後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ

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第九章 愛する人

第三十八話

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「あなたには後宮を出てもらおうと思っているの」

 皇太后様がにっこりと笑みを浮かべて、穏やかな口調でそう告げる。

 彼女の様子は先程までと変わっていないのだけれど、細められた目からは困惑しているわたくしの姿を楽しんでいるような感覚を受ける。

「と、突然……そのようなことを言われましても……」

 わたくしは真っ白になって止まっていた頭を懸命に動かし、引きつった笑みを浮かべながら答える。

 そんなわたくしに対して、皇太后様はゆったりと落ち着いた調子で、穏やかな笑みを浮かべている。

「あら、突然ではないわ。前にお茶会をした時にも、子どもはまだなのか尋ね、わたくしなりにどうすれば良いかを伝えたつもりよ」

「た、確かにそうですが……」

「そうでしょう。それから何の変化もないのであれば、後宮を出されることになってもしょうがないとは思わない?」

「……」

 皇太后様からの笑顔の内に潜む圧を感じ、わたくしはうまく言葉を返すことができない。

「それに通いの少ない妃や子を成さない妃を後宮から出すのは、よくある事よ」

「……わたくしは、皇帝陛下の通いが少ない方ではないと思うのですが」

 わたくしが控えめに、それでいて懸命に反論する。

 皇太后様は優雅な手つきで扇を広げたかと思うと、それで口元を隠す。

 見えている目元からは、笑みが消えていることが分かる。

 皇太后様から感じる圧が、ぐっと増す。

「……それが問題だと言っているのです」

 そして先ほどまでとは全く違う、低い暗い声色で語りかけられる。

 わたくしは驚きから言葉を発することができず、ただ皇太后様の様子を窺うことしかできない。

 そんなわたくしに向けて、皇太后様は言葉を続ける。

「子を成さない妃の元に足繁く通っていては、他の妃が子を成す機会を逃すでしょう。後宮という場では調和が大切なのです。調和が崩れれば後宮も崩れ去る」

 皇太后様はわたくしを静かに見据えていた。

 かと思うと、瞳の暗さはそのままに目を少しだけ細める。

「わたくしはそんな崩壊を止めたいだけなのです。そのために、調和を崩すあなたには後宮を出て行っていただきます。いいですね?」

 皇太后様はわたくしにそう尋ねているけれど、有無を言わさない圧を感じる。

 わたくしが否定したところで、その言葉を聞くつもりはない様子だ。

 それでも……分かっていても……わたくしは後宮を出ていくなんて絶対に嫌だ。

「わたくしは後宮を出ていきません」

 わたくしも笑みを消し、淡々と答える。

「なぜ……なら……」

 けれど言葉を続けて理由を告げようとしたところで、口が止まってしまった。

 わたくしは……後宮を出ていくつもりはない。

 だって……後宮にはわたくしの大切な、お慕いしている方がいるのだから。

 そう告げるだけで良い。

 何も嘘は言っていない。

 そう……思っているのに……。

 わたくしは自身の頭の中に浮かんでいる人物の姿に、自分自身で驚いていた。

 イェン兄様に振られただけでなく、後宮からも出されるなんて耐えられないと……イェン兄様のことを考えるべきはずの場面で……わたくしは……。

 わたくしは、皇帝陛下のことを考えていた。

 皇帝陛下と離れたくないと思っていた。

 わたくしにだけ見せてくださるあの表情をもっと見たいと、皇帝陛下とお話している楽しい時間が思い起こされて……わたくしを混乱させる。

 けれど、そんな混乱も長くは続かない。

 だって、わたくしはこの感情を知っているから。

 わたくしは……皇帝陛下をお慕いしているのだと、こんな場面になってやっと、認めることができた。

 戸惑いから晴れた頭で、絶対に後宮を出ていかないという意志を固めて、皇太后様を真っ直ぐに見つめる。

 すると冷めた目をしていた皇太后様が見つめ返してきたけれど、その視線がわたくしの背後の方に動くと、ギョッと目を見開いていた。

 不思議に思って後ろを見やると、そこには皇帝陛下が立っていた。
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