【第三幕完結】奴隷から王になった少女が紡ぐ物語

香口 深衣

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第ニ幕

第?章

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-夜も更けた頃。羅芯にある自室の椅子に腰を掛ける一つの影が明かりに照らされていた。それは勅任官である遠文で、彼はまるで客でも待っているかのように机に並んだ菓子とお茶を眺めていた。
 こんな時間にはどう見ても合わないなと、その異様な光景を見て遠文は一人笑った。
 だが、これが遠文のお決まりの所作なのだ。隠密を呼ぶ際の合図と言った方が分かるだろうか。
 自分の奴隷が隆盛に拾われた、という情報はすぐに耳に入っていた。初めは焦りもしたが、どうやら奴隷は遠文のことを話してはいないようだった。
 まぁ、そういう風に育てているのだから、不思議なことはないかと、遠文はほくそ笑む。
 自分の身に危険がないと判断した遠文は次の行動を考えていた。

 隆盛の暗殺。

 遠文の願いはただこの一つだけ。
 彼は隆盛が王になる前、親任官として仕えていた。そして自分が仕えてきた王が病を患い、余命幾ばくもないと医者に言われた時、次こそは自分が王になるのだと確信していたのだ。

 だが、彼にその機会が訪れることはなかった。

 前王が医者に余命を告げられてから、数日後にあの男が現れたのだ。
 まだ若いその男は遠文にとって、鼻たれ小僧も同じだった。男は隆盛と名乗り、どうやってかは分からなかったが、前王に取り入って高等管を老害だと言って排除し始めたのだ。とは言っても、官吏でも何でもない男が、直接高等管を排除することは、もちろんできない。つまりは前王の命令で排除されたということだ。王がどのようにお考えだったのか、遠文にはもう知るすべもない。
 前王は隆盛が現れた数年後に、崩御された。そして、遠文が恐れていたことが現実へと変わる。次の王に推挙されたのは…隆盛だったのだ。
 今でも遠文はあの時の屈辱を、忘れられなかった。今まで尽くしてきた王に裏切られ、突然現れた鼻たれ小僧にすべてを奪われたのだ。
 隆盛が王に即位してすぐ、遠文は親任官から勅任官へと降等された。
 彼は隆盛を恨んでいた。自分の全てを奪ったと。怒りに手を握り絞めて爪が食い込み血がにじむ。

 コンコン

 そんな時、独特な拍子で壁を叩くような音が天井から聞こえる。遠文にも聞こえているはずなのに、彼は全く反応をせずに視線すら動かさない。すると、さらに壁を叩く音が続いた。

 コンコンコンコン

 その音を聞いて遠文は視線を天井へと向ける。

「来たか…入れ。」

 遠文の言葉に現れたのは、黒衣を纏った少年。同じ色の黒髪に、黄金の瞳が目立つ少年は、感情のない視線を遠文に向けた。

「随分と久しぶりに見る顔じゃの。…今は翠と言ったかな?」

 名を呼ばれた少年―翠はコクンと頷いた。

「隆盛に拾われたと聞いた時には、肝を冷やしたぞ。」
「…。」
「私の教えを守っているようじゃな。」

 この言葉に翠は頷かなかった。
 彼にしゃべるなと教え込んだのは、主である遠文だった。東刃にある隠密を育てるための奴隷小屋に彼が来ることはほとんどなかったが、彼に支えるようになってからは彼の性格がよく分かった。
 優しい顔をして、平気で人に暴力を振るう。槍郡の奏任官である恵淑とは、また違った卑劣漢だった。翠もたくさん彼から暴力を受けていた。その中で学んだのは、彼の機嫌を損ねないための行動。
 だから、こういう場合、どんなに問われてもしゃべらないのが正解なのだ。

「さて、お前には新しい任務を授けよう。」

 感情を表に出さないのは、翠の得意とするところだ。感情を殺して、話の続きを待つ。

「隆盛を殺せ。」

 ドキリと胸が槍で突かれた様な衝撃が走った。

「何じゃ?不満でもあるのか?」
「い、いい…」

 いいえと言いかけて、口を手で塞ぐ。しまった。と、思ったときにはもう遅く、遠文の顔を見ると、先ほどまでの微笑は消え、冷徹な瞳がこちらを見下ろしていた。殴られると思っていた翠は、ギュッと目を閉じて床に平伏した。
 すると、遠文は翠の肩に軽く手を置いて、耳元で楽しそうな声で囁く。

「随分と仲が良いようじゃな。同じ年の娘は、妹のようかの?」

 スッと体を引いて離れる遠文を、驚き見開かれた黄金の瞳が追う。翠の瞳に映るのは、楽しそうに微笑む年老いた男。
 翠には妹がいた。だが、翠は自分がもう妹には会えないと考えていた。病弱だったのだ。天災で金も食べ物もなく、着るものも満足じゃない生活で、俺を売る程の貧しさだ。病弱な妹が生き残っている可能性は、ほぼないに等しいだろう。
 妹は雪よりも幼かったが、何だか似たところがある。だからだろう、翠は彼女の前では素が出ていた。そして、大切に感じていた。
 この男をここで葬れば、雪が危険な目にあうことはない。と、手を暗器に伸ばそうとして、首に刃物が押し当てられる。隣を見ると、背の高い男に短剣を突きつけられていた。翠は自分と同じその青年に見覚えがあった。

「俊燕。」
「…。」

 名を呼ばれても男は反応しない。その様子に満足した遠文が楽しそうな笑みのまま、近づいて来ると翠の頬を掴むようにして、顔を向かせて視線を合わせる。

「大切な雪様を守りたければ、私の言葉に従うのが賢明だとは思わんか?」
「…。」

 翠の反応がつまらなかったのか、遠文は手を払って離すと背を向けて席に戻る。

「期限は次の新月までだ。もうそんなに日数はないぞ。」

 満月を背にしてそう笑う遠文は、まるで獣の様だった。


―殴られることもなく、部屋から出してもらえた翠は、これからどうするかと、自分の部屋に戻る道すがら考えていた。
 隆盛を殺す。そんなこと出来るのだろうか。彼には隠密がついているし、隆盛自身も剣術に長けているように見えるのに…と、考えて自嘲した。あの遠文が失敗を考えない訳がない。それに、どう考えてもこれが成功する確率の方が低いだろう。そんなことは明白だ。
 つまり、遠文にとってはどうでもいいことなのだ。翠が失敗しても、次の手があるのだろう。
 だけど、翠が動かないと雪が危ないのは確かだ。失敗したら、雪はどうなるのだろうか。自分は失敗すれば死ぬだけだが、雪は…と、考えていたら、急に彼女の顔が見たくなった。先程まで一緒だったのにと、笑ってしまう。
 もう寝ているだろうが、姿を見たいと翠は雪の部屋へと向かう。

 そして、鈴の音が聞こえたのだ。

 部屋に入れば何かにうなされてもがいている雪が目に飛び込んできた。何事かと思えば李珀が現れて状況を説明してくれた。李珀はなぜすぐに雪を助けないのだろうかと、疑問に思わないでもなかったがそれどころではないかと翠は彼女の肩を揺らして呼び掛けた。何度も呼び掛けてやっと意識を取り戻した雪は顔色が悪く、本当に息ができていないようだった。
 戦場で発作を起こす者と同じだろうと翠はその時習った方法を試した。そして何とか雪の状態は落ち着気を取り戻してホッとすれば、今度は泣き疲れて寝てしまったようで、翠は動けなくなった。握られた手を離してくれそうになく、それは彼に昔を思い出させた。
 妹も怖い夢などを見ると、似たように手を握って離そうとせず、本人は泣き疲れて寝入ってしまう。ということがよくあったなと、翠は思い出して笑みがこぼれる。
 だから、本当は雪が手を離してしまった時、少しだけ寂しいと感じていた。

 雪が目を覚ましてホッとしたのもつかの間で、彼女に部屋を訪れた理由を聞かれて翠は内心焦っていた。
 まさか遠文に会って隆盛の暗殺を命令され、不安な気持ちから雪の顔が見たくなったとは言えなかった。そんな気持ちも知らずに、目の前の少女は上目遣いでこちらを見てくる。なんだか胸がざわつき落ち着かなかった。
 それがどういう感情なのかその時の翠にはまだ分からなかった。
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