後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第八章 恋の終わり

第三十二話

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 とある日の昼頃、いつものように皇帝陛下がわたくしの宮にいらっしゃった。

 昼間にいらっしゃることは特別珍しいことではないので、わたくしはいつものように出迎える。

 けれど皇帝陛下の様子はいつもと違っていて、何やら険しい表情をなさっていた。

「どうかなさったのですか? 皇帝陛下」

 わたくしがそう尋ねると、皇帝陛下は「あぁ……」と返事はするものの、それに続く言葉を口から発することはなく、何やら重たい空気が流れていた。

 王宮で何かあったのだろうか……けれどそれならば、わたくしの宮に来ないだろう……ということは、わたくしに関係することだろうか。

 そんなことを考えていると、わたくしまで皇帝陛下と同じように険しい表情をしてしまう。

 お互いに険しい表情をして、無言の時間だけが過ぎていく。

 しばらくそうしていたけれど、皇帝陛下がふぅ……と息を吐いたかと思うと、意を決したように口を開いた。

「……メイリン。心して聞いてほしい」

「はい」

「そなたの想い人の……コウ・イェンの、結婚が決まった」

「……え?」

 言いにくそうに、わたくしを思いやりながらゆっくりと言葉を発する皇帝陛下。

 わたくしも真剣な面持ちで耳を傾けていたけれど、最後の言葉で頭の中で何かが弾けたように真っ白になり、気の抜けた返事をすることしかできなかった。

 イェン兄様が……結婚……?

 結婚……?

 それはつまり、妻を娶るということ……?

 イェン兄様が……?

 わたくしの頭はぐちゃぐちゃで、真っ白で、ぽっと考えが浮かんでは消えてゆき、考えが全くまとまらない。

「勤務態度が良く、家柄もそこそこ。後宮内の安定を目指すための提案や発言も多くてな。そこが評価されて……通いの少ない妃の一人を下賜することが決まった」

 皇帝陛下が申し訳無さそうに説明してくださるけれど、わたくしの頭は彼の言葉を理解するのに膨大な時間を要していた。

「……イェン兄様が……結婚……」

 わたくしは呆然としたまま、うわ言のように呟く。

 そんなわたくしの肩に、皇帝陛下が優しく手を置く。

「メイリン……すまない。私は仕事があるから王宮に戻らねばならぬ。そなたにはいち早く報告したいと思って抜けてきたのだが……本当にすまない」

 そう言葉を残すと、皇帝陛下はわたくしの宮から出ていった。

 わたくしは皇帝陛下を見送ることもできず、茶の間で一人、ぼんやりとしていた。

 イェン兄様が……結婚……。

 わたくしの頭の中は、その事実だけがぐるぐると巡り続けていた。

 しばらくそうしていたけれど、心を決めたわたくしは自分の両頬をぱんっと叩いた。

 そして侍女に指示を出す。

「コウ・イェンを呼び出してください」

 ――わたくしが指示を出すと、イェン兄様はすぐにわたくしの宮までやってきた。

 結婚が決まったというのに、イェン兄様からは喜びなどの明るい感情は感じられず、ただただ静かに跪いて頭を下げていた。

「お呼びでしょうか。メイリン様」

「……お話があります」

 淡々とした口調で尋ねてくるイェン兄様に対して、わたくしもできるだけ感情を押し殺して返答した。

 そして侍女たちを茶の間から出させ、わたくしとイェン兄様は二人きりになる。

「顔を、上げてください」

「はい、かしこまりました」

 そして顔を上げたイェン兄様の涼し気な目元と、視線が交わる。

 その涼しげな視線を、わたくし以外の女性に……妻となる女性に向けるのかと思うと、胸がズキリと酷く痛んだ。

 胸に手をやり、痛みが引くのを待つが……一向に引く気配はない。

 イェン兄様はその間も声を発することも動くこともせず、ただ真っ直ぐにわたくしを見つめ、わたくしの言葉を待っている。

 いつまでも……そんな風にわたくしだけを見つめていてほしい……。

 そんなことも思ったけれど、このままではダメだと、わたくしは自分の心に喝を入れる。

 そして一つ深呼吸をしてから、意を決して口を開いた。
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