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「今日も最高だったなぁ。女神セレーネ役の人、私と同じ髪色だし。親近感っていうのかな? それでね……」
この国にいると劣等感を感じてしまう銀色の髪色は、舞台の上においてとても神秘的に見えた。
光が当たるとキラキラと、まるで星のように輝いていたから。
「お嬢はこの前からその話ばっかりだな」
「だって素敵なんだもん。セイも明日一緒に行こうよ!」
「店番があるから急には行けないなあ」
「ふーん、じゃあ一人で行こうっと」
******
「今日はセレーネ役のエリアスが転びそうになったところを、彫刻家役のジャミルが抱きかかえたの!」
「へー」
「へーって何よ。そこからジャミルがアドリブで愛を囁いたの。凄いでしょう」
「俺にはよくわかんねーな。けど、嬢が元気になってくれただけで嬉しいよ。演劇ってのに感謝しなくちゃな」
私は夕食のあとベッドに倒れ込むと、頬に手を当てて今日観た舞台の余韻に浸った。
舞台に立つ女神セレーネ役の女優、その凛とした佇まいと圧倒的な存在感が頭から離れない。
それに彫刻家役のジャミルも最高だ。
異国感漂う浅黒い肌と、長いまつ毛はまるでどこかの王子様のようで。
「私も、あの人たちみたいになれるかな……?」
不意にそんな思いが胸をよぎる。
しかし、それは遠い夢物語だとすぐに打ち消した。
私はただの学生だし、舞台に立つなんて考えたこともなかったから。
演劇の世界は美しく尊いけれど、自分には関係のない場所なんだ。
そう自分にいい聞かせて眠りにつく。
それからも、劇場へ通う日々は続いた。
観劇を重ねるうちに、自分の中で少しずつ変化が生まれてきたのを感じていた。
役者たちの台詞や動き、光の使い方や音楽のタイミングなど、細かいところまで注意が向くようになっていたのだ。
そして気づけば、セレーネ役の台詞と動きをすべて丸暗記していた。
「……気持ち悪いかな、こんなお客さん」
そう呟いたけれど、私の胸の奥には確かな満足感があった。
心の中でセレーネを演じながら、彼女が感じたであろう喜びや哀しみを想像する。
そうすると、セレーネと自分を重ねてほんの少しだけ強くなれた気がした。
さらに数週間が過ぎたある日、いつものように劇場を訪れた私は異様な雰囲気に気づいた。
客席はざわざわと落ち着かず、劇団の関係者らしき人々が慌ただしく行き来している。
「何かあったの……?」
胸騒ぎを覚えながら劇場内を見回していると、一人のスタッフが説明を始めた。
「予定されておりました『永遠の女神』ですが、セレーネ役のエリアスが体調不良により出演できなくなりました。そのため、本日よりしばらく公演は中止となります」
「えっ……?」
観客席からどよめきと、ため息が漏れた。
代役は用意できないのだろうかと思ったけど、そんな簡単な話ではないかと思い直す。
セレーネ役はこの舞台の要で、誰にでも務まるものではないのだから。
スタッフが深々と頭を下げる中、私の胸には抑えきれない衝動が湧き上がってきた。
「私……やってみたい」
何で急にそんなことを考えたのか、自分でもわからない。
ただ、心の奥底で燃え続けていた情熱が私を突き動かしていた。
すぐに劇団のスタッフに声をかけ、自分にセレーネ役を演じさせて欲しいと願い出る。
最初は当然相手にされなかったが、私がすべての台詞を完璧に暗唱してみせると、驚いたスタッフは座長を呼びに走ってくれた。
その後、オーディションを兼ねた簡単なリハーサルが行われることになった。
私の演技を見た座長のラウルさんは目を見開き、うなるように呟く。
「……こんな逸材がいたとは」
聞いたところによると、エリアスさんの体調不良は表向きの理由だったらしい。
本当は一座の売上金を盗んで、チケットもぎりの青年と駆け落ちをしたんだとか。
「この劇団ももう終わりかと思っていたが……君ならエリアスの穴も埋められるかもしれない」
ラウルさんは目に光を宿すと、私をセレーネ役に抜擢して公演を続行する決断を下してくれた。
「ただなぁ、劇場を借りる続けるための金がないんだよな……」
ラウルさんの目からは、急速に光が失われていった。さっきまであんなにやる気に満ちていたのに……。
「お金ですか……それじゃこういうのはどうですか?」
私は商人の、いや大商人の娘だ。
お金を作るための方法なんて、生まれた時から体に染み付いている。
この国にいると劣等感を感じてしまう銀色の髪色は、舞台の上においてとても神秘的に見えた。
光が当たるとキラキラと、まるで星のように輝いていたから。
「お嬢はこの前からその話ばっかりだな」
「だって素敵なんだもん。セイも明日一緒に行こうよ!」
「店番があるから急には行けないなあ」
「ふーん、じゃあ一人で行こうっと」
******
「今日はセレーネ役のエリアスが転びそうになったところを、彫刻家役のジャミルが抱きかかえたの!」
「へー」
「へーって何よ。そこからジャミルがアドリブで愛を囁いたの。凄いでしょう」
「俺にはよくわかんねーな。けど、嬢が元気になってくれただけで嬉しいよ。演劇ってのに感謝しなくちゃな」
私は夕食のあとベッドに倒れ込むと、頬に手を当てて今日観た舞台の余韻に浸った。
舞台に立つ女神セレーネ役の女優、その凛とした佇まいと圧倒的な存在感が頭から離れない。
それに彫刻家役のジャミルも最高だ。
異国感漂う浅黒い肌と、長いまつ毛はまるでどこかの王子様のようで。
「私も、あの人たちみたいになれるかな……?」
不意にそんな思いが胸をよぎる。
しかし、それは遠い夢物語だとすぐに打ち消した。
私はただの学生だし、舞台に立つなんて考えたこともなかったから。
演劇の世界は美しく尊いけれど、自分には関係のない場所なんだ。
そう自分にいい聞かせて眠りにつく。
それからも、劇場へ通う日々は続いた。
観劇を重ねるうちに、自分の中で少しずつ変化が生まれてきたのを感じていた。
役者たちの台詞や動き、光の使い方や音楽のタイミングなど、細かいところまで注意が向くようになっていたのだ。
そして気づけば、セレーネ役の台詞と動きをすべて丸暗記していた。
「……気持ち悪いかな、こんなお客さん」
そう呟いたけれど、私の胸の奥には確かな満足感があった。
心の中でセレーネを演じながら、彼女が感じたであろう喜びや哀しみを想像する。
そうすると、セレーネと自分を重ねてほんの少しだけ強くなれた気がした。
さらに数週間が過ぎたある日、いつものように劇場を訪れた私は異様な雰囲気に気づいた。
客席はざわざわと落ち着かず、劇団の関係者らしき人々が慌ただしく行き来している。
「何かあったの……?」
胸騒ぎを覚えながら劇場内を見回していると、一人のスタッフが説明を始めた。
「予定されておりました『永遠の女神』ですが、セレーネ役のエリアスが体調不良により出演できなくなりました。そのため、本日よりしばらく公演は中止となります」
「えっ……?」
観客席からどよめきと、ため息が漏れた。
代役は用意できないのだろうかと思ったけど、そんな簡単な話ではないかと思い直す。
セレーネ役はこの舞台の要で、誰にでも務まるものではないのだから。
スタッフが深々と頭を下げる中、私の胸には抑えきれない衝動が湧き上がってきた。
「私……やってみたい」
何で急にそんなことを考えたのか、自分でもわからない。
ただ、心の奥底で燃え続けていた情熱が私を突き動かしていた。
すぐに劇団のスタッフに声をかけ、自分にセレーネ役を演じさせて欲しいと願い出る。
最初は当然相手にされなかったが、私がすべての台詞を完璧に暗唱してみせると、驚いたスタッフは座長を呼びに走ってくれた。
その後、オーディションを兼ねた簡単なリハーサルが行われることになった。
私の演技を見た座長のラウルさんは目を見開き、うなるように呟く。
「……こんな逸材がいたとは」
聞いたところによると、エリアスさんの体調不良は表向きの理由だったらしい。
本当は一座の売上金を盗んで、チケットもぎりの青年と駆け落ちをしたんだとか。
「この劇団ももう終わりかと思っていたが……君ならエリアスの穴も埋められるかもしれない」
ラウルさんは目に光を宿すと、私をセレーネ役に抜擢して公演を続行する決断を下してくれた。
「ただなぁ、劇場を借りる続けるための金がないんだよな……」
ラウルさんの目からは、急速に光が失われていった。さっきまであんなにやる気に満ちていたのに……。
「お金ですか……それじゃこういうのはどうですか?」
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お金を作るための方法なんて、生まれた時から体に染み付いている。
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