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翌日、授業が終わってすぐにライネスを探した。
あっちも授業は終わっているはずなのでこの辺にいるはず——あ、見つけた。
駆け寄って話しかけようとする。
けれど彼の隣にはあの令嬢がいて、更にいえば当たり前のように腕を組んで歩いていた。
話しかけるタイミングを逸してしまい固まっていると、ゼラがこちらをちらりと見てから口を開く。
「ねえ、ライネスゥ。あんな婚約者捨てちゃいなさいよ」
「俺だってそうしたいけど、父上が決めたことだからな」
「どっかの商会の娘なんだっけ? でも考えてもみて、この街の商会はほとんどがウチの傘下なのよ? なんであんな小さい店しか持てない家の娘なんかと……」
「確かにそう考えるとゼラの家の方がいいに決まってるよな」
「でしょう? ちょっと国王様と掛け合ってみてよ」
「うーん……じゃあ今度聞いてみるかな」
「やったぁ約束よ? そしたらまたイイコトしてあげるわね」
そういうと、ゼラは顔を赤らめているライネスにくちづけをした。
まるで誰かに見せつけるかのように、ねっとりしたキスだ。
周りにいるご友人たちは、そんな二人を見てまたやってるなどと笑っている。
私は頭が真っ白になった。
学生時代に束の間の青い春を楽しんでいるくらいなら、我慢しようと思っていた。
けれど、彼らの関係はもう引き返せないところまで来ていたらしい。
私は渡すはずだった旅一座の公演チケットをくしゃりと握り潰した。
どんよりとした今にも雨が降り出しそうな空は、私の気持ちを写しているようだった。
湿った空気の中、重たい足を引きずりながら歩く。
行くあてなんかないけれど、今は家に帰りたくない気分だった。
「そういえば……」
ポケットにねじ込んだ、くしゃくしゃの紙切れを引っ張り出す。
ミステイル演劇団の公演チケット——。
「……行ってみようかな」
旅の一座がこの街で公演している演目は、恋のお話だと噂で聞いていた。
今はその甘い物語にすがりたい。作り話でも構わないから。
「入場券を拝見します」
「ごめんなさい、くしゃくしゃになってしまったの」
「構いませんよ。はい、確認しました。どうぞ!」
チケットもぎりの青年に返された半券をポケットにねじ込みながら劇場の中に入る。
その途端、視界に映った非日常に思わず声が漏れた。
「素敵……」
劇場は吹き抜けになっていて、なんと三階まであるようだ。
天井が高いので室内なのに、閉塞感の欠片すらなかった。
半円状に並べられた客席の前方には、大きなビロードの緞帳が降りている。
きっと、あの奥に舞台があるのだろう。
場内を見回すと、椅子から壁、床に至るまで綺羅びやかな装飾がこれでもかとあしらわれている。
緞帳ひとつとってみても、細かな刺繍に美しいドレープと、まるで芸術品のようだ。
指定された席に座ってもまだ落ち着かず、オノボリさんのように周囲をきょろきょろと見回してしまった。
ワクワクする気持ちを抑えながら開演時間を待っていると、客席が半分ほど埋まった頃にジリリとベルが鳴った。
ほどなくして場内に2回目のベルが鳴り響くと、それに合わせて客席の明かりが落とされた。
——そこで私が目にしたのは、哀しくも美しい恋の物語だった。
それは冤罪で天界から追放された女神が、彫刻家の青年と結ばれる話だった。
最初は人間である青年を軽蔑し、疎んじていた彼女。
けれどいつしか彼が彫刻へとひたむきに向き合う姿に惹かれていく。
彼と結ばれてしまえば神性を失い、女神としての永遠は失われる。
そして、もう二度と天界には戻れなくなってしまう。
彼女はそれを理解していたけれど、それでも彼を選んだ。
彼がいない永遠の現在よりも、真の愛と共に朽ちていく未来を選んだのだ。
主役の二人が光に包まれながら誓いのキスをすると、舞台はゆっくりと暗転して——物語は終わった。
客席の明かりが灯ると、観客からは拍手と歓声が響いた。
その歓声の雨の中、女神や青年を演じていた役者たちが舞台へ戻って来る。
カーテンコールと呼ばれる時間らしい。
私は素晴らしい物語を観せてくれた役者さんたちへ、手のひらが痛くなるまで目一杯の拍手を送った。
「はぁ、素敵だったなぁ」
自室に戻ってからも、私はどこか夢の中にいるようだった。
光と楽器の音色、それに役者さんたちの演技が織りなす演劇という芸術。
まるで自分が物語の中に入ったような、圧倒的な演出に心がときめかずにはいられない。
また観たい、そう思った私は気付けばチケットを一枚買っていた。
「……明日も観に行こっと」
このチケットはもはやあの人に話しかける口実ではない。
私は、私のためだけに観に行くんだ。
あっちも授業は終わっているはずなのでこの辺にいるはず——あ、見つけた。
駆け寄って話しかけようとする。
けれど彼の隣にはあの令嬢がいて、更にいえば当たり前のように腕を組んで歩いていた。
話しかけるタイミングを逸してしまい固まっていると、ゼラがこちらをちらりと見てから口を開く。
「ねえ、ライネスゥ。あんな婚約者捨てちゃいなさいよ」
「俺だってそうしたいけど、父上が決めたことだからな」
「どっかの商会の娘なんだっけ? でも考えてもみて、この街の商会はほとんどがウチの傘下なのよ? なんであんな小さい店しか持てない家の娘なんかと……」
「確かにそう考えるとゼラの家の方がいいに決まってるよな」
「でしょう? ちょっと国王様と掛け合ってみてよ」
「うーん……じゃあ今度聞いてみるかな」
「やったぁ約束よ? そしたらまたイイコトしてあげるわね」
そういうと、ゼラは顔を赤らめているライネスにくちづけをした。
まるで誰かに見せつけるかのように、ねっとりしたキスだ。
周りにいるご友人たちは、そんな二人を見てまたやってるなどと笑っている。
私は頭が真っ白になった。
学生時代に束の間の青い春を楽しんでいるくらいなら、我慢しようと思っていた。
けれど、彼らの関係はもう引き返せないところまで来ていたらしい。
私は渡すはずだった旅一座の公演チケットをくしゃりと握り潰した。
どんよりとした今にも雨が降り出しそうな空は、私の気持ちを写しているようだった。
湿った空気の中、重たい足を引きずりながら歩く。
行くあてなんかないけれど、今は家に帰りたくない気分だった。
「そういえば……」
ポケットにねじ込んだ、くしゃくしゃの紙切れを引っ張り出す。
ミステイル演劇団の公演チケット——。
「……行ってみようかな」
旅の一座がこの街で公演している演目は、恋のお話だと噂で聞いていた。
今はその甘い物語にすがりたい。作り話でも構わないから。
「入場券を拝見します」
「ごめんなさい、くしゃくしゃになってしまったの」
「構いませんよ。はい、確認しました。どうぞ!」
チケットもぎりの青年に返された半券をポケットにねじ込みながら劇場の中に入る。
その途端、視界に映った非日常に思わず声が漏れた。
「素敵……」
劇場は吹き抜けになっていて、なんと三階まであるようだ。
天井が高いので室内なのに、閉塞感の欠片すらなかった。
半円状に並べられた客席の前方には、大きなビロードの緞帳が降りている。
きっと、あの奥に舞台があるのだろう。
場内を見回すと、椅子から壁、床に至るまで綺羅びやかな装飾がこれでもかとあしらわれている。
緞帳ひとつとってみても、細かな刺繍に美しいドレープと、まるで芸術品のようだ。
指定された席に座ってもまだ落ち着かず、オノボリさんのように周囲をきょろきょろと見回してしまった。
ワクワクする気持ちを抑えながら開演時間を待っていると、客席が半分ほど埋まった頃にジリリとベルが鳴った。
ほどなくして場内に2回目のベルが鳴り響くと、それに合わせて客席の明かりが落とされた。
——そこで私が目にしたのは、哀しくも美しい恋の物語だった。
それは冤罪で天界から追放された女神が、彫刻家の青年と結ばれる話だった。
最初は人間である青年を軽蔑し、疎んじていた彼女。
けれどいつしか彼が彫刻へとひたむきに向き合う姿に惹かれていく。
彼と結ばれてしまえば神性を失い、女神としての永遠は失われる。
そして、もう二度と天界には戻れなくなってしまう。
彼女はそれを理解していたけれど、それでも彼を選んだ。
彼がいない永遠の現在よりも、真の愛と共に朽ちていく未来を選んだのだ。
主役の二人が光に包まれながら誓いのキスをすると、舞台はゆっくりと暗転して——物語は終わった。
客席の明かりが灯ると、観客からは拍手と歓声が響いた。
その歓声の雨の中、女神や青年を演じていた役者たちが舞台へ戻って来る。
カーテンコールと呼ばれる時間らしい。
私は素晴らしい物語を観せてくれた役者さんたちへ、手のひらが痛くなるまで目一杯の拍手を送った。
「はぁ、素敵だったなぁ」
自室に戻ってからも、私はどこか夢の中にいるようだった。
光と楽器の音色、それに役者さんたちの演技が織りなす演劇という芸術。
まるで自分が物語の中に入ったような、圧倒的な演出に心がときめかずにはいられない。
また観たい、そう思った私は気付けばチケットを一枚買っていた。
「……明日も観に行こっと」
このチケットはもはやあの人に話しかける口実ではない。
私は、私のためだけに観に行くんだ。
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