兄様御本人か、父に彼への想いを伝えていれば、夫婦になることもできただろう。

 分かっているけれど……わたくしはイェン兄様に想いを告げることもできなければ、彼とそんな風に無理矢理添い遂げることもしたくなかったのだ。

「そんなことは百も承知ですが、もう過去には戻れません。なので、せめて前に進ませてください」

 わたくしの願いを聞いた父は、再び思い悩んでいる様子だったけれど、わたくしの気持ちが変わらないのを理解したのか、はぁ……とため息を吐いて「分かった」と仰った。

 これでイェン兄様のところへ行けるという安堵と喜びを感じながらも、同時に父をこんなにも悩ませてしまったことへの罪悪感が湧き上がる。

「申し訳ありません。けれど、ありがとうございます」

 わたくしの謝罪と感謝を聞いた父は、疲れ切った表情でわたくしを見やると、また深い溜め息を吐いていた。

「皇帝陛下ならば、きっと悪いようにはなさらないだろう……」

 かと思うと、ぐったりとしながら諦めたような口調でそうこぼした。

 皇帝陛下のことは噂程度しか知らずお会いしたことがないけれど、父は随分と皇帝陛下のことを信頼している様子だった。

 ただわたくしの頭の中は、イェン兄様のお傍に行けることを喜ぶばかりで、夫となる人物のことなどどうでも良かった。

 あの人のところに行けるのであれば、どこへでも行くし、誰の妻になろうとも構わなかった。

 そして、わたくしの後宮入りが決まった。

 ――そこで、目を覚ました。

 目の前には見慣れた天井があり、わたくしの身体の下には柔らかな寝台がある。

 どうやらわたくしは随分と懐かしい夢を見ていたらしい。

 子どもの頃の夢……後宮入りを決めたときの夢……わたくしのイェン兄様への想いが詰まった夢だ。

 皇帝陛下へも好意を寄せるなんて、そんな風に気持ちが揺らいでいるから……わたくし自身を戒めるために見せられた夢のように感じた。

 わたくしは身体を起こして胸元に手をやり、自分の気持ちを確かめる。

 イェン兄様への気持ちは、あの頃と変わっていない。

 それだけあれば、わたくしには十分だった。

 寝台から降りたわたくしは身支度を整え、今日は朝からイェン兄様の定期連絡をして、夕方には皇帝陛下とお茶を飲むお約束をしていたわねと思い出す。

 今日も、いつもと変わらない日常が始まる。
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