カーテンコールは終わりましたので 〜舞台の上で輝く私はあなたの”元”婚約者。今更胸を高鳴らせても、もう終幕。私は女優として生きていく〜

しがわか

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「ライネス、あ……あのさ」

 ここのところ距離を置かれている彼に、勇気を出して話しかける。
 その口実として、最近この王都へやってきた旅一座の公演チケットを手に入れたんだから……きっと大丈夫。
 緊張からか、チケットを握る手に汗が滲む。

「なんだい、ってシェリーかよ。学院内で話しかけるなといっただろ、この平民がッ」
「ご、ごめんなさっ……」

 彼はライネス。
 私の婚約者で——この国の第4王子。
 
「ねぇねぇライネスぅ。なに怒ってるのぉ?」
「なんでもないよ。さ、行こう」
 
 甘い声を出しながら、私の婚約者に駆け寄ったのはゼラ。
 この国の伯爵家、そのご令嬢らしい。
 わざとらしく私を横目で見ながらブロンドの髪を揺らし、彼の腕に胸を寄せている。
 二人はそのまま私の存在なんか忘れたかのように、腕を組みながら去っていった。

「はぁ……とても綺麗な髪だこと」
 
 私はぼそりと独り言ちた。それは恨み言といってもいい。
 この国の貴族は、そのほとんどが美しいブロンドの髪をしている。
 髪色が黄色に近ければ近いほど高貴とされているらしい。
 
 残念ながら平民である私は、そんな可愛らしい髪の色をしていない。
 私は母譲りの薄銀色をした髪を手ですくいとると、ため息をこぼした。

 とぼとぼと歩き、街の中心から少し離れた小さなお店の前に着く。
 ここがこの国での私の家。
 
「シェリー嬢、おかえりー」

 扉を開けると、暇そうに店番をしていたセイが声を掛けてくれた。
 けど、あまり誰かと話す気にはなれなくて。
 
「ん」
「ありゃ、お嬢ってばなんか機嫌悪い感じ?」
「べつにー」

 思わずそんなそっけない態度を取ってしまった。
 セイは元傭兵で、私が生まれてすぐの頃にウチの商会で働き始めたらしい。
 それからずっと近くにいてくれる兄のような存在だから、ついこうやって甘えてしまう。

「そういや親父さんから手紙が来てたぞ。心配してたみたいだし、返事書いてくれりゃ届けさせるぜ」
「ん、わかった」

 私の両親は商会を営んでいて、その本拠地は隣の国アデュオールにある。
 こっちに来たのは私と番頭兼ボディガードのセイ、それから数人の従業員だけ。
 私の留学に合わせて「せっかくだから店舗くらい構えておくか」なんてノリだけで建てたお店だからそれくらいで丁度良いんだけど。
 
「夜飯は?」
「……食べたくない」
「嬢の好きな『ブランバード』のパイ買ってあるんだけどなあ。んじゃ全部頂くわ」
「ち、ちょっとそれはズルいってッ!」
 
 
 この国はウチの——シャルグランデ商会の、大陸を網羅する特殊な流通網を欲した。
 王自ら第4王子と私を婚約させてくれ、と必死で懇願してきたそうだ。
 一国の王がそこまでいってくれるなら、と私の両親は渋々ながらそれに賛成したらしい。
 私と彼は、そんな政略的な婚約だった。
 
 とはいえ初めての顔合わせの時、彼に悪い印象は持たなかった。
 それどころか黄色に近いさらさらのブロンドヘアが綺麗で、笑うとくしゃりとなる顔も可愛くて。
 だからこの人との結婚ならいいかって、そう思うことにしたのに。

 
「もう、なんなのよ!」

 結局、夕食をぺろりと平らげた私は、ベッドに倒れこむと枕に顔をうずめてぼやいた。
 私たちの関係がおかしくなったのは、ゼラが彼の前に現れてから。
 積極的なボディタッチと甘い言葉で、ライネスはたちまち骨抜きになった。
 そのうち『いずれ結婚はしてやるから、学院内では声をかけてくるな』とまでいわれるようになってしまったのだ。
 
 学院は王弟貴族などが多く通う場所で、学生に身分の差はない、なんていうのは建前で。
 実際はただ社会の縮図でしかなかった。
 平民と貴族では使える施設も違えば、学び舎すらも別なんていう有り様。
 大商会の娘ではあっても平民の私は、そんな身分差に阻まれて婚約者のライネスになかなか近づくことができなかった。
 ならば、と城に直接面会を求めると、ライネスは体調を崩したと追い返される。

 だから今日は思い切って、貴族舎の出口で待ち伏せをして話しかけたのに。
 その結果が……あれだ。

「はぁ……やっぱり、ああいう髪色の娘が良いのかな?」

 這うようにベッドから起き上がると、鏡台で髪を梳かしながらあの金髪の令嬢を思い浮かべた。
 でも産まれもった髪色は変えられないんだから仕方がない。
 そもそも、特定の髪色なんかが尊ばれるのはこの国くらいだ。
 私も本心ではくだらない価値観の国だな、とそう思っていた。

「よし、明日もう一度だけ誘ってみよう」

 そう決めて、眠りにつく。
 今日は散々な日だったけど、それでも『ブランバード』のパイは美味しかった。
 それだけが救いだった。
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